東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

鳩笛

2019-01-13 12:47:32 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 今、遅まきながら摩利支天の猪を塗ろうとしていますが、いざ始めようとして、摩利支天の衣の部分で戸惑っていて足踏み状態です。たかが土人形なのだから有職的なものに厳密である必要ではない、と思いつつも、摩利支天のつもりに見せたいのがそう見えないのが不安という感じですね。かんがえあぐねていてばっかりで実行しないと、、、、。まずはウォーミングアップ的に何か塗ってみようと、鳩笛を塗ってみました。江戸から最後の今戸人形師であった尾張屋・金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)作の鳩笛まで脈々と引き継がれていた典型的な今戸人形の鳩笛配色の1パターンです。頭を茶色(べんがら・酸化鉄)、胸から翼の付け根にかけて群青色、羽の先から尾までを墨の黒。群青色と墨の部分には「まがいの砂子」(真鍮粉)を上から蒔きます。このパターンの特徴として素焼きの地色を残して胡粉で地塗りをしません。

 木地である鳩笛の形状ですが、実をいうとこの形状は「なめ人形」式の施釉の鳩笛の再現用に起こした型に気まぐれに塗ったものなのでこの先、これ式の彩色用の彫のある鳩を用意していきますが、ここでは単に配色だけやってみたということです。小さな笛なので目は金色で点とかでもよかったかもしれません。もっと大きな鳩だと画像のような水色地に瞳を置く感じなのです。

 本来この型に施すべき下絵具に透明釉、上塗り絵具による加飾も昨年秋からいろいろ試しているところです。

今戸には鳩笛もいろいろたくさんあって、ひょっとこの顔とかかなりの種類のものがあったので今後やっていきたいと思います。

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新刊「てのひらのえんぎもの」(絵と文 佐々木一澄)

2019-01-07 20:45:08 | アート・文化

 昨年暮れに著者であるイラストレーターの佐々木一澄さんから郵送でいただいた新刊。

「今戸焼と古型今戸人形」というくくりで拙作の人形を描いて掲載くださっています。

 郷土玩具の手引き書とであると同時に写真ではなく作者の描画によって個々の人形玩具を味わい深く表現されています。

伝統的なものを描く場合、パースだとか陰影なんかに頼りすぎて描くと結果としてきちきちとして実物の穏やかさに及ばないなど、すごく難しいことだという気がするのですが、作者さん独特のスタイルでほのぼのとして癒される作品集でもあります。ぱーっとみた印象では昭和のまだ成長の伸びしろのある希望に満ちた時代(東京タワーや新幹線が生まれた頃)の「暮らしの手帳」の花森安治さんの描画のほのぼのとしたムードに重なるような、、また他のページで「こけし」も描かれているのですが武井武雄さんの作品の雰囲気にも通じる印象を持ちました。

 説明的なアウトラインを極力抑えると同時にぎりぎりのところで線描をのこしている一種のユーモラスな感じもあると思います。

 今更ながら画像を撮っていてはじめて気がついたのですが、裏表紙にも「招き猫のぴいぴい」を入れてくださっているんですね。ありがたや。

 本文の中で記されているのですが、郷土玩具としてちょっと前なら普通に作られて売られていたものが今案外と姿を消しているんですね。越谷の船戸の張り子など自分で作者を訪ねて買い求めたものですが、もうない。さびしいかぎりです。でもこうして描かれたものを通しての懐かしさ、郷愁に似た感覚を味わえるこの本、素敵ですね。

 なお、この出版に因んで原画の展示会が神宮前近くのギャラリーで近々にあるようです。

 詳しくはこちら→

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Bohemian Rhapsody

2019-01-03 14:49:50 | 日々

  昨年暮れ。いろいろな納めに向けて夜なべをしていた折、たいていNHKの深夜の再放送をつけながら作業をしていたのですが、そこで今この映画が話題となって、「クイーン」のボーカルだったフレディー マーキュリーが今の若い人の間で熱くなっている、というニュースを耳にしました。映画のタイトルになっている「ボヘミアン ラプソディー」が収録されているアルバム「オペラ座の夜」のLPは不思議と買って聞いていたのでした。ただリリースされたリアルタイムではなくて大学に入学した頃だったかと思います。

