語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【加賀乙彦】ある死刑囚との対話

2016年07月31日 | ●加賀乙彦
 p.14
 <なぜに、この世のやみは濃いのでしょうか。神がないから、神が死んだからというニイチェの叫びは、深いニヒリズムを私たちに残しましたが、このニイチェのニヒリズムを克服する手だてを、私たちはまだもっていないのです。おそらく、世界中の哲学者の誰もが、まだこの手だてを、人々の解放されていく方角を示せないでいます(少なくとも私の知る限りではそうです)。早い話が、19世紀のヒューマニズムや科学精神は沢山の植民地戦争や不幸をつくりだしただけだったし、マルキシズムも本当に幸福な国をつくりはしませんでした。さて宗教はどうか。これについてはどうか。これについては私には語る資格はありませんから沈黙いたします。むしろいろいろとお教えください。
 いずれにしろ、人々のおちこんでいるにせの光の世界、心ある人々の濃い闇の世界、この二つの世界の人々が相互に無関係に生きている、これが現代の世界でしょう。お互いに相手を知らず異端者あつかいするのです。
 ではどうしたらよいか。その一つの道が、表現の世界でしょう。闇の中から光の方に手をさしのべるのです。私の文学への執心はここから来ます。そのためには、評論よりも詩や小説のほうが表現できる。なぜといって、闇の世界の自覚は決して抽象的な思惟ではないのですから、それは議論では到底表現できないことなのですから、なによりもそれを表す言葉がないのですから、私の尊敬する思想家森有正の用語をかりれば、それは「経験」であって「体験」ではないのですから>

□加賀乙彦『ある死刑囚との対話』(弘文堂、1990)
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【加賀乙彦】フランスの妄想研究

2016年07月31日 | ●加賀乙彦
 加賀乙彦の本名の小木貞孝名義の論文集。3編の論文で構成される。
 (a)「フランスの妄想研究」・・・・妄想の症候論の歴史的考察、妄想の病因論、2~3の現象学的考察及び当時における全体的展望が記される。加賀/小木のフランス留学時における読書覚書がもとになっている。
 (b)「ミンコフスキーの妄想論とその周辺」・・・・フランスの現象学受容の下地にベルグソンの存在があった、と哲学者木田元は言うが、こうした流れは精神医学でも同じで、ミンコフスキーがその傍証となる。
 (c)主としてガストン・バシュラールをめぐる物質的想像力論、心象夢論。ドロマール「妄想の拡散と放射」も紹介されている。『フランドルの冬』の博識にして奇癖をもつJ・V・ドロマール医長のモデルか。

□小木貞孝(加賀乙彦)『フランスの妄想研究』(金剛出版、1985)
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【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟

2016年07月31日 | ●佐藤優
   
 ①トム・バージェス(山田美明・訳)『喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源収奪システムを中国が乗っ取る日』(集英社 1,900円)
 ②佐藤優『現代の地政学』(晶文社 1,500円)
 ③堀有伸『日本的ナルシシズムの罪』(新潮新書 700円)

 (1)①のあとがきで著者は強調する。
 <東アフリカで新たに発見された天然ガス田には、アラブ首長国連邦の全埋蔵量どころか、アメリカの埋蔵量に匹敵する天然ガスが存在すると推定されている。鉱業企業は地下をさらに深くまで掘り進め、アフリカの内陸全域を試掘している。今やアフリカには、原油の産出や試掘が行われていない国は五か国しかない。こうした新たな発見とともに、資源取引がもたらす腐敗効果はさら広まっている。それを示す兆候はすでにある>
 アフリカからの搾取と収奪の動きを強めている中国に対して、国際的な圧力をかける必要がある。

 (2)②では、マッキンダーの地政学論に対する掘り下げた分析がなされている。
 <組織者には二種類ある。一つは組織を維持運営する人。もう一つは社会のメカニズムをつくり出す人で、これがいわゆる革命家とか天才と呼ばれるような人たちです。時代の停滞が長く続いていて自己革新ができないような社会になったときは、突出した人が社会を変えなければいけなくなってくる。だからオーガナイザー、組織者といっても、二種類の組織者にはそれぞれ別の資質が必要とされる>
 こうマッキンダーは考えるが、危機に直面している日本でも社会の新しいメカニズムを構築することができる突出した人材が必要だ。

 (3)③は、ナルシシズムの否定的側面のみならず、肯定的側面にも光をあてている。精神科医でもある著者は、次のように指摘する。
 <もともと日本では「日本論」がとても活発です。その要因は、社会における人間関係の調整が「道徳」に深く依存していることにあります。
 社会の中で道徳的な優位を維持することが人間関係を有利に進める上で重要になる。したがってこの社会に生きる者として、日本的な「道徳」がどのように働いているのかに常に強い関心が向けられるのです。
 しかし、実は「日本論」に依存する精神性そのものが問題なのです。成熟したナルシシズムは自己へのとらわれを減らし、他者へのより積極的な関心をもたらします。その意味では、「日本的ナルシシズム」が成熟するということは、内輪目腺の日本へのこだわりから離れて、客観的に問題と向き合えるようになることです>
 自分を愛することができない人に、他者を愛することはできない。その点で、煮詰まった自己愛であるナルシシズムについて、深く考えてみる必要がある。著者のオリジナリティが光る優れた作品だ。

□佐藤優「日本的ナルシシズムの成熟 ~知を磨く読書 第160回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年8月6日号)
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 【参考】
【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~
【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系
【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方
【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~
【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
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