東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

日本民藝館展 2018

2018-12-06 23:08:21 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 本日、日本民藝館にて、今年度の日本民藝館展の講評会、受賞者の表彰などがあり、連日の夜なべ作業のためへとへと状態でしたが全体会とお昼のお弁当まで参加して帰ってきました。

会場内に琉球張り子の豊永さんもいらっしゃっていてお弁当をご一緒させていただきました。場内の自分の作品に限って撮影は許可されているので撮ってはあるのですが、初日が開くまでは公表しないように、ということですので、日曜日以降にアップしたいと思います。

追記(12月10日)

 内容や画像については初日が開いてから、とのことでしたが、うっかりして遅れ馳せながら今日アップします。(ただ今、納めの作業で一年で一番の崖っぷち状態です。)

 結果(自分の出品分で)をいうと、今回出品4回目になりますが、これまでが嬉しすぎ、というか過分に評価いただいていたので、今回身の程の評価(地面に足のついた)だったのだろうな、という感じで、せめても入選があったというだけでもありがたいです。入選したものは3点。「口入狐」「羽衣狆」「鉄砲狐」でした。これらの画像は2階会場の入選作品の棚に展示されていました。

 上3点以外の残りの出品作は1点を除いて「準入選」の扱いで1階会場の準入選のところに並べてありました。

 「仁田四郎」の刀が、刃の部分を握って柄を振り上げている(画像では小さくて見えづらいですが)状態で展示されていたので、この状態で審査されたのか????と思いましたが、それが結果を左右するものではないでしょうね。前3回に同じ型のものを出品して選に入れてもらったものでも今回は準入選になっているものがありますが、毎回出品する人々の間で「健康診断」のように審査してもらうということなので、たぶん今回は気が付かないところで、私の心が健康ではなかったのかもしれません。体的には本当に疲れてへとへとですし、、、。また同じものを作っても、心が健康に戻れば希みはまだある、と信じたいです。

 今は次の納めに向け、とにかく早く済ませなければという感じで何とか気張っていかなければと思います。

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不忍池

2018-11-30 03:00:43 | 日々

 このところ毎日のように不忍池のそばを往復しているような感じです。あるいは染井の丘の下辺りが昔の藍染川の源だったという話も聞くので、その源流付近から不忍池を経て広小路の三橋、下谷、佐竹、三味線堀を経て隅田川へ至る流域をうろうろしているような感じです。ぼんやりとした話ですが、家で作業していて、胡粉が足りなくなってきたので淡路町の絵具屋さんへ往復したり、急に必要あって銀座まで行き、その帰り浅草橋の吉徳さんへ寄って帰る、また急に御徒町の漆屋さんに粉筒を買いに行くという具合です。のんびり楽しみながらという感じではないですが駒込、田端、谷中、根津、上野までは昔の藍染川沿いに走っていることになります。

 根津から不忍池の東側(動物園のモノレール下とか鴎外荘経由)だったり、西側(大観宅、東天紅経由)になったりしますが、池の景色で一番変わったのは上野の山を通り越して本所のスカイツリーがにょっきり見えることです。光る巨大イカのようで好きになれないので画像もわざと入らないように撮ってみました。

 それにしてもこうたびたび通り過ぎているのに未だ東博へ行けていないというのは皮肉。早くしないと特別展が終わってしまう、、と焦っています。

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和田稲荷の鉄砲狐

2018-11-26 07:19:12 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 昨年の今頃を思い出せば、何倍も大変だったことを思い出します。被官様の件の巫女さまから言われていた数をぎりぎり揃えて急いで納め、これから干支や羽子板市向けの人形に取り組まなければ、、というところで巫女さんから9月に聞いていない数を急に言われて途方に暮れ、そうため干支向けに素焼き貯めしておいた「洋犬のぴいぴい」をほとんど際に間に合わせることができなくなった憶えがあります。

 今年は被官さまはくびになったのでその分これから先の準備には余裕があることを期待していたし、じっくり取り組めると思っていたところ、そうでなくなって再び焦っています。数としては被官さまの比ではありませんが、高崎市内の「和田稲荷」さまから秋口になって期限付きのご依頼があったからです。11月下旬の理想の作業進行としては、干支と羽子板市に専念して万全を期したいところ。昨年は「和田稲荷」さまへのお納めは1月10日頃と言われていたので、羽子板市が済んで、王子の狐の行列向けの準備と並行して準備できたのですが、今回は羽子板市前の期限ということで、お受けしたからには、しっかりお納めしなければとゆうべやっと完成はさせました。ここの鉄砲狐は今戸の狐から型どりしたものが摩耗して顔の尖りのなくなった形状で神社さまのご希望で昔の調子で、ということで作っています。ワイルドさを意識していますがどうでしょうか。

