語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~

2016年02月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)日本銀行のマイナス金利導入の目的は、短期金利を低下させ、それを通じて長期金利を低下させることだ。
 これによって、外国金利との差を拡大させ、円安を進めようというのが目的だ。金融政策というより為替政策だ。
 今回の措置は、これまでの量的緩和政策の行き詰まりから導入された。国債の購入は限界にきている(これ以上は増やせない状況に近づきつつある)。【注】

 (2)マイナス金利は、欧州中央銀行(ECB)が2014年に導入した。これによって国債の利回りが低下し、ユーロが減価した。
 マイナス金利の問題点は、この政策のコストを誰が負担するかについてさまざまなケースがあり得ることだ。コスト負担の押し付け合いがこれから始まる。確実に。
 まず銀行の収益が悪化する。当座預金に対するプラスの付利が今後は付かないというだけで悪化するが、付利がマイナスになればさらに悪化する。
 他方で日銀は付利を払う必要がなくなるので、収益は改善する。
 今回の措置によって、金融機関の株価は下落した。欧州でも金融機関の収益は低下している。
 よって、銀行の立場からすると、今回の措置は大きな問題だ。これまでマイナス金利が日本で導入できなかったのは、この問題があるからだ。

 (3)銀行は、このコストを他の手段で取り戻そうとするだろう。そして、金融機関の利益圧迫を通じて、金融市場にさまざまな問題を引き起こす。場合によっては、経済にかなりの混乱が発生する可能性がある。
  (a)預金金利の引き下げ・・・・すでに定期預金金利を引き下げる動きが生じている。しかし、これで損失をカバーできるかどうかは不明だ。原理的には預金金利をマイナスにすることが考えられるが、事務手続きや預金者の反発から考えて、実際にはまず不可能だ。

  (b)貸し付け金利引き上げ・・・・
   ①事実、スイスでは住宅ローンの貸付金利が上昇している。ただし、そうなると、長期金利が低下する一方で、貸付金利が上昇することになり、金融市場は混乱する。
   ②逆に、デンマークでは住宅ローン金利がマイナスになっている。デンマークやスウェーデンでは、住宅バブルへの懸念も広がっている。

  (c)マイナス金利に伴うコストを銀行と日銀との間で処理・・・・国債の高値購入を続ける。
   ①日銀は、これまでと同様に年間80兆円の増加ベースでの国債購入を続けると表明しているから、この方法によって日銀から銀行への損失補填がなされる可能性が高い。
   ②こうなると、銀行ではなく日銀がマイナス金利のコストを負担することになり、日銀の収益が悪化する。→日銀納付金は減少する。→マイナス金利のコストは国民が負担する。
   ③高値で国債を購入する結果、将来金利が正常化したとき、国債価格の下落による日銀の損失が拡大する。
   ④マイナス金利政策によって短期金利が下がれば、イールドカーブを通じた効果によって、長期金利も下がる。よって、国債を購入する必要はなくなったわけであり、損失の拡大を防げる条件がもたらされたわけだ。しかし、購入を続ければ将来の損失が増えてしまう(大変深刻な問題)。

 (4)(3)は政策を実行するためのコストだ。コストはこれだけではない。円安そのものがもたらすコストがある。
 日銀が円安を求めるのは、為替レートが今のままではインフレ目標を達成できないからだ。
 原油価格をはじめとする資源価格が大幅に下落していて、それは消費者物価の下落につながる。そこで、ドル建て輸入価格の下落が国内物価を下落させるプロセスを、円安を進めることによって遮断しようというのだ。つまり、マイナス金利政策の目的は、いま生じている資源価格の下落効果を打ち消すことだ。
 その意味で、2014年10月の追加緩和と同じだ。このときも原油価格の下落が消費者物価に影響することを防ぐのが目的とされた。
 目的は同じだが、政策手法が変わった。円安に導く手段が、これまでのような国債購入による直接の金利低下から、短期金利の引き下げによる長期金利の引き下げに変わった。もともと異次元緩和自体が、設備投資や輸出の増加ではなく、円安誘導を目的とするものだった。それが引き継がれているのだ。

 (5)だから、基本的に問われているのは、円安の是非だ。
 円安の利益は、
  (a)それによって利益が増大する輸出産業に帰着する。
  (b)半面で、消費者物価の引き上げを通じて実質賃金を下落させる。
 ただし、マイナス金利政策によって、消費者物価上昇率が高まるかどうかはわからない。
 <例>ユーロ・・・・ユーロの減価にもかかわらず、ユーロ圏の消費者物価上昇率は下落している。

 (6)原油価格が下落しているので、それを上回るためには非常に大幅な円安が必要になる。しかも、いま国際投機資金の流れにリスクオフ現象が起きている。セイフヘイブン効果で流入する資金があり、これにより円高が進む可能性が高い。
 2015年12月ごろから、為替レートはセイフヘイブン的な資金流入で円高に振れていた。セイフヘイブン効果と金利差効果のどちらが強いかで、これからの為替レートの動きが決まる。
 だから、日本の金利を下げたところで、必ず円安になるわけではない。

 (7)マイナス金利政策の目的は、銀行の貸し出しを促すのが目的とされている。
 しかし、そうした効果は期待できない。資金需要がないからだ。
 そもそも、資金需要がないことこそが、現在の日本経済が抱える問題の根源なのだ。
 これは金融政策によっては解決できない。必要なのは、日本経済の構造改革だ。しかし、円安が進行擦れば、それが遅れる。これこそが、マイナス金利政策の最大のコストだ。
 なお、長期国債の利回りが低下するため、国債発行によって資金調達が簡単になり、財政規律が弛緩する。すでにこうした傾向が生じているが、今後さらに強まるだろう。

 (8)金融緩和のコストは、必ず誰かが負担する。
 従来は、日銀が高い価格で国債を購入するという形で負っていた。
 それは、結局国民負担になるのだが、意識されることはなかった。
 マイナス金利が導入されて、コストは金融機関の収益減少という形で明確になった。
 コストが明確になったのは望ましいことだ。
 円安にして輸出企業の利益を増やすだけの目的のために、国民がコストを負担するのが合理的か否か、冷静に判断すべき時だ。

 【注】「【金融】浮かび上がる二つの懐疑的視点 ~市場関係者に訊くマイナス金利~

□野口悠紀雄「マイナス金利のコスト 誰が負担するのか? ~「超」整理日記No.795~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月20日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
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