 レコードやCDを自分で買うということは、いいなと思って身銭を切るのでそれなりのレベルに思い入れがあったのですが、自分の音楽の履歴といえば、大学にあがるまで鎖国的状態だったように思います。その時代時代にテレビやラジオから耳に入ってきた楽曲のいくつかは記憶に残っていますが、ロックなどよくわからなかったですね。小学生から中学生にかけて自分の小遣いで買ったレコードというと、テイチクレコードの「日本の民謡シリーズ」の青森、秋田、山形民謡のレコードだったり、高橋竹山の「津軽三味線」、藤本ふみ吉の「江戸端唄」、芳村伊十郎の長唄だったりしました。それでもラジオから流れてくる「カーペンターズ」や「スリーディグリーズ」とか「オリビア ニュートンジョン」なんかの楽曲は耳にには入っていました。

 大学に入って同じアトリエの友人が洋楽好きで、その人から聞かされたのが「ボヘミアン ラプソディー」はじめて聞いたときは、曲調が4段階に変化して何とも不思議、それと長い曲だなあという印象でしたが。気になって「オペラ座の夜」を買ってしまったのです。収録されている楽曲がそれぞれあって、一番最後に「ボヘミアン、、、、」が入っているという構成でした。何も予備知識もなく買ったレコードで「クイーン」のメンバーの顔さえ知らなかったのでLPにあるメンバーの顔写真をはじめて見て「ベルばら」みたいだと思いました。フレディ―以外のメンバーもバッハやヘンデルみたいだと思った憶えがあります。同じアルバムに収録されている「You're my best Friend] という曲はメロディーラインがポップな感じでこれも好きでした。不思議なことに、この曲を聴くと世田谷のぼろ市を思い出すんです。(どうして?という具体的な理由はわからないのですが、、。)

 音楽的開国となってから小林克也さんの「ベスト ヒット USA]の番組を見るようになってから、リアルで「クイーン」のミュージックビデオだとか化粧品のCMだとかKIRIN メッツ?のCMとかカップヌードルのCMとか目や耳に入ってくるようになった気がするんですが「オペラ座の夜」の顔写真の「ベルばら」ではなくてサーカスのクラウンみたいな全身タイツのようないでたちにはびっくりしましたね。

20代30代はドイツに出かけることが多かったし、ミュンヒェンのいろいろな友達の家に居候させてもらっていたので、フレディ―がどこかに別荘を持っているという話を聞いてどこなんだろうとは思っていました。因みにミーハーですが、第三帝国時代のベルリンオリンピックの記録映画「民族の祭典」の監督だった、また80年代はじめ「NUBA]という写真集を出版して話題となったレニ リーフェンシュタールさんの家は市内 シュワービング地区にあって友人のお父さんの住まいの真向かいでした。

 そういうなかで、フレディーが亡くなったというニュースでびっくりした記憶もあります。どっぷりと「クイーン命」的ではなかったけれど、どの曲もフレディーのしなやかで熱い歌唱力に惹きつけられるものがありましたね。

 不思議と映画館に足を運ぶということがないんですが、今回出かけてきました。前回映画館に入ったのは十数年前だったか渋谷のスペイン坂の映画館だったように思います。シネコンなるものも初めてです。

 何の予習もなしに観たのですが、大筋実際のクイーンとフレディーの人生に沿ったストーリーだったのでしょうか。演じている俳優さんとかまったくわかりませんし、劇中の歌唱は別人が歌っているものですけど。本物をよく意識して演じられているようですね。フレディーの自宅にたくさんの猫さんたちが同居していて話相手になっていること。居間に大きなマルレーネ ディートリヒ の大きな肖像が飾られていること、これなんか実際のことだったのでしょうか。

 「ボヘミアン、、、、」の曲そのものはクイーンが一番ピークに登る時期の曲と聞いているので、今回の映画のあたかもフレディー自身の短い生涯を自身が象徴する意思があったのかどうかわかりませんが、こうやって映画を見るとそういう風に見えてきますね。「ツィゴイネル」=「流浪の民」=アウトサイダー=マイノリティー という象徴なんでしょうか。二重三重4重にも彼が生涯被っていたほかの人々からの壁のようなものを示す場面がありました。

