原尞著 早川書房刊
大晦日。沢崎のもとにかつてのパートナー渡辺を尋ねて依頼人が訪れる。銃撃事件の容疑者として拘留されている父親を助けてほしい……。依頼人とともに訪れた警察署の地下駐車場に轟く二発の銃声。捜査の過程で浮かび上がる老人誘拐事件。複雑に絡み合う縦糸と横糸。沢崎は真実を追い求め大都会をさすらう。
日本に「殺し屋」が存在できない理由は伊坂幸太郎の「グラスホッパー」の号で特集した。同じ意味で日本には“ハードボイルド・ミステリに登場するような私立探偵”もまた、実際には一人も存在しないと断言できる。
都会の片隅に薄汚れた事務所をかまえ、いつも強い煙草を吸い、高潔な倫理観をもち、自らのルールを決して曲げず、口にするのは気の利いた皮肉だけ……こんな、卑しい街を行く孤高の騎士たらんとしても、日本の警察は刑事事件に組織外の人間が関与することを極端に嫌うし、市民の方も、「表沙汰にしたくない解決」を望むなら、(お薦めできない方法だが)むしろやくざに依頼するだろうから。したがって職業としての私立探偵はなかなか経営が立ち行かないのだ。現実の私立探偵は浮気調査や弁護士事務所の下請けに甘んじているしかない。
9年ぶりに復活した沢崎は、まさしく、そんなありえないはずの私立探偵。いきなりベストセラーになったのだから、みんな声を出さないながらも原尞の沢崎シリーズを待ち望んでいたわけだ。実はわたしも本屋で見つけたときはうれしくてうれしくて。ハードボイルド小説とは、すなわち男のためのハーレクイン・ロマンス。こんな定義がうなずけるほど、癖になるし、やめられない。9年たっても探偵はなんにも変わっちゃいないし、変わってもらっては困るのである。相変わらず沢崎は中古のブルーバードで都下を走り回り、携帯電話も使うことができず(今回、一度だけ使用することである謎を解決する。うまい)、両切りのピースを吸い、警察には「図にのるなよ、探偵」と皮肉られ、クールなくせに子どもにだけは常に手を差しのべてしまう。まあ子どもといってもこの作品に登場するのはいい年をした引きこもりのオタクなのだが。