 赤の部分は古式を残す鉛丹のようなオレンジ色。鉛丹自体は使用できないので、洋画用のピグメントの「カドミウムレッドライト」と水干絵の具の「橙黄」とを混ぜ合わせた色で塗りました。これらを急いで発送して干支や猫類など間に合うよう頑張りたいです。

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NHKテキスト 「趣味どきっ! 不思議な猫世界 ニッポン 猫と人の文化史」

2018-11-20 00:52:05 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 12月から1月のNHK「趣味どきっ!」の番組テーマは上記のように 猫と人の文化史ということで放送の予定だそうです。番組制作そのものではなくて、NHK出版発行のテキストの編集者の人から9月頃連絡をいただき、うちで作っている「丸〆猫」(まるしめのねこ)について取材したいとの由。家中ちらかっているので、それでもよければ、、ということで作っている工程とかできていた人形を撮影されてお帰りになりました。この番組、招き猫だけの番組ではなくて、文化史というテーマで、その中の4回目の放送が「幸せを呼ぶ猫」というタイトルで招き猫について展開するようです。

 名古屋の則武氏がその4回目放送の監修をされるのだそうです。その丸〆猫を作っているところとして取材を受けた画像を載せていただきました。

 ゲラの段階で内容確認の原稿をいただき、内容で検討していただきたい由電話でお伝えしたところ、わざわざ赤羽までお越しくださって、目の前で変更訂正の検討のやりとりをしてくださいました。これまで刊行物等の内容で、発行されて「びっくり、こんなこと言っていない!」とか「エーっつ、こんな扱いされているんだ、、!」みたいなケースが多かったので、今回のNHK出版のご担当の方々の丁寧なご対応はありがたいと思いました。もうすぐ書店に並ぶと思います。「丸〆猫」を「まるしめのねこ」とルビを振ってくださったのも万全だと思います。「まるじめねこ」っていうと田舎臭い訛りの感じ。「まるごめみそ」みたいなものですね。

 

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窯入れ

2018-11-20 00:39:01 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 数日前、やっとのことで高崎市内のお稲荷さん向けの鉄砲狐の型抜きの目標数を達成しました。「瓜のりウリ坊」「てんてれつくの猪のぴいぴい」と猫もの、招き猫ものを集中させて型抜きをすすめています。とりあえず乾燥させたものをどんどん素焼きまで済ませていきます。

 一番下の棚には鉄砲狐、その上の棚には「ウリ坊」と「てんてれつく」。一番上には猫ものを並べて素焼きに入ります。本当ならば満杯に詰めて焼きたいのですが、次の分はまだ完全に乾燥しておらず、それを待っていても遅くなりそうなので、、。

 蓋を半開きにして炉内500℃になるまで内部の水分を逃します。500℃を越えると蓋を閉めます。

追伸:うっかりしていました。この素焼きの中に去る9月の北区伝統工芸展会場でお客様が体験で型抜き成形された人形も一緒に入っています。焼きたてをすぐに、、とはいかないかもしれませんが、追って発送しますのでご了承ください。

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型抜き成形

2018-11-10 14:44:59 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 これからは「浅草観音 納めの羽子板市」を中心に干支、それと大晦日の「王子 狐の行列」の装束稲荷の招き狐、また数か月前にご連絡いただいた高崎の「和田稲荷」の鉄砲狐等を中心に型抜き成形に集中して早く乾燥させ素焼きまですすめてプールしていきます。干支の「下谷の摩利支天」の彩色に手を付けたところで止まっています。それと干支の亥(猪)にちなむ案がまだあり、それらも形にしたいですが、まずは先日アップした「瓜のりウリ坊」へ多くの方々、お店より発注をいただきまして、予想外ですがその分も急いで型抜きしようとやっています。実質A4の下敷き一枚くらいのスペースで土を延し、切っては割型に詰め、交互に割型から外すという作業です。画像右手は「和田稲荷」の鉄砲狐。左手は「瓜のりウリ坊」や「てんてれつくの猪のぴいぴい」です。

