その8.
そこでの仕事はふたりがときどき、わずかな時間であっても顔を合わさないわけにはいかず、六時になると、ミスター・ウォーバートンのヴェランダで一杯やることになっていた。これはこの国で古くから続いている習慣で、ミスター・ウォーバートンも、世界が滅びるようなことでもない限り、やめるつもりはなかった。だが食事は別々に取った。クーパーは自分のバンガローで、ミスター・ウォーバートンは自分の「砦」で。事務所での仕事が終わると、ふたりとも日が暮れるまで歩き回ったが、そのときも別々の道を歩いた。この国は道そのものが少なく、村のプランテーションを出るとすぐにジャングルが迫っていたのだが、ミスター・ウォーバートンは自分の部下がだらしのない歩き方で通りすぎていくのを、視野の隅にでもとらえると、顔を合わせないように迂回するのだった。クーパーの礼節をわきまえないところや、独断的な面、寛容さに欠ける傾向は、それだけで腹に据えかねるものではあった。だがクーパーが支局にやってきて二ヶ月あまりが過ぎたころに起きたある出来事がきっかけで、弁務官の嫌悪感は、冷たい憎悪にまで高まったのだった。
ミスター・ウォーバートンは内地へ視察に行かなければならなくなったが、支局をクーパーに任せることには何の不安もなかった。というのも、クーパーが非常に有能であるこという非常にはっきりとした結論をくだしていたからである。ミスター・ウォーバートンがたったひとつ気にくわなかったのは、寛容さに欠けている点だった。生真面目ではあったし、骨身惜しまず働いた、だが原住民に対して一切、情というものをかけてやることがなかった。ミスター・ウォーバートンは、クーパーが人間はみな平等だと思っているくせに、多くの人々を自分より劣ると見なし、原住民に対しては、過酷で容赦ない接し方をし、威張り散らすのを見て、いささか苦い思いでおもしろがってもいた。マレー人たちが、クーパーを嫌い、怖れていることは、ミスター・ウォーバートンにとっては一目瞭然だった。かならずしも不快だったわけではない。もし自分の部下が人気があって、自分のライバルということになったとしたら、それはそれでおもしろくはなかっただろう。
ミスター・ウォーバートンは、十分な準備をして視察に出向き、三週間後に戻ってきた。その間に郵便物が届いていた。自分の居間に入って真っ先に目に入ったのは、すでに開いたあとのある新聞の山だった。出迎えたクーパーも、一緒に部屋に入ってきた。ミスター・ウォーバートンは、留守番をしていた召使いに向かって、この開いたあとのある新聞はいったいどういうことかね、と厳しい調子で聞いた。クーパーはあわてて説明した。
「ウルヴァーハンプトンで起こった殺人事件のことが知りたかったんで、あなたのタイムズを見せてもらったんです。全部お返ししました。たいしたことではないと思ったので」
ミスター・ウォーバートンはそちらに怒りで蒼白になった顔を向けた。
「私にとってはたいしたことなのです。大変重要なことなのです」
「すいません」クーパーは落ち着き払ってそう言った。「正直言って、お帰りまで待っていられなかったんです」
「手紙も開封しなかったのが不思議だよ」
クーパーはいらだちを隠せないでいる上司に向かって、平然と笑いかけた。
「それは話がちがいますよ。それにしても新聞を見たくらいで、そこまでお気になさるとは夢にも思いませんでした。新聞なんて別に個人的なものではないですし」
「誰であっても私より先に私の新聞を読んでは絶対にいけないのだ」彼は新聞の山のところに行った。三十部近くが溜まっていた。「まったく失礼な話だ。めちゃくちゃじゃないか」
「順番ならすぐに直しますよ」そう言いながら、クーパーもテーブルに寄った。
「手を触れるな」ミスター・ウォーバートンは悲鳴をあげた。
「こんなことで大騒ぎするなんて、大人げないじゃありませんか」
「よくも私に向かってそんな口の利き方ができたな」
「くそっ、くたばりやがれ」クーパーは言うと、身を翻して出ていった。
(その新聞にはどういう秘密があったのか。ミスター・ウォーバートンはなぜそんなに怒ったのか。それは次回)
