語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】採掘者を採掘する ~金発見時の成功法則~

2017年12月08日 | ●野口悠紀雄
 (1)1848年、当時辺境の地だったアメリカ・カリフォルニアで、金が発見された。
 金は普通は地底深く埋もれているので、採掘に巨大な設備と多大な労働力を必要とする。しかし、カリフォルニアでは砂金として地表に露出していた。このため、誰でも簡単な道具で採集することができた。
 そこで、世界中から採掘者(マイナー)たちが集まってきた。空前のゴールドラッシュが起きた。
 中には、1日で2,000ドルの収入を得た人もいた。当時のアメリカの平均賃金は1日1ドルだったから、1日で5年半分の収入を得たわけだ。彼らは、「リッチストライク」と呼ばれた。

 (2)しかし、しばらくすると大金持ちは誕生しなくなった。それだけではない。意外なことに、マイナーの多くは極貧にあえぐ状態になってしまった。
 それは、あまりに多くの人が殺到したからだ。彼らは、「カリフォルニアの川原は砂金であふれている」と期待し、大変な労苦で地の果てであるカリフォルニアまで来たのだが、あふれていたのは人間だった。そのため、金はあっという間に採集されてしまったのだ。
 しかも、生活必需物資がない辺境の地に突然大勢の人が押し寄せたので、物価が急騰した。これでは生活は破綻してしまう。
 「雪山讃歌」の元である「いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementine)」は、陽気な歌ではない。歌詞をたどれば分かるように、実は、このころの哀れなゴールドマイナーの歌なのである。
 カリフォルニア・ゴールドラッシュは、重要な教訓をもたらした。「バスに乗り遅れるな、と叫んでみんなと同じ方向に走れば、群衆に押しつぶされてしまう」・・・・

 (3)では、ゴールドラッシュで金持ちになった人は、初期のリッチストライクだけではなかった。
 何人もの成功者が出た。中でも有名なのは、リーバイ・ストラウスだ。彼は、マイナーたちが必要とするもの、つまり、丈夫でポケットが破れないズボンを作った。
 最初は、テント用のキャンバス地を使った。それが足りなくなったので、serge de Nimes、つまり、フランスのニーム地方のサージを使った。これが、短縮されて「denim(デニム)」と呼ばれるようになった。さらに、馬用ブランケットに使うリベットでポケットを補強した。そして、毒虫や毒蛇よけのために、インディゴ・ブルーで染めた。このズボンは、後に「リーバイスのブルージーンズ」として知られることになる。
 ストラウスの成功は、「マイニング・ザ・マイナーズ」と表現される。これは、「採掘者を採掘する」という意味だ。

 (4)現代においても、同じようなストーリーが繰り返された。パソコン(PC)、液晶テレビ、スマートフォンなどの新しい技術の登場は、金の発見に似ている。
 それを事業化しようと、世界中の企業が殺到した。発見された金を採集しようとマイナーがカリフォルニアに殺到したのと同じだ。その結果、利益が減ってしまったのも、同じだ。
  (a)PC・・・・最初はNECなどが膨大な利益を上げた。しかし、程なくして、PCは「コモディティ化」してしまった。つまり、多くのメーカーが生産できる製品になった。そして、価格が低下し、利益の薄い事業になってしまった。
  (b)液晶テレビ・・・・従来のブラウン管テレビを一新する革新的な製品だった。しかし世界中のメーカーが量産し、価格がどんどん低下してしまった。液晶テレビに集中していたシャープは、経営危機に追い込まれた。
  (c)スマートフォン・・・・グーグルが基本ソフトのアンドロイドを公開したので、世界中のメーカーが群がった。日本のメーカーも例外でない。そのため、アップル以外のメーカーで巨額の利益を得られた事業者はなかった。みんなと同じ方向に走って、押しつぶされてしまったのだ。

 (5)IT革命の勝者は、マイクロソフトやアップルやグーグル、それにアマゾン・ドット・コムやフェイスブックなど、ごく少数の企業に限定された。これら5社は、今、時価総額においてアメリカのトップ5社となっている(ただし、グーグルについては、GOOGとGOOGLの合計)。
  (a)アップル・・・・製造業だが、iPhoneという新しい製品を開発しただけでなく、世界的水平分業という新しい生産方式を確立し、ファブレス(工場のない製造業)となることによって、新しい製造業のビジネスモデルを切り開いた。
  (b)グーグル・・・・検索連動広告という新しい広告方式を用いることによって、従来とは全く異なる広告のビジネスモデルを確立した。
  (c)フェイスブック・・・・SNSという新しい方式で個人情報を集めて広告を行っている。
  (d)アマゾン・・・・ウェブショップであり、従来の流通業とは全く異なる。
 これらの企業は、現代版ストラウスといえるだろう。
 なお、マイクロソフトのビジネスモデルは、巧みなものだが、さほど革新的ではない(MS-DOSというPCの基本ソフトをIBMに安く売り、規格を公開することによって利用者を増やし、ネットワーク効果を実現した。その上でIBM互換機メーカーに高く売って収益を上げた)。

 (6)今年になって仮想通貨が顕著に値上りした。まさにゴールドラッシュだ。たまたま、ここでも「マイナー」という言葉が使われている(仮想通貨の場合のマイナーとは、仮想通貨の取引を記録する作業を行うコンピューター、あるいは事業者を指す)。
 価格が急上昇したので、マイニングの採算が向上し、日本でもマイニング事業への参入者が登場している。
 ただし、仮想通貨のマイニングも、金の採集と同じで、さほど高度の技術を必要とするものではない。カリフォルニア・ゴールドラッシュのマイナーのようにならないとは限らない。

 (7)仮想通貨のゴールドラッシュでは、自宅のソファーに座ったままで値上り益を得ようとする人が大勢いる。彼らは、勝者となるだろうか?
 一見、多くの人が買えば買うほど価格が上がるから、自己増殖的に価格が上がり、値上り益が得られるように思われる。みんなと同じことをすることこそ、ケインズの美人投票論(「多くの人が美人と思う人に投票する」)の神髄ではあるまいか?
 確かに、短期的にはそうかもしれない。
 しかし、それはバブル以外の何物でもないのだ。
 他方、世界では、新しい通貨であるビットコインの性能をさらに向上させるプロジェクトや、それを実際のビジネスに応用するプロジェクトが数多く誕生している。また、ビットコインの基礎技術であるブロックチェーンを利用して新しい事業を始めようとするプロジェクトもある。
 これらの全てが成功するわけではなく、失敗するプロジェクトもあるだろう。しかし、勝者はそうしたプロジェクトの中からしか出てこない。
 日本の問題は、現代のリーバイ・ストラウスになろうとする人が出てこないことだ。

□野口悠紀雄「金発見時の成功法則は採掘者を採掘すること ~「超」整理日記No.883~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月2日号)
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