幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

負けないで、くじけないで、投げ出さないで    その2

2012年01月29日 10時41分54秒 | ひとりごと
 横浜の彼女に
二十歳の女の子のことを相談した。


「答えは自分で見つけろ!!
 誰かに助けてほしいなんて
 土台無理な話。

 自分を助けられるのは自分しかない」


の一言だった。

確かにそうかもしれない。


 被災地には
親も兄弟も友人も
大好きだったペットも
住む家も仕事も
すべて失ってしまった人たちがいっぱいいる。

でも、そんな人たちの中でも
現状や未来の受け止め方にはいろいろな差がある。

失くしたものを見つめ
それにとらわれ
失望し、憤り、何かをしてもらうことを待っている人たちの不幸は
とてつもなく大きく、苦しい。

失くしたものの悲しみから立ち上がり
前を向き
まだ残されているものや
代わりに与えられたものに気付き感謝できる人々は
不幸を新しい何かに変換しつつある。


 

 昨日の問い

「どちらが大変だと思いますか」


 どちらが、と比べること自体が愚の骨頂に違いない。

どちらもたいへんなのだ。

大変だと思えば
どんなことだって大変になるのだ。


 明日の命がわからない人から見れば
二十歳の彼女の問題など大したことではないだろう。


 息子をいじめで殺された人から見れば
49歳の女性の話もまだましだと思うかもしれない。


けれど、どんな問題だって
大変だと思う本人にとってはこの上なく大変なことであり
どうしようもなくつらいことなのだ。



が、横浜の彼女のように
若いころから苦労を重ねてきた人でも
今の何かを見つめることで
自分は幸せだと思えるし
強くも明るくもなれるのだ。


ようは、その事象を自分がどうとらえ
どう臨むか、ということに尽きてしまう。



 けれど、人間として生まれ人生を過ごしていくうえで
より優しく、より強く、より愛に満ちるために
「つらいこと」「悲しいこと」は体験してこそなのではないだろうか。
それらを乗り越えようと頑張っているときにこそ
「生きがい」みたいなものが潜んでいるのではないだろうか。


 そのことに
気づけるかどうかで、苦しみや悲しみの大きさが違ってくるような気がする。




被災地で目にした言葉を今更ながらに思い出す。


「がんばらないで!!

 でも、負けないで、くじけないで、投げ出さないで」




いつか必ず、それを乗り越えられる日が来る。

乗り越えようと頑張るその時間と体験こそが
私たちの宝となるはず!!

私はそう信じている。

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