語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】中国とドイツが変身 ~日本が取り残される~

2017年11月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)今世界のビジネスモデルが大転換しようとしている。IoT(モノのインターネット)によって、製造業が従来型のものから未来型のものに向けて進化しようとしている。また、「分散型台帳」という新しい情報記録の仕組みであるブロックチェーン関連のプロジェクトが進められている。こうした分野で特に注目されるのが、中国とドイツだ。

 (2)IoTの導入に関して「平成28年版情報通信白書」が行っている国際比較は次のとおり(第2章第3節3)。
 現時点でのIoTの導入率を見ると、アメリカが突出して高い。ドイツと中国は、日本より高いが、あまり大きな差はない。
 ところが、「2020年に向けた導入意向」を見ると、アメリカ、中国、ドイツがほぼ同レベルで、世界の最先端になる。他方で、日本は、現在よりは高まるものの、やっと現在のアメリカの水準に追い付く程度だ。日本の製造業が、世界の最先端から脱落していく可能性がある。
 IoTの導入率が全てではないが、重要な指標であることは間違いない。

 (3)これまでの中国は、潤沢な労働力と低い賃金によって、大量生産方式の製造業を発展させてきた。しかし、今後は、賃金上昇や労働人口減少などの問題のために、そうはいかなくなる。
 「中国製造2025」計画は、こうした問題に対処するため、「製造強国」に転換する必要があるとした。そのためには、インターネットと製造業との融合が鍵となる。これが、15年に発表された「インターネット+(プラス)」政策の内容だ。

 (4)ドイツの製造業も、伝統的モノ作りから脱却することができないでいた。1980年代、アメリカやイギリスで新自由主義的な経済政策が取られ、自由な市場を基本とする経済活動が広がったが、東ドイツは社会主義経済のままであり、西ドイツでも「社会的市場経済」の考えが支配的だった。
 そして90年代からのIT革命においては、アメリカ、イギリス、アイルランドなどに遅れを取った。日本では、ドイツ経済がヨーロッパ経済を牛耳っているように報道されるが、経済成長率でイギリスやアイルランドの後塵を拝することが多かったのだ。
 ところが、今IoTとの関連で、製造業が変わりつつある。

 (5)ブロックチェーン関連の新しいプロジェクトでも、中国とドイツの躍進ぶりが目立つ。まず中国。
  (a)中国の最大手自動車部品メーカーである万向集団(Wanxiang Group)は、300億ドル規模のスマートシティプロジェクトを提案している。これは、IoTをエネルギーや生活インフラの管理に用いることによって、都市のさまざまな問題を解決し、都市全体を管理しようとする計画だ。このためにブロックチェーン技術を取り入れようとしている。
  (b)中国では、しょうゆ、米、卵などの偽造品が販売されるという「フェイクフード」問題が深刻化している。中国最大のeコマース会社阿里巴巴集団(Alibaba Group)は、これに対抗するため、ブロックチェーンを用いて本物の食品のサプライチェーンを追跡する実験を開始すると発表した。
  (c)中国の金融機関では、いまだに紙やファックスが使われ、書類の決裁も印判を使うことが多いが、これをブロックチェーンで改善しようというプロジェクトが積極的に進められている。
   ①平安保険集団(Ping An Insurance Group)は、ブロックチェーンチームを立ち上げた(同社は、中国保険業界でフィンテック分野をリードしている企業)。
   ②衆安保険(Zhong An)は、AI、ブロックチェーン、クラウド、データドリブンを導入するための「ABCD計画」を発表した(同社は、15年の「フィンテック100」で1位となったオンライン保険スタートアップ企業)。
 中国建設銀行アジアとIBMは、ブロックチェーン技術を活用した銀行での保険販売サービスを香港で提供していくと発表した(同銀行は、中国建設銀行の香港部門)。
   ③これまで保険販売の際に顧客の審査に時間がかかっていたが、ブロックチェーン技術を用いることで、保険証券情報をリアルタイムで共有し、審査時間を大幅に短縮できるという。

 (6)ドイツは、IT革命では遅れがちだった。ところが、この数年、ブロックチェーン関係の先端的スタートアップ企業が目覚ましく誕生している。
 スマートロック(インターネットを通じて開閉する錠)をブロックチェーンで運営するシステムを開発したSlock.itや、IoTに対応した仕組みを開発するITOAなど、注目すべきスタートアップ企業がドイツに誕生している。

 (7)以上で見た中国やドイツの変身は、国がリードしているから生じている現象だろうか?
 確かに、両国ともIoTを国家的なプロジェクトとして採用している。ドイツ政府は、「インダストリー4.0」(第4次産業革命)を産官学の共同プロジェクトとして11年から推進している。ここでは、設計や開発、生産に関連するデータを蓄積し、それを分析することによって、自律的に動作する生産システムを構築することが目的とされている。
 中国では「中国製造2025」を推進している。これは、49年の中華人民共和国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くことを目標にしたものだ。ブロックチェーンは、16年に発表された十三五(第13次)国家情報化計画で、優先プロジェクトとされた。スマートシティも第12次5カ年計画から重視され始めている。

 (8)これらの影響があることは否定できない。ただ、国家的なプロジェクトだけでなく、企業の側の取り組みも積極的なのである。
 これに関しても、「平成28年版情報通信白書」が国際比較データを示している(第2章第3節1)。それによると、「IoTに係る標準化に自ら取り組んでいる、または今後取り組む予定であるスタンスの企業の割合」が、高い国とそうでない国に二分される。
 積極的なのはアメリカ、中国、ドイツであり、50~60%程度だ。これらは、前に述べた20年に向けた導入意向率が高い国だ。ところが、日本は20%台と低い。

 (9)これまで述べてきたIoTやブロックチェーン以外でも、中国のIT分野には先進企業が現れている。フィンテックでもユニコーン企業が多数誕生しており、その数は、アメリカのそれに近づきつつある(「ユニコーン企業」とは、未公開で評価額が10億ドル以上の企業)。調査会社のSage UKがまとめた結果によると、ユニコーン企業数は、アメリカ144社、中国47社だ。
 中国のブロックチェーン企業について、中国のある調査会社(Wuzhen Institute)の中国ブロックチェーン産業発展白書が興味あるデータを示している。
 それによると、ブロックチェーン関連企業の設立数は、これまでアメリカが世界一だった。しかし、16年には、中国がアメリカを抜いて世界一となった。
 問題は、以上で述べたような未来への取り組みにおいて、日本の製造業が遅れつつあることだ。

□野口悠紀雄「中国とドイツが変身/日本が取り残される ~「超」整理日記No.881~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月18日号)
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