語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】実質賃金を上昇させる物価下落 ~経済成長の条件~

2016年02月02日 | ●野口悠紀雄
 (1)アベノミクスは、実体経済を改善しなかった。にもかかわらず人びとの期待が消えなかったのは、株価が上昇したからである。
   日経平均株価:民主党時代1万円程度→2万円超
 この構造がいま音を立てて崩れようとしている。
 現在生じている株価下落は、米国金融正常化に伴う投機終了の表れだから、株価が2015年夏ごろの高水準にすぐ戻るとは考えにくい。
 こうして、株高を援軍として経済政策を正当化できる時代は終わった。

 (2)為替レートは、日米金利差の動向によっては、再び円安の方向へ動く可能性もなくはない。
 しかし、投機資金のリスクオフ行動が続けば、資金が日本に流入し、さらに円高になる可能性がある。
 そうなれば、これまで円安によって利益が増大してきた輸出産業に大きな影響が及ぶだろう。

 (3)政府が目指してきた経済成長のパターンは、人びとのインフレ期待を引き上げ、それによって個人消費や設備投資を増やそうというものだが、そうした過程は現実には生じていない。
 もともと生じるはずはなかったものだが、この成長パターンをいつまで追い求めても実現できないことが誰の目にも明らかになった。
 よって、政府が経済政策を正当化するために、これまでと同じことを繰り返すだけでは、説得性は著しく低下する。
  (a)雇用増加・・・・その実態は非正規労働者の増加だ。
  (b)有効求人率上昇・・・・そのかなりの部分は労働需要の増加ではなく、労働供給の減少による。
  (c)実質賃金の対前年比はマイナスを継続中。
  (d)実質消費は低水準に落ち込んだまま。
  (e)円安によって本来期待される輸出増は数量では実現しない。
  (f)大企業の利益は増加しているが、中小零細企業は苦しい状況に直面している。

 (4)自民党は、参議院選挙に向かって早急に経済政策の基本の見直しを迫られている。野党にとっては、新しい政策を提案する絶好のチャンスが訪れている。
 新しい経済政策として何を提案できるか? その答えは現在生じている世界金融市場の大動乱の中に見出せる。
 投機の時代の終了は、株価のバブルを崩壊させるだけでなく、明らかに日本の利益になる効果を二つ生み出す。
  (a)投機資金流入によって高値を続けていた資源価格が低下している。原油だけでなく、他の一次産品の価格も低下している。
  (a-2)輸入物価の下落は、日本の輸入額を減少させている。2015年11月の輸入額は、前年同月比でマイナス13.7兆円。年額換算で13.7兆円。これは消費税の税収総額に相当する額だ(2015年度の当初予算においける消費税収入額は17.1兆円)。よって、資源価格下落は、消費税を撤廃するほどの影響を日本経済に与えるはずだ。
  (a-3)消費税増税分は国内で支出される。輸入額減少が日本に与えるプラスの効果の方が大きい。
  (b)円高。これは円建ての輸入物価を下落させ、(a)の資源価格低下と相まって、日本経済に大きな利益をもたらす。

 (5)(4)の変化は、
  (a)原材料のコストを引き下げ、企業の利益を増大させる。とりわけ、電気料金の引き下げは、あらゆる産業に恩恵を与える。
  (b)原材料のコスト低下が、最終製品価格に反映されれば、消費者物価の上昇率が下落し、実質賃金が上昇する。→実質消費を増やし、実質経済成長率を引き上げる。

 (6)(5)の新しい経済政策を、通常いわれることと対比すれば、
  (a)輸出の増加よりは、輸入の減少を重視する。
  (b)物価を引き上げるのではなく、引き下げようとする。
  (c)名目賃金の上昇よりは、物価の下落による実質賃金の上昇を重視する。
  (d)消費が増えることによって設備投資の増加を期待する。

 (7)(6)は、投機の時代が終了した後の時代における経済成長のパターンだ。
 こうした成長パターンは、目新しいものではない。2010年、2011年ごろに日本経済の成長が高かったのは、円高によって消費者物価が下落したため、実質消費が増加したからだ。
 今回は、円高と資源価格低下によって、そのことがさらに拡大した形で可能になっている。

 (8)(4)~(7)の効果は、必ずしも自動的に実現できるものではない。
 国内物価が下落しなければ、輸入価格の下落は、原材料コストの低下を通じて、企業の利益を増やす。現状では、これは企業の内部留保を増やすだけで終わってしまう。経済を活性化する効果を持たない。
 <例>2015年、輸入物価が大きく下落したけれど、消費者物価の対前年同月比はゼロ近辺の値にとどまった。資源価格の下落→企業の利益を増やしただけ→消費者には届いていない
 よって、重要なのは、輸入物価の下落を国内物価の下落につなげることだ。
 電力の場合・・・・燃料費調整制度によって、輸入物価の下落は電気代にほぼ自動的に反映される。
 しかし、一般には、原材料の低下が最終製品価格に反映されるとは限らない。
 特に寡占的な原因によって値下げが阻害されている場合、製品価格を引き下げるよう指導すべきだ。
 <例>寡占によって製品価格が下方硬直的になっているのは携帯電話の料金だけではない。

 (9)(8)の政策は、日本銀行が実現しようとしているものとは正反対だ。
 日銀は、インフレ目標を掲げる一方で、名目賃金の引き上げが必要としている。
 しかし、経済成長に必要なのは、実質賃金の上昇だ。名目賃金が上昇しなくても、物価上昇率が低下すれば、実現できる。いま必要な経済政策の第一歩は、インフレ目標の撤廃だ。
   ①「目標達成時点をずらしても2%目標を固持する」
   ②「資源価格が下がったから、その利益を庶民にも与える」
 ①と②のどちらが庶民の支持を得られるか、冷静に考えよ。

 (10)本来であれば、庶民の立場に立つ政党が(9)-②の政策を提言するはずだ。
 日本の場合は残念ながら、野党が庶民の立場に立つ政策を標榜するとは限らない。
 他方、自民党が政策を転換し、物価引き下げ政策を取るのは、十分あり得ることだ。
 庶民の立場に立った政策を、どの政党が提案するか?
 参議院選挙において。

□野口悠紀雄「物価を引き下げる経済政策への転換を ~「超」整理日記No.793~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月6日号)
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