東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

癒しの包装紙

2010-04-14 20:38:34 | ああ懐かしき、、

2007_0101_000000p1010296 母が町内の老人会の寄り合いから帰ってきて、食べかけののり巻きやおいなりさんをくれた。

食べ終わって、ごみを分別して捨てようとしたその時、、。すごくローカルな包装紙。白い薄紙に茶色一色で印刷されているだけなんだけど。

見て読んでつい楽しくなる絵柄。理屈抜きにこういうのは好きです。捨てずにとっておこうと思います。

最近町の小売店なんかで、既成の花柄とかチェック柄の包装紙で済ませているところはいいほうで、白いビニール手提げに入れてくれるほうが多いじゃないですか。そんな当節でもこうしてオリジナルの包装紙を使っている律儀さ。

包装紙がいいから買うということはないけれど、あとになって楽しませてくれるところがいいですね。町のお店でも、こういうのを使っているところは業種にもよるんでしょうけどね。和菓子、お茶、海苔なんかまだあるでしょうね。あと名所とか温泉場にある土産物屋さんとか。

何気なく採り上げてみたくなったのですが、どのカテゴリーがいいかわからないので、新しく造りました。思い返すと、結構ものを捨てられない性分なんです。おそらく、ゴミ屋敷の予備群です。昔食べた駅弁の包装紙とかそういうものも捨てた記憶がないから、どこかにあるかも。

出てきたらまた採り上げてみたいです。


何気ない風景

2010-04-14 18:00:14 | ご近所

052 特に古い家並みだとかではないんですが、道の交わり方が面白いなあっていつも通るたびに思うところ。どこにでもあるかもしれませんが、道が二股に分かれていて、間の土地は三角形になっているんですが、右側の道は少し先で終わっているんです。まるで、ここの一角を三角形に切り取るためにだけある道といった感じ。

ここは神谷の3丁目で「お気に入りの風景①」の荒物屋さんと「気になっていた建物」である道場との中間点あたりです。

後ろに見えるのは北清掃工場の煙突。ちょっと不気味。赤羽を電車で通過する人は、「あの灯台みたいのは何ですか?」と思うらしいですね。

私はこういう無機的な巨大な建物って苦手で、夜になると赤いランプが点灯していて余計に不気味です。私の粘土いじりの作業場はほとんどあのそばにあるので、夜歩くと、赤い目が頭上で点灯していてひどい圧迫感に襲われるんです。だから見ないようにして通ります。


今戸焼⑬ 真塗りの灰器(白井半七作)

2010-04-14 17:32:04 | 今戸焼(浅草 隅田川)

2007_0101_000000p1010293 この灰器にも「白井半七」の印があります。箱があり、うこん色の裂でくるんでありまして、裂には別の半七の印が押してあるので、これは、関東大震災に遭って関西に移った「7世白井半七」の製品だとわかります。ただ、震災前の今戸時代のものなのか、関西で開窯後のものなのかまではわかりません。灰器は先の「半田焙烙」も含めて、炉や土風炉に灰を盛り、ならす時に使うお茶の道具で、炉によって素焼きを磨いたもの、釉薬を施したもの、この画像のように磨いてから黒漆を施したもの、それに備前焼などのものもあるようですが、私はお茶の事は皆目わからないので、どういう時にどれを使うといった決まりごとは全然わかりません。

画像に見えるように、松葉を散らした模様が刻まれていて、素焼きして磨いて、黒漆で仕上げた上に松葉の沈線の上を金の漆で装飾してあります。黒漆のつやは、前述んの真塗りの土風炉ほどには光沢はなくて、鈍い光沢を放っています。

痛ましいのは、口縁の部分に2か所、欠けがあるんです。だからこそ、私のような貧乏人の手元にあるわけですが、金継ぎとかしたほうがいいんだか、いや金継ぎだと松葉の金色を邪魔してしまうようで、金ではない漆の継ぎ方はないんだろうか、、とああでもない、こうでもないと考えているんです。

私はお茶のことはわかりませんし、ただ今戸焼のことを知りたいばかりに、こうした品物を手元で眺めているわけで、実際に使うことはないと思っているんですが、、。


今戸焼⑫  炉台?或いは敷き板?(橋本三治郎作)

2010-04-14 13:10:25 | 今戸焼(浅草 隅田川)

2007_0101_000000p1010195 お茶のことはわかりませんので、本当は書く資格はありません。ただ、昔の今戸焼について知りたいので、すすめていきます。 「橋本三治郎」の印が裏にあります。大きさからすると、お煎茶用の涼炉の下に敷いたものか、香炉でも乗せたものか?

作られた当時は磨きでもっと光沢があったと思います。やはり、先⑩⑪と同様な桜のつぼみの模様が刻まれており、「隅田川」という文字もあります。今戸焼が発展する背景には隅田川の向こう岸の向島の賑わいなどもあっただろうし、今戸橋のそばには「竹屋の渡し」というのもあったので、船を待つ人々の土産としてこういうものも、あったということなのか、「隅田川」というデザインのスタイルがあったのか?