 最後ライブエイドのステージで終わったのが救いのような。それ以降の彼の生涯は実際しりませんが、映像で作ったら観ていてつらくなるものだったでしょう。

 45年の生涯といえば、夭折ですよね。若いころ、憧れの画家の人生と自分の現在の年齢との比較を勝手にしていて、エゴン シーレは28?才、カイム スーチンは 42歳 、オスカー ココシュカ は70幾つ、デイビット ホックニーは存命中、などと自分自身の余命で自分の人生を充実できるかどうかみたいなことを友達と冗談半分話していました。

 元旦で56になってしまいましたが、自己満足できる人生の充実を目指したいものです。

 そういえば、オープニングの20世紀フォックスのロゴのファンファーレがいつもの「ぱんぱかぱーん」ではなくて同じメロディーなんだけれど。いかにもクィーンっぽい「♪キュイーン♪」というエレキの音なのも面白かったです。

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旧年最後のお納め(王子 )

2019-01-02 21:04:19 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 羽子板市のあと、吉右衛門丈一座の芝居へ出かけ、またシネコンなるものへ生まれてはじめて出かけたりもしましたが、作業のほうは連日朝6時すぎまでやっていました。大晦日の王子の「装束稲荷」から「王子稲荷」までの「狐の行列」が行われるので「装束稲荷の招き狐」と装束稲荷神社真向かいの「暮らしの器 王子ヤマワ」さんへの狐ものや丸〆猫の納めのためです。「装束稲荷の招き狐」の割り型が行方不明になって、結局支度できなかったのですが(同じ割り型で作るのですが、稲荷様授与向けのものと、日本民芸館店等向けのものでは彩色を違えています。)ヤマワさん向けにはやはり数点割り型がみつからずパニくっていましたが、割り型のあるものはご指定の数量は揃えて塗りました。大晦日の夕方までに店へ持っていくという約束をしていたのですが、ままよできたものは少しでも早くお持ちしたほうがお店の商機にも叶うのではないかと思い、できている分を晦日30日午後、残りを徹夜で仕上げて翌31日の夕暮れ時に運びました。画像は30日のものです。

 検品にならべているのは30日に運び込んだ分で、31日の納めではすでに店内がお客さんで込み合っていたので、渡すものを渡して(但し検品はしてもらって)そそくさと帰宅しました。その後Eテレの「第九」を聞きながら素焼きの人形の梱包をして王子の郵便局から発送してから赤羽駅前の居酒屋で年を越したというかくも長い日々でした。

 

 

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発送のお知らせ(北区伝統工芸展 土人形型抜き体験者のみなさま)

2019-01-02 20:33:13 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 去る9月末開催の「北区伝統工芸展」におきまして私のブースで土人形の型抜き体験をされたみなさま、大変お待たせしましたが、定型外普通郵便にて12月31日午後11時30分頃に東京 北区 王子郵便局より発送しましたのでお知らせいたします。 体験当日に、お作りになった人形をお預かりして乾燥させ、素焼きしてから郵送でお送りする由お伝えしておりました。また、個人的事情で申し訳ありませんが、10月11月12月と干支の人形や催事、、例年のお店等へのお納めが続くため、12月になってしまうかもしれない由、口頭でお伝えしたつもりでおりましたが、北区役所産業振興課の方へ、11月中にまだ届いていないというお叱りの連絡が届いた由承っています。

 発送が12月になってしまうかもしれない由、おひとりおひとりに口頭でお伝えしたつもりでおりましたが、あるいは「12月」が抜け落ちていたケースもあったかもしれません。お叱りいただいた方には電話で連絡さしあげ(留守番電話でしたが)お伝えしました。

 12月はじめには素焼きは済んでいましたが、上記のように制作に追われてしまいまして、晦日、大晦日まで納めに追われていまして、納めが済んだところで、ちょうどNHK Eテレの第九の放送を耳にしながら。梱包しまして。10時半すぎ、地元赤羽の中央郵便局は夜間窓口が閉鎖されていますので、自転車には積みきれないため、タクシーで王子の中央郵便局まで発送した次第です。とりあえず12月中に発送するお約束ということでご了承ください。

 現在郵便局はまだ年始モードだと思いますので、ご近所の東京北区内、東京都内、埼玉、千葉県あての荷物も三賀日開け以降の配達になるかもしれませんがあらかじめご了承ください。一番遠方の長崎県の方、それプラス2日3日くらいでしょうか。お待たせしまして申し訳ありません。

