語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~

2015年12月19日 | 社会
 (1)企業の利益が増加している。他方、賃金所得は目立って増加しない。
 なぜこのようなことになるのか? これに対していかなる対処が必要か?

 (2)一見、企業は人件費を削減することによって利益を増やしている。そこで、「企業は儲かっているのに、内部留保として溜め込んでいる。だから、それを賃金に配分せよ」という意見が出てくる。政府が春闘の賃金決定に介入しているのも、そうした考え方に基づく。
 しかし、人件費削減は、企業の強欲のために生じているものではない。そうせざる得ない事情に直面しているからだ。これを理解しないと、賃金問題を解決できない。
 このメカニズムは、企業を産業別・規模別に区分してみないとよく分からない。なぜなら、円安による影響は、産業や規模によって大きく異なるからだ。

 (3)法人企業総計の計数により、2011、2012年度平均と2014年度を比較する。つまり、アベノミクスの前と後の比較だ。
   ①「大企業」・・・・資本金10億円以上の企業
   ②「中小零細企業」・・・・資本金1千万円以上1億円未満の企業

 (4)円安の恩恵を受けているセクターは、製造業の①だ。このセクターの多くは輸出産業だ。売上原価が増えずに、円で評価した輸出の売り上げが増加している。そのため、売上高の増加とほぼ同額だけ利益が増加している。利益の売上高に対する比率が低いので、売上高が2.25%でしかないのに、利益の増加率は75%を超える。

 (5)平均株価に主として反映されるのは、(a)のセクターの動向だ。このセクターと他のセクターの事情は、以下に見るように大きく違うので、平均株価によって判断すると、日本経済全体の状況を見誤る。

 (6)②は、円安によって負の影響を受けている。売上高が減少したり、円安による原材料価格の高騰に直面している。

 (7)中でも製造業の②が、影響を強く受けている。これらの多くは、大企業の下請け企業になっている。ところが、大企業の売り上げ増は生産の拡大を伴わないため、下請けに対する発注は増えない。他方、部品調達が海外に移行しているため、①から国内の下請けに対する発注は減少する。同期間中の売上高の減少率は10%にも及ぶ。これに対応して、売上原価も人件費も約1割減少させている。

 (8)円安によって負の影響を受けているもう一つのセクターは、非製造業の②だ。ここでは売り上げが減少しているにもかかわらず、売上原価が増大している。ガソリン価格や電気代の値上がり等による。よって、やはり人件費を削減せざるを得なくなる。このセクターの人件費は66.4兆円という巨額なものなので、影響は大きい。

 (9)以上を整理すると、
   (a)①の人件費総額は約50兆円(製造業24.7兆円、非製造業25.1兆円)で、これが約2%削減されている。
   (b)②の人件費総額は約80兆円(製造業18.8兆円、非製造業66.4兆円)で、これが約10%削減されている。

 (10)これらの企業は、売上高の減少や、原材料価格の高騰という問題に直面して、やむを得ず人件費を削減している。そのような事態に追い込まれているのだ。仮にそうした企業が賃金を引き上げれば、企業は存立できなくなってしまう。問題は、売り上げが減少したり、原材料価格が高騰することなのだ。それを改善せずに企業に賃上げを求めるのは酷だ。

 (11)人件費削減の大部分は、正規労働者を減らし、非正規労働者を増やすことで行われている。非正規労働者は、すでに全体の4割まで増加している。非正規雇用が増えるのは、確かに問題だ。しかし、これは倫理的に好ましくないと非難するだけでは、問題は解決しない。非正規雇用を増やさざるを得ない条件を改善しなければならない。

 (12)他方、製造業の①では、(4)に見られるとおり、利益が急増している。
 では、このセクターは賃金を上げるべきか?
 しかし、これらの企業にとっても、現時点で賃金を上げる合理的な理由はない。仮に輸出の数量が増えているのなら、生産量が拡大するから、雇用を増やしたり、賃金を上げたりするだろう。しかし、生産量は変化していない。実態は何も変化していない。そうした条件下で人件費を増やせば、非合理な決定をすることになり、最終的には企業は破綻してしまう。利益が増えれば賞与を増やすことはある得るだろうが、人件費全体を増やすようなことはあり得ない。

 (13)非製造業の①はどうか。ここでも利益が増えている。しかし、それは、人件費を減らして効率化しているからだ。仮にそうした合理化をしなければ、利益が減るだけだ。わざわざ利益を減らそうとする企業はない。

 (14)人件費削減の大部分は、②で生じている。ここは春闘にも法人税にもほとんど関わりのないセクターだ。このセクターは、もともと生産性が低い。よって、多数の労働者を雇用していた。そのセクターが人件費を削減せざるを得なくなっている。これが雇用者の所得を減らし、消費を減らし、経済を停滞させているのだ。

 (15)日本経済にはもともとこうした構造があった。高度成長期においては二重構造といわれていた。そのような構造が現在に至るまで続いているのだ。
 人件費当たりの売上高を見ると、産業別・規模別に大きな違いがある。
  (a)①は、約50兆円の人件費によって、約500兆円の売上高を実現している。
  (b)②は、約80兆円の人件費によって、約570兆円の売上高を実現している。 
 よって、仮に②が①と同じ生産性を実現できるなら、570兆円のための人件費は約57兆円で済むわけだ。つまり、現在の人件費のうちの約28.8%に当たる23兆円は余分なものとなる。だから、さらにこれだけの人件費が削減されても不思議はない。
 この構造が変わらなければ、賃金問題は解決できない。これは根の深い問題だ。

 (16)①の売り上げが伸びても、②の売り上げは増加しない構造になっている。しかも、労働生産性が低いので、人件費を削減せざるを得なくなる。ただし、生産性を上昇させるだけでは、人件費はさらに減ってしまう可能性がある。だから、同時に売り上げを増加させることが必要だ。

 (17)解決の方法がないわけではない。
 ②が①の下請けの立場から脱却し、独立して売り上げを増やせるような構造にする。そして生産性を高める。
 そうしたことを可能とする新しい技術は、登場してきている。規制緩和によって、そうした技術を用いる産業を成長させ、②の生産性を高めるのだ。 

□野口悠紀雄「利益増加で賃金が減る それには理由がある ~「超」整理日記No.787~」(「週刊ダイヤモンド」2015年12月19日号)
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
14番は間違い? (mk)
2015-12-31 11:41:08
14番は①大企業でなく②中小零細企業では?
良くまとまって見やすかったです。
返信する
語られる言葉の河へ (風紋)
2016-01-04 19:19:03
 貴見のとおりです。
 修正済み。
返信する

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