 「和田稲荷」の鉄砲狐はおそらく今戸の鉄砲狐から型どりしてサイズも小さく、形も摩耗したような、ぼってりとした姿。面描きも顔に対して大きな筆の運びですが、台座の縞の部分など今戸の配色の面影を残すもので、神社さまで昔の摩耗して感じを出して欲しいというご希望でモデリングしています。昨年までは大量の鉄砲狐のノルマがあり、それに対しては複数の割型を用意して型抜きしていましたが、「和田稲荷」のものにはまだひとつの割型しかないので、その分ひとつの割型を繰り返し使いまわすようにしているので能率はよいとはいえません。当然2体で一対になるので目標数を達成するまではもうしばらくかかります。

 「羽子板市」向けには例年よりも丸〆猫を中心とした今戸の猫ものを増やして欲しいという由、伺っているのでできるだけそのように準備したいです。一部プールはしていますが、まだまだ抜き出してより多くお持ちできるようにしたいと思いますが、まずは「和田稲荷」と「ウリ坊」をそこそこキープできてから、、、焦ります。でもお呼びいただくということを感謝して作らねばと思います。

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玄関先の秋

2018-11-10 08:02:21 | 日々

食べた柿の種を玄関先のプランターに蒔いたのは一昨年だったか、、。このところ忙しくしているので、気が付かなかったのですが、柿の葉っぱの鮮やかになったこと、、。偶然後ろに置いてある石膏吸水鉢のプラスチックの青い蓋とコントラストが出ていて驚きました。

 足元の桔梗の葉っぱも黄色くなっています。

 泥の沈殿用のバケツの上に並べている鉢の葉の色も真夏とは違った感じ、、。

 塀に絡んだ山芋のむかご。葉っぱは既に枯れています。

 清澄菊も満開です。

 よい天気でも紅葉狩りとか行楽へ出かける余裕がありませんが、玄関の前で秋を実感できてよかったです。そろそろ水が痺れるようになる前に掘ってきた土の水簸(すいひ)や沈殿などの水仕事も済ませて、一冬間に合うくらいの量を寝かせておかないと、、と思います。

 

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縁起枡(枡入りの恵比寿大黒)益々繁盛

2018-11-05 01:55:56 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 夏の新盆頃に組み立てていた枡の中にセットすべき恵比寿様、大黒様と小判の山がやっと揃ったので早速やってみました。

 今でも酉の市の露店にはこれ式の縁起飾りが並んでいますし、大きな熊手のパーツとして挿し込まれているのもあるかと思います。但し、中身の二福神や小判の山は、プラスチックとかパルプの遠心分離による成形になっています。昔の今戸焼の土人形の数ある種類の中で最もたくさん作られれ、出荷されていたといわれるベスト3は「稲荷の狐」と「裃雛」「恵比寿大黒」であったと聞いています。実際、今戸焼の恵比寿大黒が大きなものから一文人形サイズのものまで、また前後2枚型合わせの作りのものがあれば、片面のものもありました。そうした片面の恵比寿大黒がこうした縁起枡とか経木製のガラス蓋つきの小箱に貼り付けられて露店などで売られていたようです。

 今回作ったものついて問わず語りさせてもらいます。今回作った縁起枡の人形は、片面型の恵比寿大黒の二つのタイプを折衷したものなんです。以前このブログでも古手の今戸焼の恵比寿大黒を貼り付けた枡をご紹介したことがありますが、枡に貼りつけるペアの場合は二福神のお姿はただ金一色に塗ったものがほとんどです。そうすることもできますが、お姿はカラフルなほうが見た目変化があって楽しいのでは、、。と思って恵比寿大黒の型も枡ではなくて「経木製にガラスの蓋をつけた小箱」に納まる彩色したタイプのものを再現して枡内に貼り付けてあります。この小さな二福神の彩色ですが、小さなものでもありかなり省略した塗り方になっています。それでも部分的には「まがい砂子」(真鍮粉)を蒔いてあったり手が込んでいるのです。

 枡正面を斜めに仕切っているつっかえ棒は右肩上がりに嵌めています。(右肩上がりという言葉はグラフとか表から来ている表現だと思うのでいつ頃からの言い方なんでしょうか?)