 素焼きの人形をそのまま飾られるか、彩色されるかお好みですが、私が実際行っている昔の土人形の彩色のやり方ですと、初期費用が嵩みますから、身近で安価な材料で済ます方法を同梱のプリントで提案させていただいております。

まずは発送しました件、お伝えいたします。

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今年もよろしくお願いいたします。

2019-01-02 19:12:46 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 年が明けました。今年もみなさまにとってよい年となりますようお祈りいたします。

 個人的には正月元旦は自分の誕生日でもあり、「また年をとってしまう(-_-;)」的な思いがあってうれしくありません。

旧年中は体力的な問題なのか、しんどかったです。特に師走の晦日と大晦日ぎりぎりまでどたばたしていたというのは、これまでで一番しんどかったような気がします。済まさなければならないものを片づけて時計を見たら。年越し30分前だったというのは今回はじめて。正月飾りも掃除もする余裕がなく。年越しそばも食べていません。 年越しまであと30分とわかったところで急いで駅前の居酒屋へ飛び込み、ハイボールとキャベツの塩コンブ載せで年を越しました。

 帰宅してパソコンを立ち上げたら、インターネットの接続ができない状態になっていて、未だ回復できず、仕方なしに「in ネット カフェ なう」でアップしております。(何か幸先悪い前触れでないことを祈ってしまいます。)

毎度年頭に思うことですが、こうして取り組んでいることで充実した年にしたいです。以前から原型起こしを手がけていながら、未だ日の目に出せていない人形もあまたありますし、また創作的なものへの欲求も起ってきています。ただ問題は体力と時間ですね。我ながら要領の悪い人間なので、物事途中で必ず躓きます。「七転び八転び」みたいなことになります。それでも限られた時間を思うように有効に使っていければ、と思います。

今年もよろしくお願いいたします。

追伸:現在インターネット接続ができない状況が続いており、連絡等リアルでお答えできません。ご了承くださいませ。

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国立劇場 12月歌舞伎公演

2018-12-21 03:24:56 | 日々

 半年ぶりの芝居見物。半年ぶりの吉右衛門丈です。9月の歌舞伎座の秀山祭では吉右衛門丈の二役が出ていたのですが、9月は生憎催事や出展が重なり、観に行くことができずにいました。今月の吉右衛門丈は「石川五右衛門」を演じられ、「葛籠背負ったがおかしいか」のセリフで有名な「葛籠抜けの宙乗り」を演じられています。

 「宙乗り」は「早変わり」「本水」などと並んで「ケレン」といって肝心な芝居に加えて観客を楽しませるサービスオプション的な演出で、ただケレンばかりを売り物にして芝居が疎かになったり、ただきれいなだけで腕のない役者さんがケレン芝居を演じても趣向倒れ(当然ひいきのお客さんは手を叩いて大喜びしますが)な結果に終わるということが少なくありません。その点、吉右衛門丈のたっぷりとした芝居と愛嬌の上に宙乗りを演じられることはこれ以上のご馳走はない、という感じでした。それと今回は「楼門五三桐」の南禅寺山門の場のパロディーとして「木屋町二階の場」という場がついておもしろかったです。他の場も長い間演じられていなかった古い場面で芝居の流れが奇抜な感じがしましたが、この一座の芝居上手なアンサンブルでそれらしく見せているというのは観客のひとりとして安心して観ていられるという感じです。

 NHKの筋肉番組の決まりセリフではありませんが「吉右衛門は裏切らない」としみじみ実感しました。その昔、故・三代目実川延若さんが「窯茹での五右衛門」の場まで演じていたのは読みかじりで知っていますが、今回はその前の縄にかかるところまで。石川五右衛門といえば、「楼門」の五右衛門とか「葛籠抜け」の五右衛門のように「国崩し」的な立派で手強いイメージ像だと思うのですが、今回出た「五右衛門隠れ家の場」で夫婦親子の情で涙にむせぶ、という性格もあるのがまた芝居で面白かったですね。(道具幕前で大薩摩の出語りがあって、幕を振り落とす演出も「楼門」のパロディーになっています。)吉右衛門丈の一座での芝居は本当に損をしない。腹ごたえのある内容で満足です。幕間の休憩には池袋西武での地下で買ってきた「亀戸 升本」のお弁当を食べました。おかずたくさんで食べでがあってこれも満足でした。

