(1)安倍晋三・首相は、2015年9月の記者会見で、「新しい3本の矢」構想を打ち出した。果たしてこの構想は達成できるのか?
(2)第1の矢・・・・日本の名目GDPを
2014年度 419兆円
2020年度 600兆円
にするというものだ。
(a)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2015年7月公表)によれば、20年度までに600兆円
を達成するのは不可能だ。
①経済再生ケース・・・・実質GDP成長率が2018年度は2.6%、その後も2%超を想定し、消費者物価の対前年度上昇率は2017年度は3.1%、その後も2%が続くことになっている。いずれの想定も現実の値と比較して非常に高い。
②ベースラインケース・・・・2020年度の名目GDPが552.1兆円、2021年度が559.4兆円で、2023年度になっても600兆円には及ばない。
(b)IMFの予測では、2020年の日本の名目GDPは530兆円だ。これと比べても2020年度に600兆円というのは高すぎる。
(c)最近の実質GDPはマイナス成長になっている。2014年度はマイナス成長だったし、2015年4~6月期もマイナス成長。7~9月期もマイナス成長になる可能性がある。これから見ても、マイナス成長は一時的なものではなく、継続する可能性がある。
①GDP600兆円達成のためには、このような現状を180度転換させる手立てが示されねばならないが、問題はそのような手段があるかどうかだ。
②現実的に見て唯一可能なのは財政支出を拡大することだ。しかし、この方向には問題がある。産業活動の成長によってGDPを拡大させる方向を求めるのであれば、生産性の向上、新しい技術の採用等が行われねばならない。これは6月の日本再興戦略で政府自らが示した方向だ。なぜこの方向が新しい3本の矢には表れていないのか、その理由は明らかでない。
(3)第3の矢・・・・介護離職ゼロは在宅介護からの転換か?
現在、介護を理由に仕事を辞める人は年間10万人程度いるとされる。第3の矢では、施設整備と介護人材の育成によってこれをゼロにすることをめざす。
介護離職とは、現在職に就いている人が介護ために離職することだ。しかし、介護のために既に職を離れてしまっている人もいるし、介護が原因で職に就けなかった人もいる。
よって、本当に必要なのは「離職」だけでなく、家族の負担を軽減することだ。本来は、「在宅介護が強く望まれているのでない限り、それをゼロとする(あるいは軽減する)」のを目的とすべきだ。
だが、これは厚生労働省の従来の介護政策の基本「在宅介護」と相反する。
現在、どの程度の介護サービスが家族によって提供されているかを知るには推計するしか方法はない。野口悠紀雄の推計では、介護サービスのほぼ半分くらいが家族によって供給されている【注】。よって、現在は家族によって提供されているサービスを社会化すれば、介護費用はほぼ倍増する。
これに加えて、施設の拡充が必要になる。特に、特別養護老人ホームの増設が必要だ。
問題は財源だ。介護給付費は、
2012年度 8.4兆円
倍 16.8兆円
だが、どのようにすれば財源を確保できるのだろうか?
まず、介護保険料を大幅に引き上げる必要がある。同時に、税負担を上げる必要もある。
政府は、2015年6月に新たな財政健全化計画を作成したが、そこでは社会保障費を抑える方向を打ち出した。社会保障費は自然増の範囲内とされており、前記のような新しい政策を導入する余地はない。
もし介護政策の転換を本気で進めるのであれば、政府の財政健全化計画は根底から見直さなければならない。
最も重要なのは、消費税が10%ではとても間に合わないことだ。消費税を財源とするのであれば、どの程度の引き上げをいつまでに行うのかを明確に示さねばならない。
(4)以上の二つは、目的そのものに問題はないが、その実現の方策がないという問題だ。
それに対して第2の矢・・・・出生率の引き上げは、実現が難しいだけでなく、目標そのものが適切かどうか、疑問だ。
政府は、2020年代半ばまでに「希望出生率を1.8にする」とした。「希望出生率」とは、日本創成会議が2014年5月公表の報告書で提唱した概念だ。「人びとが何人の子を持ちたいか」という希望によって決まる数値だ。アンケート調査による希望出生率は、現在でもかなり高い(<例>茨城県つくば市2.05)。
問題は二つ。
(a)1.8という水準は、現実に比べて極めて高い。1992年以降、合計特殊出生率は1.5を超えたことがない(2014年は1.42)。国立社会保障・人口問題研究所の推計では25年において、中位で1.33だ。その引き上げは容易ではない。出生率低下のはっきりした原因は不明だ。少なくとも、幼児教育の無償化拡大というようなことで大きく変わるものではない。出生率の向上は、歴代内閣が目標としてきた。しかし、実際にははかばかしい変化は見られない。目的の妥当性と実現可能性について、掘り下げて議論すべきだ。
(b)出生率の上昇が日本経済が抱えている問題の解になるかというと、そうは言えない。これこそが基本的な問題だ。労働力供給面では、問題が悪化する。なぜなら、生まれた子どもが労働年齢に達するまでには20年程度のタイムラグがあるからだ。それまでの期間においては、依存人口の増加という意味で、経済のサプライサイドには負の影響が及ぶ。今後20年程度は、高齢者の増加が著しい期間だ。だから、この期間に依存人口が増えると、日本経済の負担は極めて大きなものとなる。
(5)出生率の引き上げは、1990年代までに行うべき政策だった。
今では、この問題は移民によって対処するのが、本当の政策だ。
【注】野口悠紀雄『2040年問題』(ダイヤモンド社、2015)の第5章。
□野口悠紀雄「「新しい3本の矢」という奇妙な経済政策 ~「超」整理日記No.780~」(「週刊ダイヤモンド」2015年10月31日号)
