語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (6)(5)までに述べた状況は、米国経済と対照的だ。
 米国の実質GDPは、13年から15年の期間に4.9%も増加している。このように、米国の実体的な経済活動は拡大している。
 それは、情報通信分野における新しい技術の導入によって支えられている。
 国民の豊かさを表すドル表示の1人当たりGDPは、日本の場合、13年から15年の期間に15.7%も下落した。それに対して、米国は6.1%も増加した。
 米国の株価は、13年初めから16年初めの間に2割上昇した。株価の上昇は、将来の技術進歩に対する期待を反映したものであり、必ずしもマネーゲームとは言えない。株価上昇率は、どの時点をとるかでかなり変わるが、重要なのは、日本は米国より実質GDPの伸びにおいてはるかに低いにもかかわらず、株価上昇率が高いことだ。

 (7)経済政策においても、米国と日本は対照的だ。
 米国は、現在、金利の引き上げを模索している。これは、マネーゲームを助長する金融緩和状態から脱出するために必要なことだ。世界経済が不安定であることから、金利引き上げのスケジュールは当初よりは遅れているものの、その方向は堅持している。
 それに対して、日本の場合には、マイナス金利という異常な事態に突入している。この状態が続けば、日銀の国債購入に深刻な障害が発生するだろう。
 こうした状況を改善するため、成長戦略が必要だ、との意見が多い。
 しかし、政府が主導する成長戦略が有効かどうかは、大いに疑問だ。特定分野に対して補助策が取られる結果、経済の新陳代謝(本来進むべきなのだ)が遅れる可能性が高い。
 新しい技術の導入や、産業構造改革は、政府の主導ではなく、市場の競争で実現するものだ。事実、米国には政府の成長戦略はない。
 市場メカニズムを有効に働かせるための規制緩和こそ重要だ。

□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~
【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~
【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~
【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?



【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (4)安倍内閣の経済政策においては、期待の役割が強調された。それは、マネーの側面においては機能した。
 すなわち、内閣発足以前から大胆な金融緩和を行うと宣言したため、為替レートが今後円安になるとの期待が醸成された。
 たまたまその時期は、ユーロ危機が収束に向かい、それまで日本に大量の資金が流入して円高になっていたのが転換しつつある頃だった。このため、世界の投機資金が円安方向への投機に転換し、実際に円安が進行した。これによって、前記のように企業利益の増大と株価上昇が生じたのだ。
 経済学の教科書には、為替レートは内外金利差によって動くと書いてある。しかし、今回の円安は、そうした実体経済の動きによって生じたのではなく、投機によって進行したのだ。
 このことは、この間に日米金利差が大きく拡大していないことを見ても明らかだ。
 期待への働きかけは、確かに機能した。ただし、それは「投機に働きかける」ということだった。
 もともとマネーが関連する部分は、投機によって大きく変動し、そしてこれは期待によって大きく変わる。だから、以上のようなことが生じたのは、別に不思議ではない。
 他方、しばしば強調された期待効果、すなわち
   「物価が上昇すれば、経済が活性化するという期待で賃金が上昇し、消費が増大し、設備投資が増大する」
という効果は生じなかった。・・・・《甲》

 (5)(4)の《甲》を見るために、(1)-(a)グループをさらに細分化すると、実質GDP、企業売上高、鉱工業生産指数などは3年間で1.4~1.6%の成長率だ。それに対して、実質賃金の成長率は▲3.9%、家計最終消費支出の成長率は▲1.2%だ。
 実質賃金が下落したのは、名目賃金の伸びがはかばしくない半面、円安によって消費者物価が上昇したためだ。それが実質消費のマイナス成長をもたらした。
 日本銀行は、インフレ期待が上昇すれば消費が増えるとしているが、実際にはそれと全く逆のことが生じたわけだ。
 つまり、実体経済活動に対しては、期待に働きかけるという試みは失敗した。
 実体的な経済活動も、期待によって影響を受ける。しかし、投機の場合とは違って、ここで重要な役割を果たすのは、長期的な見通しだ。
 そして、長期的な期待は悪化しつつある。なぜなら、消費税率引き上げの再延期などによって、将来の財政の長期的な見通しが悪化しているからだ。消費の低迷状態は、長期的期待が改善しなければ、克服できない。

□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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 【参考】
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【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (1)参議院選挙における大きな争点は、アベノミクスの評価だ。
 経済指標を見ると、成長率の高低で二つのグループに分けられる。
  (a)2013年初めから16年初めまでの3年間の成長率が▲3.9%から+1.6%のグループ。ここには、実質国内総生産(GDP)、企業売上高、鉱工業生産指数、実質賃金、実質消費などが含まれる。
  (b)この期間に2桁の成長率を示したグループ。ここには、企業の営業利益と株価が含まれる。
 これら二つのグループの大きな乖離が、アベノミクスの性格を端的に表している。
 (b)の著しい成長は、為替レートの変化によってもたらされた。円安によって、輸出企業の円建ての売上げや外国人旅行者が増大し、それによって利益が増加したのだ。その意味で、(b)はマネーに関連する分野だ。

 (2)ここで注意すべきは、売上高の増加率と利益の増加率の間に大きな差があったことだ。すなわち、13年1~3月期から16年1~3月期の間に、企業売上高は1.6%しか増加しなかったのに対して、営業利益は26%も増えたのだ。
 こうなったのは、売上高に対する利益の比率が低いからだ。よって、売上げが少し増加しただけで、利益は大きく変動したのだ。
 利益は、本来は実体経済に関わる変数だが、もともと売上げに比べて変動しやすい変数であり、為替レートというマネタリーな条件が変わったため、高い伸びを示したのだ。
 その上に株式投機が重なり、株価は大幅に上昇した(日経平均株価は、13年1月から16年1月までの間に約6割上昇)。

 (3)以上のように、アベノミクスの本質は、マネーゲームだ。投機によって円安が進行し、それによって企業の利益が増加し、それが株価を上昇させた。その半面で、GDPや消費に代表される実体経済は停滞を続けたのだ。
 アベノミクスの成功の象徴であるようにいわれる株価上昇は、このように、極めて脆弱な基礎の上に立つものだった。
 マネーゲームであることは、上昇は顕著だが、下落も顕著であることを意味する。そして、実際にそのことが生じつつある。
 世界経済の変化によって、為替レートが円高に動いており、利益増の条件が根底から崩されているのだ。円安に支えられてきた経済対策は、世界情勢の変化により、行き詰まりつつある。

□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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