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羽子板市 2018 二日目

2018-12-19 22:51:06 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 初日は朝から雨が降っていたので、どうなるのだろうと案じていました。二日目、我が家のワンちゃんたちのお墓に用事があって、自転車で赤羽→舟渡→志村→本町→仲宿→西巣鴨→巣鴨→染井→病院→道灌山下→西日暮里→根岸→入谷→国際通りと経由して観音様にたどりつきました。羽子板市の露店の配置は去年まで同じだったのが、今年は全然違うところに並んでいるんですね。目指すは「吉徳」さん。自分のお納めしていた今戸人形が気になります。

 初日にお出かけになった方々の画像を観て心配していました。これまでは初日9時開始までに行列になっていて、丸〆猫(まるしめのねこ)が1時間そこらで売れきれてしまうので、多めに用意してください、という由承っていたので多めにお納めしましたがどうなんだろう、というところでした。実際二日目に伺ってみて種類によってまだ並んでいる人形もあるので、今年はあまり捌けないのかと思っていたのですが、一気になくならず、あとからいらっしゃるお客様にもお求めいただけるよう配慮されているそうで、売れていますよ、と聞いて安堵しました。干支の「瓜乗りウリ坊」は既に売り切れ、「てんてれつくの猪のぴいぴい」も売り切れでした。二本足で走るへんてこで地味な形なのでどうだろう???と心配していたのですが、忠臣蔵五段目を連想してお買い求めいただけたのかな?と思いました。

 今回の吉徳さんの位置は宝蔵門の斜めそばでした。門にかかる大草鞋は山形の楯岡(村山市)で作られて奉納されているんです。バラの花で有名な「東沢公園」の後ろの山の上で作られているんです。楯岡には割とご縁があって何度もお邪魔しているのですが、草鞋を編んでいるところはまだ、、。自分が山形生まれというわけではありませんが、亡父のふるさとであり、子供の頃から毎年のように夏休みを過ごしたところなので、「山形」と聞けば気になりますし、誇らしい気持ちがします。

 このあと食事時も過ぎた時刻だったので大黒屋に寄って待つことなしに中の天丼を食べて家路につきました。

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東西南北

2018-12-19 21:38:02 | 日々

 去る14日に吉徳さんへの納め。翌土曜日は雑司ヶ谷へ手持ちの納め。久しぶりに雑司ヶ谷墓地近くの大好きな「ターキー」のラーメンを食べて帰宅しました。この日は体へとへとだったので電車と都電で移動。小春日和のような日だまりの中、都電の車窓はのんびりよかったです。日曜日は吉徳さんに渡し忘れたものがあって再び浅草橋へ。月曜日は銀座と高幡不動へはしごで納めのため移動。その途中三宅坂の国立劇場の前売りに立ち寄りました。よい天気の中、西へ向かう京王線の車窓。高幡不動近辺に残る里山や遠くに見える山々、紅葉の匂いがしました。

 そして急ぎの納めはまず落ち着いて、今日は羽子板市の様子を見たいのと、家族だったワンちゃんのお骨を納めている板橋舟渡のペットのお墓への更新手続きの必要もあり、自転車でまず舟渡へ向かいワンちゃんたちに手を合わせ、ここから自転車で中山道沿いに巣鴨まで、巣鴨から染井経由で通院している病院へ。不忍通りから西日暮里を経て根岸入谷経由、金美館通り、国際通りで観音様境内へ向かいました。

 かつて生活を共にしていたプードルと黒ラブちゃんが眠っているのはお堂の中のロッカー式の納骨スペースです。お堂の横にブルドッグの遺影つきのお墓が見えます。

 舟渡を出発して志村の坂の途中にある「薬師の泉庭園」と山上に聳える「総泉寺」のお堂。こじんまりしていますがいろいろな草木が楽しめるところ。江戸時代からある庭園なんだそうです。「総泉寺」はかつて隅田川沿い、今戸町の北隣の橋場にあった古刹で関東大震災だったか空襲だったかで現在地へ移転したと思います。今でも橋場に「妙亀塚」という碑が残っていますが、このお寺にゆかりのものです。

 庭園内の泉の湧く井。今は水道で流れを再現されているのか水は出ていませんがいい感じです。

 冬枯れの中の小菊たち、、。

 この赤い実の植物は何という名前なんでしょうか、、、?