 斜めに半分に区切ってあるので「半枡」(繁盛)。「枡枡半枡」→「ますますはんじょう」→「益々繁盛」という縁起担ぎとなります。

 

 追記:枡の部分は既製品ですか?と聞かれたのですが、一応自前です。確か浅草に熊手業者向けのパーツの問屋さんがある、と聞いたことがあるのですが、おそらく今風の規格になっているのではないかと思い、我が家にある古い枡を採寸して木材をホームセンターでカットしてもらい、焼き印はオリジナルの印章を採寸してレタリングした原稿で焼印屋さんに作ってもらいました。

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荻窪駅前

2018-11-05 01:28:25 | 日々

 昨日今日は「みそろぎ展」以来の作業の区切りで慢性的な寝不足を押して何とか切り抜けました。午後、駒場東大前まで所用で出かけて、その後まっすぐ家へ戻って休みたいところでしたが、例によって帰り道のこだわりが出てきて、渋谷や新宿経由で雑踏の中を人にぶつかるのを避けて体にブレーキをかけるのにはへとへとすぎるので、高円寺から赤羽行のバスで帰ろうとしました。永福町で降りて高円寺行のバスに乗ろうとしたところ、ぎりぎりバスが発車したところだったのと雨が降っていたので、思い直して井之頭線で吉祥寺まで出て、西荻窪で「はつね」か「丸福」のラーメンを久しぶりに食べ、西荻窪の西友で赤羽の西友で売れきれてしまっていたものを買っていこう、と西荻窪で途中下車したところ、どちらの店もやっておらず、西友にも目的の品がないので、となりの荻窪まで移動して「丸福」に寄ったところちょうどぎりぎり最後の麺ひと玉で終わりのところに滑り込みました。

 昔は富士街道近くに勤めていたので、帰りに吉祥寺か西荻に寄ってラーメンを食べ、古本屋を物色するというパターンでよく寄り道していたのが、最近はあまり寄る機会がなく「丸福」のラーメンも本当に久しぶりです。やっぱりお汁がおいしくて、煮玉子がおでんの玉子のようにしっかり煮えているのがうれしいです。ラーメンに関しては卵は半熟よりしっかり煮えて白身にしっかり色が染みているのが好きです。そして西友荻窪店に寄ってから、せっかく途中下車したので古本屋を覗いて、寝入りのお供になるような本をゲットして帰ってきました。

 西方浄土というと大げさに聞こえるかもしれませんが、赤羽に住まっている身として、中央線、京王線沿線など西の地域は何か豊かな感じがして好きです。用を済ませ、赤羽目指して帰るのは現実に戻っていくような一抹の残念さを感じます。

 とりあえず作業のひとつ区切りがついたのでほーっとしていますが、次の作業に急いで切り替えていかなければ、と思います。

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座り猫

2018-11-04 01:51:42 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 御殿玩具の彩色パターンを真似たのではないかと思われる人形が今戸の人形にもいくつか見受けれられます。本物の御殿玩具のように胡粉による「盛り上げ」はしませんが、吉祥的な花鳥風月の模様を添えたりするものがあります。都内各地の近世遺跡からたくさん出土している「座り猫」の彩色にも御殿玩具風の彩色のものがあって、今回はそれをイメージして塗ってみました。

 首輪に涎掛けのパターンのほうが一般的だったのではないかと思いますが、こんな風のもあった、というイメージです。

 

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干支の亥(猪)づくり⑤ 「瓜のりウリ坊」

2018-11-04 01:37:35 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 ひとまわり前の亥年に起こした猪の人形のひとつです。毎度記していますが、今戸焼の土人形の中には猪の姿をしたものがほとんど見られず、気持ちとしては昔ながらの今戸の猪を再現したいところですが仕方なしに創作したものです。尻尾の部分は12年前と同じく紙紐を挿し込んでいます。今年は紙紐ではなくて本体と一体となる型の彫りとして尻尾を表そうかどうか考えていたのですが、時間が間に合わず、結局紙紐です。

 手前味噌的な言い訳になりますが、ウリ坊が瓜に乗っているというアイデアは自分としては可愛くて悪くないとは思っていますが、実際のモデリングですね。どうでしょうか。

 ウリ坊の縞模様ですが、12年前はもう少しおとなしい色合いにしていたのですが、今回はベロ藍を胡粉で淡くした色を入れてみました。どうでしょうか、、、。

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土もらい

2018-10-22 13:12:47 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 ずっと通っている接骨院の近くで建て替えの工事をやっています。