この製品には漆は塗られていないようで、①の猫こたつのような、黒みがきの一種だと思うのですが、ひとつだけちがうのは肌に黒と灰色のムラのような模様。これこそ「村雲焼」というんですかね?白井善次郎作の「雲華」の模様とも違うし。どうやって、こういう効果を出すのか?①ふたつの違った土を練り込んでわざとマーブル調の地肌の色を出す方法?それとも②磨いたあと黒鉛をつける特別なやり方がある?①α 生土へ黒鉛を予め練り込み、色の黒い土とそうでない土とを練り込む?、、、、どれも想像の域を出ないのですが、、。

おわかりの方いらっしゃいましたら、ご教示ください。

「桜=隅田川」という趣向なのかわかりませんが桜の花の陰刻のある今戸焼の器物について他にも記事にとりあげていますのでお時間ありましたらご覧ください。

隅田川の灰器(白井善次郎作)→

紅塗りの手あぶり(白井半七作)→

紅塗りの手あぶり(橋本三治郎作)→


今戸焼⑪ 紅塗りの手あぶり その2(白井半七作)

2010-04-14 11:10:16 | 今戸焼(浅草 隅田川)

2007_0101_000000p1010286 手あぶり火鉢です。陶印には「白井半七」とあります。「白井半七」といえば、今戸焼に関する記述には必ず出てくる作者ですね。とりあえず「東洋文庫」の黒川真頼著 前田泰次 校注「増訂 工芸志科」から引用します。この本は明治11年刊の「工芸志科」上下二冊(博物局版)と明治21年刊の同書「増補訂正 工芸志科」(宮内省博物館蔵版)の2種類を本に基づいて校注したものだそうです。その今戸焼の項より、、。

○貞享年間、土器の工人白井半七という者あり、今戸に於いて始めて店茶家に用いる所の土風炉を製し、又火鉢等の種々の瓦器を造る。世人是れを今戸の土風炉師と称す。尋で其の地の工人これに倣い業を開く者あり、漸く数戸に及ぶ。

○享保年間二世白井半七という者、始めて瓦器に釉水を施し楽焼と等しき者を製す。爾ありてより以来工人又これに倣い、業を開く者数十戸に及べり。多くは食器にして雑記は甚だ尠し。衆人之を用呼んで今戸焼という。

○三世も亦白井半七と云う。四世も亦同名なり。後に蘆斎と号す。五世も亦同名にして蘆斎と号す。初世より以下数世、土風炉及び楽焼きを製す。その他の職業年序を経て漸く盛んなり。又婦女の塑像を造る、翫弄物なり。其の製伏見人形に似て甚だ麁朴なり。而れども精巧ならざる所に奇作ありて、好事の輩は今戸人形と唱えて之を愛翫す。

○明治年間六世白井半七、世業を襲ぎ土風炉を作り、又楽焼を能くす、最も名声あり。(中略)其の他の工人土器及び楽焼き塑像を製する物多し。其の戸数遂に四十に及ぶ。其の他の工人業を営んで今日に至る。

これは明治21年に訂正刊行されるまでの流れです。6世半七までの記述で終わっていますが半七の名前は9世まで続いています。

7世白井半七(1857~1933)は今戸で業を継いでいたが、関東大震災に遭い、兵庫伊丹に招かれて、伊丹に窯を築いた。養子の半次郎氏(1898~1949)が8世半七を継ぎ、関西で茶陶を製作していたが、小林一三氏(阪急電鉄会長、宝塚歌劇の創始者)に請われて、宝塚市に窯を移した。九世半七(1928~1987)は戦後、宝塚市の都市化に伴い三田市の郊外に移し、昭和62年に亡くなったとあります。

手あぶりの話に戻ります。この手あぶりも橋本三治郎のと同様、磨いてからべんがらを混ぜた漆で仕上げてあり、胴のところに、桜の花やつぼみの模様が刻まれています。代々の半七の陶印や銘がいろいろありますが、どれが何代目のものか虎の巻があればいいのですが、今のところそういうものが存在するのかわかりません。

今戸で製作していて大震災に遭い、伊丹に移住したのが7世で、7世までは「墨田川 半七」という陶印を使っていたという話ですが、これも作品によりけりでひとりの人物が色々な印を使い分けていたということもありそうなので、ご専門の方がいらっしゃったら、教えていただきたいです。

この手あぶりには「白井半七」の印だけですが、関西へ移ってからの半七の作品は関西の茶人の好みに合わせ、上品な作風になっているようなイメージを持ちます。それからすると、橋本三治郎の製品とも共通点をもつ、この手あぶりは、まだ今戸で作られていた時代のものではないかと思うのですが、所詮素人考えで、わかりません。

「桜=隅田川」という趣向なのかわかりませんが、桜の花の陰刻のある今戸焼の他の器物についても記事でとりあげていますのでお時間ありましたらご覧ください。

隅田川の灰器(白井善次郎作)→

炉台(橋本三治郎作)→

紅塗りの手あぶり(橋本三治郎作)→