 志村の長いダラダラした坂を上って坂上から凸版印刷へかかる手前の立派な一里塚。道両岸に石垣で囲まれた塚がありますが、同時に両側がカメラに納まりません。

 日本橋に向かって左側の塚。

 その隣に構えている立派な荒物屋さん。

 志村から蓮沼町、清水町から旧中山道沿いに進んで本町にある「縁切り榎」。輿入れの行列はここを避けて通ったとかいいます。

 本町と仲宿の間に流れる石神井川に架かる「板橋」。「板橋」という地名のもとがこの橋です。今ではコンクリートの欄干ですが、、、。

仲宿も上りの坂道でそんなにきつい勾配ではありませんが、志村の坂と連続するとしんどいです。このあたりも面白そうなものや店がありますが、今日は割愛して、、。

 招き猫関係の本によく登場する西法寺の招き猫の石像。このお寺もかつては浅草にあったのが現在の西巣鴨と新庚申塚との間へ引っ越してきたと言われています。この猫さんは何代目かの高尾太夫を怪蛇から守ったという話で有名ですね。但し20余年前にはこの猫像はお寺の門柱の上に鎮座していたと記憶していますが、いつからか高尾太夫の墓所の傍らに移動したようです。気の毒なのは左側の額の上が以前よりかなり損失していて、もしや門柱から落ちて怪我したのかどうか、、、お寺の方へお訊ねする余裕がなかったので、、、。今戸焼とは関係がないとは思いますが、浅草つながりの猫さんではあるので、いつか時間があればこの石像をもとに小さな土人形に仕立ててあげたいという気分です。その昔、浅草寺仁王門と弁天山の間に鎮座していた「粂平内堂」の石像を今戸人形で作って江戸以来「元祖 浅草の縁結びの神様」であったみたいに、この猫さんを作ってあげたいと思います。

 このあと巣鴨から染井、道灌山経由で浅草に向かったのですが、画像に撮ったのはこれだけです。

 

 

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浅草 納めの観音 羽子板市 2018

2018-12-15 03:42:54 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 師走も15日過ぎ。時間の速さにびっくりします。

 昨晩 浅草橋のお人形の吉徳さんへ拙作の人形を滑り込みでお納めに出かけてきました。12月17日(月)・18日(火)・19日(水)の3日間、浅草寺本堂前にて恒例の「浅草 納めの観音 羽子板市」が開催されます。

おそらく例年のとおり観音様のお堂寄りの位置に吉徳さんの露店が出店され、あまたの羽子板の並ぶ一角に拙作の人形も並べていただくことになるかと思います。

 ここ浅草の観音様の境内こそがかつての今戸焼の土人形、今戸人形が鬻がれ、とりわけ招き猫の最古の記録となる「丸〆猫」(まるしめのねこ)が嘉永5年(1852)に老婆によって、鬻がれ大流行になったことは「武江年表」や「藤岡屋日記」また、広重の錦絵「浄るり町繁花の図」によって伝えられるところで、最古の「招き猫ゆかりの地」或いは「招き猫発祥の地」です。そうしたゆかりの深い場所で拙作の人形を並べてもらえるということはこの上ないよろこびです。隅田川沿岸の胎土を掘ってきて精製して形作った人形を作っていますから、そのゆかりの場所で江戸東京一番のお人形の老舗である創業三百余年の吉徳さんの露店で並べてもらえるということは、自分のやっていることのストーリーとして完結してもらえるという意味で何と贅沢なことか、、、。

 ここ数年の様子から、丸〆猫(まるしめのねこ)を中心に今戸人形の古型の招き猫、座り猫、鞠猫、火入れ、貯金玉、ぴいぴいなど猫もの重点を置いて作り貯めしました。それと来年の干支の亥(猪)「仁田四郎」「瓜のりウリ坊」「てんてれつくの猪のぴいぴい」などです。(「下谷の摩利支天」は時間が足らずまだ完成できていません。) それと歳の市ゆかりの「福枡」(「恵比寿大黒の縁起枡」)も数点。

