語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~

2015年02月27日 | 社会
 (1)「資本所得の比率αの上昇」と「資本収益率rがあまり変わらない」
 というのが、ピケティの中核的な主張だ。しかし、前回【注】GDP統計のデータを中心に検証したところ、日本では確認できなかった。
 今回は、法人企業統計のデータを用いて、同じ点を検証する。
  (a)資本対所得の比率βは、
    ①βは上昇している。特に1990年代以降の上昇が顕著だ。
    ②固定資産の付加価値に対する比率を見ると、1990年代の初めに1.5程度であったものが、最近では3程度になっている。・・・・これは、GDP統計で見た経済全体とは異なる姿だ。法人部門だけに限ってみると、(ピケティが指摘するとおり)資本の蓄積が進んでいるわけだ。
    ③GDP統計で②の結果が得られなかったのは、
      ・GDP統計では、法人部門以外に生産活動に対する寄与が小さいセクター(政府部門や家計部門など)も含まれているため。
      ・また、「資本」として正味財産(国富)を取ったため。
      ・②は法人企業統計の固定資産のデータを取ったが、有形固定資産を取っても付加価値に対する比率は上昇している。
  (b)資本収益率rは顕著に低下している。前回【注】(1)-(a)-②で示したように、総資本営業利益率は1960年代において7%程度だったが、1990年代後半以降は3%程度になっている。「資本蓄積によって資本主駅率が低下する」という結果は、標準的なモデルから導かれる結論だ。
  (c)資本所得と労働所得の分配率は、ほぼ一定だ。
    ①法人企業統計における「従業員給与」を労働所得、「営業利益」を資本所得と考え、かつ、景気変動による影響をならして見ると、1970年代以降、資本所得は労働所得のほぼ3倍だ。
    ②1960年代と比べると、資本所得の労働所得に対する比率は上昇している。

 (2)ピケティが指摘する「資本所得の比率αの上昇」という傾向は、前回【注】示したようにGDP統計では確かめられなかった。今回示したように、法人企業統計でも確かめられなかった。
  (a)資本所得対所得の比率βが上昇するにもかかわらず、なぜ分配率が変化しないのか。それは、資本収益率rが低下するからだ。そのため、r・βで表されるαが上昇することにはならないのだ。
  (b)資本蓄積が進んでも分配率に変化がない、という結論は、標準的な経済モデルから導かれる。
  (c)ピケティは、資本所得αが上昇しているとした。そうなるのは、βが上昇するにもかかわらず、rが低下しないためだ、としている。しかし、標準的な経済モデルからは、こうした結論は得られない。最も簡単なコブ・ダグラス生産関数の場合には、次のようになる。
    ①所得分配率は、資本整備率にかかわらず一定である。
    ②資本整備率の上昇に伴って、資本収益率rは低下する。  
  (d)(1)で見た法人企業統計のデータは、まさに(c)-①や②の姿を示しているのだ。つまり、所得分配率と資本収益率に関する限り、現実の日本のデータは標準的なモデルで説明できる。・・・・ピケティは、彼の集めたデータは、コブ・ダグラス生産関数では説明できないことから、「コブ・ダグラス型生産関数を超える」としている。しかし、その代わりにどのような生産関数を想定しているか、具体的な形では示していない。

 (3)では、経済成長率gと資本収益率rの関係はどうか。
 ピケティは、r>gであることを強調している。
 しかし、最適経済成長論では、これとは異なる結論を導いている。すなわち、
   一定の条件の下で、
   資本収益率が潜在成長率と等しくなることが、
        r = g となることが、
   1人当たり消費を最大化する、
という意味で合理的な選択である、という結論を導いている。
 最適条件を課さなくても、「コブ・ダグラス生産関数のような標準的な生産関数の場合には、資本蓄積の進展に伴って資本収益率rが低下する。
 つまり、一方において資本蓄積が進ことを認めながら、他方において資本収益率rが一定にとどまる、というのは、かなり特殊な状況を想定しないと導かれない結論だ。・・・・ピケティは、これについても、具体的な答えを与えていない。

 (4)ローレンス・サマーズ・元米財務長官が、自然利子率の概念を用いて問題としたのも(3)の点だ。
 つまり、人口成長率の低下や技術進歩率の低下に伴って、潜在成長率が低下する。それが、自然利子率の低下をもたらし、金融政策の無効性などの問題を引き起こす・・・・としたのだ。
 自然利子率は現実の利子率ではないが、長期的な均衡値としては、実際の利子率と深い関係がある。
 つまり、サマーズが心配しているのは、経済成長率が低下すると利子率も低下せざるを得ない・・・・ということだ。
 ピケティは、経済成長率gは低下するが、資本収益率rは低下しない、としている。これがいかなる経済モデルから導かれるのか不明だが、少なくとも日本のデータで見る限り、gの低下に伴って、rは低下している。

 (5)法人企業統計で注目されるのは、資本所得の構成にかなり大きな変化が見られることだ。具体的には、支払利子の減少と社内留保の増大だ。
 企業が借り入れを減少させ、また金利も低下しているから、こうした変化が起きている。
 社内留保の増大は、実現キャピタルゲインや未実現キャピタルゲインの形で資本所得を増大させる。

 (6)(5)は税制上の扱いが異なる。
  (a)利子所得・・・・分離課税だが、所得税において課税の対象とされる。
  (b)配当所得・・・・幾つかの特例措置がある。
  (c)キャピタルゲインの課税・・・・かなり不完全。
    ①実現キャピタルゲイン・・・・さまざまの軽減措置がある。
    ②未実現キャピタルゲイン・・・・まったく非課税(どこの国でも同じ)。

 (7)(6)からして、資本所得が
    利子所得という形 → キャピタルゲインという形
に以降していくことは、資本所得の課税が不完全になることを意味する。
 こうした事態を踏まえて税制の見直しが必要だ。

 (8)格差の問題は、これまでも重要だった。経済分析の主要なテーマだし、経済政策論においても重要な地位を占めてきた。
 ただし、格差は主として税制、社会保障制度、産業政策(特に反独占政策)などの制度的要因によって決まる、と考えられてきた。
 それに対してピケティは、格差はマクロの変数で説明できる、として注目を浴びたのだ。
 しかし、日本の場合、税制をはじめとする制度の役割は、依然として極めて重要だ。

 【注】「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~

□野口悠紀雄「ピケティが描く経済は法人統計でも見られず ~「超」整理日記No.747~」(「週刊ダイヤモンド」2015年2月28日号)
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 【参考】
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~
【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~

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