そこでの仕事はふたりがときどき、わずかな時間であっても顔を合わさないわけにはいかず、六時になると、ミスター・ウォーバートンのヴェランダで一杯やることになっていた。これはこの国で古くから続いている習慣で、ミスター・ウォーバートンも、世界が滅びるようなことでもない限り、やめるつもりはなかった。だが食事は別々に取った。クーパーは自分のバンガローで、ミスター・ウォーバートンは自分の「砦」で。事務所での仕事が終わると、ふたりとも日が暮れるまで歩き回ったが、そのときも別々の道を歩いた。この国は道そのものが少なく、村のプランテーションを出るとすぐにジャングルが迫っていたのだが、ミスター・ウォーバートンは自分の部下がだらしのない歩き方で通りすぎていくのを、視野の隅にでもとらえると、顔を合わせないように迂回するのだった。クーパーの礼節をわきまえないところや、独断的な面、寛容さに欠ける傾向は、それだけで腹に据えかねるものではあった。だがクーパーが支局にやってきて二ヶ月あまりが過ぎたころに起きたある出来事がきっかけで、弁務官の嫌悪感は、冷たい憎悪にまで高まったのだった。
ミスター・ウォーバートンは内地へ視察に行かなければならなくなったが、支局をクーパーに任せることには何の不安もなかった。というのも、クーパーが非常に有能であるこという非常にはっきりとした結論をくだしていたからである。ミスター・ウォーバートンがたったひとつ気にくわなかったのは、寛容さに欠けている点だった。生真面目ではあったし、骨身惜しまず働いた、だが原住民に対して一切、情というものをかけてやることがなかった。ミスター・ウォーバートンは、クーパーが人間はみな平等だと思っているくせに、多くの人々を自分より劣ると見なし、原住民に対しては、過酷で容赦ない接し方をし、威張り散らすのを見て、いささか苦い思いでおもしろがってもいた。マレー人たちが、クーパーを嫌い、怖れていることは、ミスター・ウォーバートンにとっては一目瞭然だった。かならずしも不快だったわけではない。もし自分の部下が人気があって、自分のライバルということになったとしたら、それはそれでおもしろくはなかっただろう。
ミスター・ウォーバートンは、十分な準備をして視察に出向き、三週間後に戻ってきた。その間に郵便物が届いていた。自分の居間に入って真っ先に目に入ったのは、すでに開いたあとのある新聞の山だった。出迎えたクーパーも、一緒に部屋に入ってきた。ミスター・ウォーバートンは、留守番をしていた召使いに向かって、この開いたあとのある新聞はいったいどういうことかね、と厳しい調子で聞いた。クーパーはあわてて説明した。
「ウルヴァーハンプトンで起こった殺人事件のことが知りたかったんで、あなたのタイムズを見せてもらったんです。全部お返ししました。たいしたことではないと思ったので」
ミスター・ウォーバートンはそちらに怒りで蒼白になった顔を向けた。
「私にとってはたいしたことなのです。大変重要なことなのです」
「すいません」クーパーは落ち着き払ってそう言った。「正直言って、お帰りまで待っていられなかったんです」
「手紙も開封しなかったのが不思議だよ」
クーパーはいらだちを隠せないでいる上司に向かって、平然と笑いかけた。
「それは話がちがいますよ。それにしても新聞を見たくらいで、そこまでお気になさるとは夢にも思いませんでした。新聞なんて別に個人的なものではないですし」
「誰であっても私より先に私の新聞を読んでは絶対にいけないのだ」彼は新聞の山のところに行った。三十部近くが溜まっていた。「まったく失礼な話だ。めちゃくちゃじゃないか」
「順番ならすぐに直しますよ」そう言いながら、クーパーもテーブルに寄った。
「手を触れるな」ミスター・ウォーバートンは悲鳴をあげた。
「こんなことで大騒ぎするなんて、大人げないじゃありませんか」
「よくも私に向かってそんな口の利き方ができたな」
「くそっ、くたばりやがれ」クーパーは言うと、身を翻して出ていった。
(その新聞にはどういう秘密があったのか。ミスター・ウォーバートンはなぜそんなに怒ったのか。それは次回)