陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ワインズバーグ・オハイオ ―「誰も知らない」前編

2005-10-17 22:10:46 | 翻訳
今日と明日の二日間『ワインズバーグ・オハイオ』から「誰も知らない」を訳していきます。
原文はhttp://www.bartleby.com/156/6.htmlで読むことができます。

「誰も知らない」

 あたりを慎重に見まわしてから、ジョージ・ウィラードは「ワインズバーグ・イーグル」紙の編集部のデスクを離れ、急いで裏口から外へ出た。暖かく曇った夜で、八時にもならないというのに、新聞社の裏手の路地は、真っ暗闇だった。一台の馬車をひく馬の群れが、どこかの杭につながれているのだろう、闇の中、固い地面を踏むポクポクという音が聞こえた。ジョージ・ウィラードの足下から飛び出したネコが、闇の中へ消えていった。ウィラードは神経質になっていた。一日中、頭を一発殴られてぼーっとしたかのような仕事ぶりだった。路地に入ると、怯えでもしたかのように、身を震わせた。

 ジョージ・ウィラードは暗い路地を、注意深く、慎重に歩いていた。ワインズバーグの店の裏手のドアは開いており、人々が、店の明かりを背に、座っているのが見えた。マイヤーボウム雑貨店では、酒場のおかみ、ミセス・ウィリィが買い物かごをさげて、カウンターの近くに立っていた。店員のシド・グリーンが対応していた。カウンターに身を乗り出して、何か一生懸命になって話をしている。

 ジョージ・ウィラードは身体をかがめると、裏口から外へ伸びる明かりの帯を飛び越えた。闇の中を走り出す。エド・グリフィスの酒場の裏で、町一番の飲んだくれ、ジェリー・バードじいさんが地べたに寝っ転がっていた。投げ出した両足に、走ってきたウィラードはつまずくと、じいさんは、は、は、は、ととぎれとぎれに笑った。

 ジョージ・ウィラードは思い切ったことをやろうとしていた。一日中、なんとかその冒険をやりぬく決意を固めようとしてきて、ついに足を踏み出したのだ。「ワインズバーグ・イーグル」紙の編集室で、なんとか考えようとしながら、六時からずっと座っていた。

決心がついたわけではない。ただ、立ち上がり、印刷室で校正をしていたウィル・ヘンダースンの横を急いで通り過ぎると、路地を駆け抜けてきたのだ。

 すれちがう人々を避けながら、通りをつぎつぎと抜けて行く。道を何度も横切った。街灯の下を通るときは、帽子を目深にかぶった。思い切って考えることもできない。頭の中にあるのは、怖れ、それも、これまで知らなかった類の怖れだった。この冒険がうまくいかなかったらどうしよう、怖じ気づいて、引き返すようなことになったらどうしたらいいだろう、と考えていた。

 ルイーズ・トラニアンが父親の家の台所にいるのが見えた。ケロシンランプの灯で、皿を洗っている。家の裏手に建て増した小屋のような台所の、スクリーンドアの向こうにルイーズは立っている。ジョージ・ウィラードは柵のところで立ち止まり、身体の震えを鎮めようとした。自分と冒険を隔てているのは、ちっぽけなジャガイモ畑だけだ。呼ぶ勇気を奮い起こすまで、たっぷり五分かかった。
「ルイーズ! ルイーズったら!」
声が喉にひっかかる。かすれた囁き声にしかならない。

 ルイーズ・トラニアンは片手にふきんを持ったまま、ジャガイモ畑を横切ってやってきた。「あたしがあんたとデートしたいだなんて、なんでそんなこと思ったのよ」つっけんどんにそういう。「なんでそんなこと思ったわけ?」
 ジョージ・ウィラードは返事をしなかった。黙ったままふたりは柵を挟んで、闇の中に立つ。
「行きなよ。父さんが中にいる。あとで行くから。ウィリアムズの納屋で待っててよ」

(この項つづく)



-----【今日の出来事】------

今日は一日家にいて、ほとんど人にも会わず、話もせず、本を読んだり、文章を書いたりしていた。充実していたかどうかはさておき、とにかく疲れた。

ということで、今日はネタがありません。
キンギョも元気だし……。

あ、amazonでペーパーバックを一冊注文したのだけれど、このままだと送料がかかるから、と自分に言い訳して、Gonzalo RubalcabaのCDを注文した。働けど、働けど、ラクにならざるわが暮らし、って、根本的に問題あるじゃん。<わたし

この章が終わったら、手を入れて、なるべく早くサイトにアップします。
変化のないサイトで申し訳ないのですが、遊びにきてくださってるみなさま、どうもありがとうございます。ほんと、どれだけ力づけられてるかわかりません。
それじゃ、また♪