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(2)第1の矢・・・・日本の名目GDPを
2014年度 419兆円
2020年度 600兆円
にするというものだ。
(a)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2015年7月公表)によれば、20年度までに600兆円
を達成するのは不可能だ。
①経済再生ケース・・・・実質GDP成長率が2018年度は2.6%、その後も2%超を想定し、消費者物価の対前年度上昇率は2017年度は3.1%、その後も2%が続くことになっている。いずれの想定も現実の値と比較して非常に高い。
②ベースラインケース・・・・2020年度の名目GDPが552.1兆円、2021年度が559.4兆円で、2023年度になっても600兆円には及ばない。
(b)IMFの予測では、2020年の日本の名目GDPは530兆円だ。これと比べても2020年度に600兆円というのは高すぎる。
(c)最近の実質GDPはマイナス成長になっている。2014年度はマイナス成長だったし、2015年4~6月期もマイナス成長。7~9月期もマイナス成長になる可能性がある。これから見ても、マイナス成長は一時的なものではなく、継続する可能性がある。
①GDP600兆円達成のためには、このような現状を180度転換させる手立てが示されねばならないが、問題はそのような手段があるかどうかだ。
②現実的に見て唯一可能なのは財政支出を拡大することだ。しかし、この方向には問題がある。産業活動の成長によってGDPを拡大させる方向を求めるのであれば、生産性の向上、新しい技術の採用等が行われねばならない。これは6月の日本再興戦略で政府自らが示した方向だ。なぜこの方向が新しい3本の矢には表れていないのか、その理由は明らかでない。
(3)第3の矢・・・・介護離職ゼロは在宅介護からの転換か?
現在、介護を理由に仕事を辞める人は年間10万人程度いるとされる。第3の矢では、施設整備と介護人材の育成によってこれをゼロにすることをめざす。
介護離職とは、現在職に就いている人が介護ために離職することだ。しかし、介護のために既に職を離れてしまっている人もいるし、介護が原因で職に就けなかった人もいる。
よって、本当に必要なのは「離職」だけでなく、家族の負担を軽減することだ。本来は、「在宅介護が強く望まれているのでない限り、それをゼロとする(あるいは軽減する)」のを目的とすべきだ。
だが、これは厚生労働省の従来の介護政策の基本「在宅介護」と相反する。
現在、どの程度の介護サービスが家族によって提供されているかを知るには推計するしか方法はない。野口悠紀雄の推計では、介護サービスのほぼ半分くらいが家族によって供給されている【注】。よって、現在は家族によって提供されているサービスを社会化すれば、介護費用はほぼ倍増する。
これに加えて、施設の拡充が必要になる。特に、特別養護老人ホームの増設が必要だ。
問題は財源だ。介護給付費は、
2012年度 8.4兆円
倍 16.8兆円
だが、どのようにすれば財源を確保できるのだろうか?
まず、介護保険料を大幅に引き上げる必要がある。同時に、税負担を上げる必要もある。
政府は、2015年6月に新たな財政健全化計画を作成したが、そこでは社会保障費を抑える方向を打ち出した。社会保障費は自然増の範囲内とされており、前記のような新しい政策を導入する余地はない。
もし介護政策の転換を本気で進めるのであれば、政府の財政健全化計画は根底から見直さなければならない。
最も重要なのは、消費税が10%ではとても間に合わないことだ。消費税を財源とするのであれば、どの程度の引き上げをいつまでに行うのかを明確に示さねばならない。
(4)以上の二つは、目的そのものに問題はないが、その実現の方策がないという問題だ。
それに対して第2の矢・・・・出生率の引き上げは、実現が難しいだけでなく、目標そのものが適切かどうか、疑問だ。
政府は、2020年代半ばまでに「希望出生率を1.8にする」とした。「希望出生率」とは、日本創成会議が2014年5月公表の報告書で提唱した概念だ。「人びとが何人の子を持ちたいか」という希望によって決まる数値だ。アンケート調査による希望出生率は、現在でもかなり高い(<例>茨城県つくば市2.05)。
問題は二つ。
(a)1.8という水準は、現実に比べて極めて高い。1992年以降、合計特殊出生率は1.5を超えたことがない(2014年は1.42)。国立社会保障・人口問題研究所の推計では25年において、中位で1.33だ。その引き上げは容易ではない。出生率低下のはっきりした原因は不明だ。少なくとも、幼児教育の無償化拡大というようなことで大きく変わるものではない。出生率の向上は、歴代内閣が目標としてきた。しかし、実際にははかばかしい変化は見られない。目的の妥当性と実現可能性について、掘り下げて議論すべきだ。
(b)出生率の上昇が日本経済が抱えている問題の解になるかというと、そうは言えない。これこそが基本的な問題だ。労働力供給面では、問題が悪化する。なぜなら、生まれた子どもが労働年齢に達するまでには20年程度のタイムラグがあるからだ。それまでの期間においては、依存人口の増加という意味で、経済のサプライサイドには負の影響が及ぶ。今後20年程度は、高齢者の増加が著しい期間だ。だから、この期間に依存人口が増えると、日本経済の負担は極めて大きなものとなる。
(5)出生率の引き上げは、1990年代までに行うべき政策だった。
今では、この問題は移民によって対処するのが、本当の政策だ。
【注】野口悠紀雄『2040年問題』(ダイヤモンド社、2015)の第5章。
□野口悠紀雄「「新しい3本の矢」という奇妙な経済政策 ~「超」整理日記No.780~」(「週刊ダイヤモンド」2015年10月31日号)
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