第14章「ワルキューレ」はこちら。
文句なく名画。主人公ロレンスの陰影に富んだ性格描写、地獄のような(なにしろ暑くって、カメラがうまく作動しなかったほど)撮影現場が生み出した、残酷で苛烈な砂漠の描写。そしてあの、テーマソング。
監督デヴィッド・リーン(巨匠ではあるが、この人のつくる映画には狂気がひそんでいる)、脚本ロバート・ボルト、音楽モーリス・ジャール……超一流のスタッフに加え、ピーター・オトゥールというこれ以上は望めない素材(あのオトゥールに新人の時代があったというのが信じられませんが)を得て実現されたエバーグリーン。確かに、文句なし。
ただ、日本人にとっては時代背景がどうにもわかりにくい。ロレンスが、いったい何をめざし、何に裏切られたのかがどうにも。
「あなたは、どうして砂漠に惹かれるのか」
「清潔だから」
しかしその砂漠に生きるアラブの民は、部族抗争に明け暮れ、清潔さとはほど遠い。そんなアラブが、どうしてロレンスという触媒を通して統一され、あるいは統一しきれなかったのだろう。
第一次世界大戦まで、アラブはオスマン=トルコの支配下にあった。ここから先は教科書の世界。今はなんとオスマン=トルコとは呼ばずにオスマン帝国と呼ぶのだそうだけれど、あそこの名物といえばそれは圧政。残虐な帝国の印象は、イギリスのプロパガンダによるものという話もあるし、アルメリアの大虐殺が事実だとすれば、やっぱりそのイメージは正しかったのかとも思う。でも中央集権的な色彩に不満をいだいていたアラブ民族は、独立を志向することとなる。
弱体化したオスマン帝国のすきをついてあらわれたのがイギリスとフランス。19世紀はこの二国がアラブ世界で分捕り合戦をやっていたのである。
そこへ、第一次世界大戦勃発。以下次号。