 とりあえず運ぶことができて安堵しました。このところあまり睡眠がとれていないというか、ご飯も喉を通らない、、。ゆうべはノンストップだったので、吉徳さんからの帰り道、安堵で脱力状態というか、急に抜け殻になってふらついているという感じで、とりあえず、浅草の観音通りのジェラート屋さんで三色盛りを作ってもらって食べて、例のごとく絵ビラを撮って帰ってきて泥のように寝ました。ずーっと甘いもの絶ちしていましたが、今日だけは自分へのご褒美。甘酒とココナツミルクとピスタチオのジェラートがおいしかったです。

 せっかく浅草にいたのですが、疲れすぎておいしいご馳走を食べる元気がなくて、ジェラートだけ食べて帰りました。17日からの3日間。時間があれば吉徳さんの露店をちょっと覗きに行ってみたいと思います。

 お近くにお出かけの方、吉徳さんの露店にお立ち寄りくださされば幸いです。

 

 

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日本民藝館展 2018

2018-12-06 23:08:21 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 本日、日本民藝館にて、今年度の日本民藝館展の講評会、受賞者の表彰などがあり、連日の夜なべ作業のためへとへと状態でしたが全体会とお昼のお弁当まで参加して帰ってきました。

会場内に琉球張り子の豊永さんもいらっしゃっていてお弁当をご一緒させていただきました。場内の自分の作品に限って撮影は許可されているので撮ってはあるのですが、初日が開くまでは公表しないように、ということですので、日曜日以降にアップしたいと思います。

追記(12月10日)

 内容や画像については初日が開いてから、とのことでしたが、うっかりして遅れ馳せながら今日アップします。(ただ今、納めの作業で一年で一番の崖っぷち状態です。)

 結果(自分の出品分で)をいうと、今回出品4回目になりますが、これまでが嬉しすぎ、というか過分に評価いただいていたので、今回身の程の評価(地面に足のついた)だったのだろうな、という感じで、せめても入選があったというだけでもありがたいです。入選したものは3点。「口入狐」「羽衣狆」「鉄砲狐」でした。これらの画像は2階会場の入選作品の棚に展示されていました。

 上3点以外の残りの出品作は1点を除いて「準入選」の扱いで1階会場の準入選のところに並べてありました。

 「仁田四郎」の刀が、刃の部分を握って柄を振り上げている(画像では小さくて見えづらいですが)状態で展示されていたので、この状態で審査されたのか????と思いましたが、それが結果を左右するものではないでしょうね。前3回に同じ型のものを出品して選に入れてもらったものでも今回は準入選になっているものがありますが、毎回出品する人々の間で「健康診断」のように審査してもらうということなので、たぶん今回は気が付かないところで、私の心が健康ではなかったのかもしれません。体的には本当に疲れてへとへとですし、、、。また同じものを作っても、心が健康に戻れば希みはまだある、と信じたいです。

 今は次の納めに向け、とにかく早く済ませなければという感じで何とか気張っていかなければと思います。

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不忍池

2018-11-30 03:00:43 | 日々

 このところ毎日のように不忍池のそばを往復しているような感じです。あるいは染井の丘の下辺りが昔の藍染川の源だったという話も聞くので、その源流付近から不忍池を経て広小路の三橋、下谷、佐竹、三味線堀を経て隅田川へ至る流域をうろうろしているような感じです。ぼんやりとした話ですが、家で作業していて、胡粉が足りなくなってきたので淡路町の絵具屋さんへ往復したり、急に必要あって銀座まで行き、その帰り浅草橋の吉徳さんへ寄って帰る、また急に御徒町の漆屋さんに粉筒を買いに行くという具合です。のんびり楽しみながらという感じではないですが駒込、田端、谷中、根津、上野までは昔の藍染川沿いに走っていることになります。

 根津から不忍池の東側(動物園のモノレール下とか鴎外荘経由)だったり、西側(大観宅、東天紅経由)になったりしますが、池の景色で一番変わったのは上野の山を通り越して本所のスカイツリーがにょっきり見えることです。光る巨大イカのようで好きになれないので画像もわざと入らないように撮ってみました。

