【今日の出来事】
八月に、髪の毛を相当気合いを入れて切ってもらったのだが、二ヶ月もするとやっぱりうっとうしくなってきた。
なによりも、部分的に跳ね上がっているのを直すのに、毎朝苦労しなければならない。
ということで、仕事帰りに美容院に寄った。
いつもどおり、希望を伝えると、おもむろに本を読み始める。
こちらに話かけてくるんじゃない、と念を送っているのだが、一向に効き目なく、やはり美容師さんは話しかけてくる。
ところが今日担当になったお兄ちゃんは、それほど慣れていないらしく、しゃべり方もぎこちない。にも関わらず、明らかに努力をしつつ、話しかけてくるのである。
「何の本ですか?」
「『身体論集成』っていう本です」
「何が書いてあるんですか?」
(なんと答えたらいいんだろう、と頭を悩ませつつ)「昔の建物ってね、人間の身体をモデルにしてるんですって」(たまたまそういう箇所を読んでいた)
「むずかしいですね」
「おもしろいですよ」(だから読ませてね、という意図を言外に滲ませつつ)
(沈黙)
「ぼくもね、最近、本を読んだんです」
「…そうなんですか」
「『カーネギー語録』っていう本なんですけどね」
(また変わった本を……と思いつつ、それでも)「おもしろかったですか?」
「すごい、良かったです」
「それは良かった」(これで打ち切り、という意図を言外に滲ませつつ)
「感動しました」
(沈黙)
「あんまり本を読まなかったんだけど、読んでたら、勇気が湧いてきました」
「それは良かったですね……。どういうところが良かったんですか?」
「あ、……、と、ですね……。あの…」
(悪いことを聞いてしまった、と申し訳なさにかられ)「でも、そういうことってありますよね。ああいいなぁ、って思っても、なかなかどこがいい、なんて言えないこと」
「そうなんですよ! それですよ!! 良かったなぁ。わかってもらえて」
(沈黙)
「ぼく、これからどんな本、読んだらいいでしょう」
(え!? そ、そんなことを聞かれても……ギャツビーは『フランクリン自叙伝』を読んだけど、『フランクリン自叙伝』なんて一般に手に入るんだろうか、と思いつつ)「どうなんだろう、偉人伝みたいなの、お好きなんですか?」
「え、いじんでん、って何ですか?」
(泥沼に入っていくのを感じつつ)「偉い人の伝記です。カーネギーの伝記もあるんじゃないかなー。あの人が子供時代どうだったか、とか。だいたい子供向けの本のところにあるんですけどね、大人が読んでもおもしろいの、ありますよ」
「ああ、伝記ですか」
「語録がおもしろかったら、子供時代のこととか、読んでみたらどうですか」
「それおもしろそうですね」
(沈黙)
「紹介されたんです」
「は?」
「『カーネギー語録』読むといい、って」
「そうですか。それは良かったですね」
「何かいい本ないでしょうか」
「そうだなぁ、わたし普段、そんな本、読まないんですよ。だからよくわからないな、ごめんなさいね」
ところがこのあとも、『カーネギー語録』をめぐる話は、何の進展もないにもかかわらず、わたしのカットが終わるまで、延々と続くのであった。
『カーネギー語録』、つぎに行くときまでに、読んでおいた方がいいだろうか!?
向上心のある美容師さん、いいアドバイスできなくて、ごめんなさい。人には得意分野というものがあるのです。わたしが苦手なのは、そういう啓発書と、知らない人と話をする、とくに美容院で髪を切られながら話をすることなんです。
『ワインズバーグ・オハイオ』第二部、明日あたりにはアップできると思います……たぶん。
八月に、髪の毛を相当気合いを入れて切ってもらったのだが、二ヶ月もするとやっぱりうっとうしくなってきた。
なによりも、部分的に跳ね上がっているのを直すのに、毎朝苦労しなければならない。
ということで、仕事帰りに美容院に寄った。
いつもどおり、希望を伝えると、おもむろに本を読み始める。
こちらに話かけてくるんじゃない、と念を送っているのだが、一向に効き目なく、やはり美容師さんは話しかけてくる。
ところが今日担当になったお兄ちゃんは、それほど慣れていないらしく、しゃべり方もぎこちない。にも関わらず、明らかに努力をしつつ、話しかけてくるのである。
「何の本ですか?」
「『身体論集成』っていう本です」
「何が書いてあるんですか?」
(なんと答えたらいいんだろう、と頭を悩ませつつ)「昔の建物ってね、人間の身体をモデルにしてるんですって」(たまたまそういう箇所を読んでいた)
「むずかしいですね」
「おもしろいですよ」(だから読ませてね、という意図を言外に滲ませつつ)
(沈黙)
「ぼくもね、最近、本を読んだんです」
「…そうなんですか」
「『カーネギー語録』っていう本なんですけどね」
(また変わった本を……と思いつつ、それでも)「おもしろかったですか?」
「すごい、良かったです」
「それは良かった」(これで打ち切り、という意図を言外に滲ませつつ)
「感動しました」
(沈黙)
「あんまり本を読まなかったんだけど、読んでたら、勇気が湧いてきました」
「それは良かったですね……。どういうところが良かったんですか?」
「あ、……、と、ですね……。あの…」
(悪いことを聞いてしまった、と申し訳なさにかられ)「でも、そういうことってありますよね。ああいいなぁ、って思っても、なかなかどこがいい、なんて言えないこと」
「そうなんですよ! それですよ!! 良かったなぁ。わかってもらえて」
(沈黙)
「ぼく、これからどんな本、読んだらいいでしょう」
(え!? そ、そんなことを聞かれても……ギャツビーは『フランクリン自叙伝』を読んだけど、『フランクリン自叙伝』なんて一般に手に入るんだろうか、と思いつつ)「どうなんだろう、偉人伝みたいなの、お好きなんですか?」
「え、いじんでん、って何ですか?」
(泥沼に入っていくのを感じつつ)「偉い人の伝記です。カーネギーの伝記もあるんじゃないかなー。あの人が子供時代どうだったか、とか。だいたい子供向けの本のところにあるんですけどね、大人が読んでもおもしろいの、ありますよ」
「ああ、伝記ですか」
「語録がおもしろかったら、子供時代のこととか、読んでみたらどうですか」
「それおもしろそうですね」
(沈黙)
「紹介されたんです」
「は?」
「『カーネギー語録』読むといい、って」
「そうですか。それは良かったですね」
「何かいい本ないでしょうか」
「そうだなぁ、わたし普段、そんな本、読まないんですよ。だからよくわからないな、ごめんなさいね」
ところがこのあとも、『カーネギー語録』をめぐる話は、何の進展もないにもかかわらず、わたしのカットが終わるまで、延々と続くのであった。
『カーネギー語録』、つぎに行くときまでに、読んでおいた方がいいだろうか!?
向上心のある美容師さん、いいアドバイスできなくて、ごめんなさい。人には得意分野というものがあるのです。わたしが苦手なのは、そういう啓発書と、知らない人と話をする、とくに美容院で髪を切られながら話をすることなんです。
『ワインズバーグ・オハイオ』第二部、明日あたりにはアップできると思います……たぶん。