 先週通院したついでに現場の守衛さんに頼んで粘土をもらいたいと伝えていました。重機が稼働しているとこには寄らないという約束でした。

 バッガーで掘り起こしたものなので石やらレンガやそのほか不純物がごちゃ混ぜですが、粘土のところだけをもらいます。

 やや黄色みがかった白っぽい土はこの中でも飛びぬけて粘りが強いです。

自動車を持っていれば一回でたっぷり運べるのですが、いつもながらマイチャリしかないので、袋に小分けにして何回かに分けて往復します。

 いつでも工事現場があるとは限らないのでこういう時、すこしでももらってきて人形の材料をキープしたいです。欲をいえば、うちの近所ばかりでなく。葛飾区とか墨田区あたりの土も使ってみたいです。

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久しぶりの水簸作業

2018-10-21 10:39:35 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 急に肌寒くなってきましたね。昨夜は夜分買い物に出かかるのにジャケットを羽織って出かけました。

 この春から夏にかけてかなり頻繁に水簸作業を行い、吸水鉢で水気を抜き、簡単に練った状態の土を大きなタッパーに入れて山積みにしておいたので、夏場から今に至る人形の成形作業の材料には十分な土がキープできていました。、これからまだたくさんの出品や納品等見込まれるため、またこれから再び水が冷たくなっていくので、掘ってきてプールしてある土をできるだけ水簸にかけ沈殿させておく必要があります。できれば来年の水温む時まで間に合うようにです。

 毎度のことながら上の画像のふたつのバケツ。向かって右は掘ってきた土を水につけてふやかしておいたものを撹拌するバケツ。向かって左は右のバケツで撹拌したどろどろを篩(ふるい)にかけた泥しょうを沈殿させるバケツです。まだ作業前の前回までの分が沈殿して状態なので上澄みの水が透き通っていて沈殿の様子がよく見えますね。このあと上澄みを他のバケツに移し、スペースを作ったところへ右のバケツから撹拌してドロドロを篩にかけながら流し足します。

 2番目の画像は、最初の画像の左のバケツで沈殿させた泥を移して更に沈殿させ、泥の粘りを増すための第3バケツの内部。

 そのあと石膏の吸水鉢で水を吸わせて寝かせます。

 今日は外での作業にうってつけの日和なので十五夜さんに延長の紐をつけて玄関先まで出られるようにしてあげました。

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谷中「東京キッチュ」さん

2018-10-19 22:12:10 | お世話になっているショップさん

 先立って「丸〆猫」をお渡しした谷中よみせ通り延命地蔵前の「東京キッチュ」さん。このあいだ連絡をいただき、先の昭和戦前型朱色のものがすぐにお買い求めがあったこと、その画像を撮ってお店のブログに掲載するつもりでいたその前にお買い上げとなったということを聞きました。

 そこで昨日今日、少しだけですが昭和戦前型朱色のものと丸〆小判猫、それと「てんてれつくの猪のぴいぴい」をお持ちしてきました。

 谷中は猫の街というイメージで知られたところで、多くの猫好きの人々が訪れるところと言われています。そういうところですから、拙作の今戸の招き猫も店先に並べていただいて、人様の目に触れさせてもらえるのはうれしいです。

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干支の亥(猪)づくり④ 「てんてれつくの猪のぴいぴい」

2018-10-17 20:07:02 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 これはひとまわり前の亥(猪)年に作り始めたもので、今年はじめてではありませんが、先にアップしている「仁田四郎」や「下谷の摩利支天」(彩色済のはまだ)と一緒に作っています。ぱっと見で、「何だこの形は????」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。今戸人形の古典の作で猪の姿のものを確認できないので仕方なく創作になっています。

 これは猪のリアルな姿ではなく、歌舞伎に出てくる着ぐるみの猪をネタにしたものです。「仮名手本忠臣蔵」の5段目の「山崎街道」の場面に登場する猪です。5段目は3段目の「裏門」の場でお家の大事の時駆け落ちする「お軽 勘平」(最近は3段目の上演ではお軽 勘平の件を出さず、4段目のあと清元で「道行旅路花婿」として華やかに上演することがほとんど)。

 続いての5段目ではこの二人がお軽の実家に身に寄せているところ、まだ由良助(実録では大石内蔵助)ら浪士が仇討ちの計画を内密にしているところ、勘平も仇討ちに加わりたいため、軍資金としてお軽は勘平が猟りに出かけているところで勘平に内緒でわが身を祇園の遊女として身を売ることにして、お軽の父親の与市兵衛がその代金を先に祇園で受け取り、家に戻る途中、山崎街道の闇で斧定九郎に殺され五十両を奪われてしまう。勘平は猪を狙って火縄銃を撃つが、定九郎にあたってしまい、暗闇の中手探りで人を殺めてしまったことに驚いて介抱しようとして懐の中の五十両の入った財布は手に当たって思わず軍資金のためと奪って家へ逃げ帰る。