 それにしてもこうたびたび通り過ぎているのに未だ東博へ行けていないというのは皮肉。早くしないと特別展が終わってしまう、、と焦っています。

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和田稲荷の鉄砲狐

2018-11-26 07:19:12 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 昨年の今頃を思い出せば、何倍も大変だったことを思い出します。被官様の件の巫女さまから言われていた数をぎりぎり揃えて急いで納め、これから干支や羽子板市向けの人形に取り組まなければ、、というところで巫女さんから9月に聞いていない数を急に言われて途方に暮れ、そうため干支向けに素焼き貯めしておいた「洋犬のぴいぴい」をほとんど際に間に合わせることができなくなった憶えがあります。

 今年は被官さまはくびになったのでその分これから先の準備には余裕があることを期待していたし、じっくり取り組めると思っていたところ、そうでなくなって再び焦っています。数としては被官さまの比ではありませんが、高崎市内の「和田稲荷」さまから秋口になって期限付きのご依頼があったからです。11月下旬の理想の作業進行としては、干支と羽子板市に専念して万全を期したいところ。昨年は「和田稲荷」さまへのお納めは1月10日頃と言われていたので、羽子板市が済んで、王子の狐の行列向けの準備と並行して準備できたのですが、今回は羽子板市前の期限ということで、お受けしたからには、しっかりお納めしなければとゆうべやっと完成はさせました。ここの鉄砲狐は今戸の狐から型どりしたものが摩耗して顔の尖りのなくなった形状で神社さまのご希望で昔の調子で、ということで作っています。ワイルドさを意識していますがどうでしょうか。

 赤の部分は古式を残す鉛丹のようなオレンジ色。鉛丹自体は使用できないので、洋画用のピグメントの「カドミウムレッドライト」と水干絵の具の「橙黄」とを混ぜ合わせた色で塗りました。これらを急いで発送して干支や猫類など間に合うよう頑張りたいです。

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NHKテキスト 「趣味どきっ! 不思議な猫世界 ニッポン 猫と人の文化史」

2018-11-20 00:52:05 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 12月から1月のNHK「趣味どきっ!」の番組テーマは上記のように 猫と人の文化史ということで放送の予定だそうです。番組制作そのものではなくて、NHK出版発行のテキストの編集者の人から9月頃連絡をいただき、うちで作っている「丸〆猫」(まるしめのねこ)について取材したいとの由。家中ちらかっているので、それでもよければ、、ということで作っている工程とかできていた人形を撮影されてお帰りになりました。この番組、招き猫だけの番組ではなくて、文化史というテーマで、その中の4回目の放送が「幸せを呼ぶ猫」というタイトルで招き猫について展開するようです。

 名古屋の則武氏がその4回目放送の監修をされるのだそうです。その丸〆猫を作っているところとして取材を受けた画像を載せていただきました。

 ゲラの段階で内容確認の原稿をいただき、内容で検討していただきたい由電話でお伝えしたところ、わざわざ赤羽までお越しくださって、目の前で変更訂正の検討のやりとりをしてくださいました。これまで刊行物等の内容で、発行されて「びっくり、こんなこと言っていない!」とか「エーっつ、こんな扱いされているんだ、、!」みたいなケースが多かったので、今回のNHK出版のご担当の方々の丁寧なご対応はありがたいと思いました。もうすぐ書店に並ぶと思います。「丸〆猫」を「まるしめのねこ」とルビを振ってくださったのも万全だと思います。「まるじめねこ」っていうと田舎臭い訛りの感じ。「まるごめみそ」みたいなものですね。

 

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窯入れ

2018-11-20 00:39:01 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 数日前、やっとのことで高崎市内のお稲荷さん向けの鉄砲狐の型抜きの目標数を達成しました。「瓜のりウリ坊」「てんてれつくの猪のぴいぴい」と猫もの、招き猫ものを集中させて型抜きをすすめています。とりあえず乾燥させたものをどんどん素焼きまで済ませていきます。

 一番下の棚には鉄砲狐、その上の棚には「ウリ坊」と「てんてれつく」。一番上には猫ものを並べて素焼きに入ります。本当ならば満杯に詰めて焼きたいのですが、次の分はまだ完全に乾燥しておらず、それを待っていても遅くなりそうなので、、。

 蓋を半開きにして炉内500℃になるまで内部の水分を逃します。500℃を越えると蓋を閉めます。

追伸:うっかりしていました。この素焼きの中に去る9月の北区伝統工芸展会場でお客様が体験で型抜き成形された人形も一緒に入っています。焼きたてをすぐに、、とはいかないかもしれませんが、追って発送しますのでご了承ください。

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