 6段目、与市兵衛の宅には祇園の一文字屋がお軽を受け取りに来ているが、勘平の顔を見たいからと待たせているところ。そこへ勘平が帰ってきて事情を知りお軽にすまないと思いつつ別れでお軽は祇園へと向かう。そこへ殺された与市兵衛の亡骸が運び込まれ、姑であるおかやが勘平が持っていた財布と一文字屋が置いて行った財布と同じ布であることから、勘平が舅を殺したのだろうと、訪ねてきた浪士二人に訴える。浪士が亡骸を改めているところ勘平は暗闇で誤って撃ったのは自分の舅であったかと思い腹を切ってしまう。

 結局浪士二人が道の途中で見かけた 斧定九郎の死体を勘平が撃ったということがわかり、偶然舅の仇を討ったことになったことがわかった。しかしこと遅く勘平は今わの際で仇討ちの連版状に腹の血で血判を押して亡くなってしまう、、、、、というあらすじ。

 暗い内容ではありますが、勘平はハンサムな男という色気のある役として腹切りに追い込まれていく段取りがよく練り上げられている場面です。

 この猪は5段目で斧定九郎が与市兵衛を手にかけて「五十両」というセリフで素敵に決まったところへ花道から出て来るもので、一人の役者さんが猪の胴体を被って、兎飛びのように進んで舞台を通り過ぎるところです。前足2本はつくりものがあごの下からぶらぶらとぶらさがっているだけで、2本足で走る猪として知られています。

 この人形では被っている猪の胴体から下に垂れ下がっている布をわざと別の布として色を変えてみました。実際の舞台では中に入っている役者さんを隠すため、胴体と同じ色なのですが、それでは色の変化がないのでそうしたということです。大歌舞伎ではありえないことですが、空想として昔の旅回りの芝居なんかでは仕込みに安っぽいもので代用していたりしそうなものとしてイメージしました。我が国初のカラー映画としても知られる松竹映画「カルメン故郷へ帰る」の中で家出して東京でストリップ嬢をしている高峰秀子さんが仲間の小林トシ子さんと故郷に錦を飾るはずだったのが、おだてられて村で仮設の舞台で実演する場面がありますが、その引幕が「暴れ熨斗」の裂だの手ぬぐいだのを継ぎはぎしたようなおもしろいものだったのを憶えていませんか、、。そんな感覚で布を白くして蛸足しぼりを入れてみたのです。

 戸板康二さんのエッセイ集の中で出てくる話の中にもちょっと似たような感じのがありました。「昔東京の郊外がまだのどかな土地であった頃、旅まわりの一座の小屋がかかっていて「実録 小平事件」という内容の芝居を打っていた(エロ グロ ナンセンス?)ところ観に行った人が引き幕を観たら「忠孝」と書かれていた、、。」 そんなおもしろおかしい感じが出たらいいなと思ってそうしました。

 

 実際に上演される山崎街道の場面は一面黒幕で暗闇を表していて枯野に松の木が一本立っているという風情で、猪は花道から出て下手から上手に向かって、松の木を一周して上手に入るという段取りだったと思います。斧定九郎は驚いて稲邑の裏に隠れて、猪が立ち去ったところでまだ姿を現したところで「パーン」と火縄の音がして定九郎は口から血糊を垂らして苦しもがいた体でバタリと倒れます。そのあと揚幕から花道へ勘平が出てくるという流れです。猪が登場するときの下座のお囃子が「てんてれつく」と呼ばれるものでちょっと滑稽です。

 画像の背景ですがちらかっているのがみっともないので「反故代用紙」の「古事記」の柄ので隠しています。これを染料で染めたものを「ぴいぴい」の鞴の繫ぎとして使っています。

 今年は催事のスケジュールの前後の変更のため「仁田四郎」や「摩利支天」の他新たな原型つくりをしていたため、ひとまわり前に作った割型を使っての型抜きが後手にまわってしまいました。現在、この「てんてれつくの猪のぴいぴい」と「瓜乗りウリ坊」を作っているところです。

「仮名手本忠臣蔵」のあらすじをやさしく案内しているサイトはこちら(猪は出てきませんが)⇒

舞台の猪のイラストを掲載しているサイトがありました。⇒

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