幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

分け与えるということ

2014年06月29日 21時00分19秒 | ひとりごと
 西出真一郎 著 「星明りの村」
を読んだ。


 経費を節約しながらフランスの教会を一人で巡り歩いている筆者が
とある小さな村の教会の前でランチを食べたときのことが書かれていた。

その村にはレストランはなく
スーパーともいえないような
村でたった一軒のお店で
ランチ用にパンを2個とトマトジュースだけを買った。

それを教会の前で食べていると
2匹の鳩がやってきて、こぼしたパンくずをついばみ始めた。
彼が、もう一つのパンをちぎって与えると
そのうちたくさんの鳩がやってきてついばみはじめた。

結局、彼は自分のランチだったもう一つのパンを全て鳩たちに与えるはめになってしまった。

カフェ一つない小さな村である。
今夜泊まる民宿の夕飯まで
たった一つのパンでは腹が持たないだろうな、と思いつつも
鳩たちのパンを自分が食べてしまうことはできなかった彼。


彼は最後にこう言っている。

自分の食べ物を割いて与える  ということが、こんなにすがすがしいとは今まで知らなかった」



戦中戦後に幼少期を過ごした自分は
自分が食べることで精いっぱいで
人と分け合うなど考えもしなかった、とも。






 さて、わが庭、岡崎城址には鳩、カラス、鯉、スズメ、ノラ猫などなど
たくさんの動物が毎日餌を探している。

時々、それらにほんの少しの餌を与えたりしているが
それは余り物であったり、食べたくない物であったり・・・・・


とてもとても「自分の食べ物を割いて与える」には程遠い。
それどころか
餓鬼の付いていそうなわたしは
夫にさえも、より多く奉げることができにくい。


 誰かに何かを分けるとき
「自分の分を割いて」ができれば
きっとその行為は自分自身に何かをもたらしてくれるのだろう。


「清々しさ」を感じられるか、
「おしい」と思ってしまうか、
それこそ、魂の成長度の違いなのだろう。




 ああ、まだまだ、まだまだ、
まだまだまだです。
 

消えた洗濯物

2014年06月27日 23時41分17秒 | ひとりごと
 昨日、洗濯物がなくなった。
それは5月の上旬に買ったばかりの登山用の夏ズボン。
登山するときはもちろん、毎朝のウォーキングにも使っていた。



 昨日も朝のウォークで着用し
汗をかいたのでお洗濯して干しておいたのだ。

 ところが昨日は風が強く、
ハンガーにしっかりとピンチで止め
そのハンガーをさらに物干し竿にピンチで止めておいた。

 が、それは消えてなくなっていた。
下まで行って探した。
かなりの範囲を探した。

他にも娘のパジャマの上下が落ちて
それに気づいたのは真夜中で
あわてて下へ降りたら
ちゃんとマンションの内側のエントランスの壁のところに重ねて置いてあったのだ。




「よかった~~~~
 全くおかげささまだわ」

と、口に出して心から感謝した。



 でも、登山ズボンは見つからない。

そこでこのことをどう考えたらよいか。




 ① 何かがなくなるようなことを誰かにしている。
   つまり人様のものを搾取している??????


 ② 心の中で、あのズボンを買ったことを後悔し
   「これっていやだなぁ。
    パパのみたいな切り替えのあるのが良かったわ。

    色も上に着るコットンジャージと全然合わないし・・・・・

    買いなおそうかな、でもまだ新しいからもったいないか・・・・」


 このふたつのどちらの考えに靡くか…難しい。


でも何か、気に入るものに囲まれるようにしたければ
まずは、嫌なもの、不要なものにさようならをしなければならない。



 だから私に
ズボンを買い替えさせてやろうという、お計らいかもしれない。
今度こそはよく吟味してトップスに合うものを求めなさい。
と、導いてくださっているのかも。

                     








































































































































































































































































アジサイのおまじない

2014年06月25日 22時44分11秒 | 暮らし
 名古屋は熱田神宮の森
このすぐ西が国道19号線
そして、それをさらに西に進むと堀川がある。


この堀川にかかる橋を渡ると白鳥公園があり
その最南端に白鳥庭園がある。


 昨日初めて訪れたのだが
この一角は熱田とは思えぬおしゃれなリバーサイドになっていてちょっとびっくり。


まあ、一旦汚されてしまった堀川は
最近いくらかきれいになったとはいうものの
やはりまだまだ、気の毒な川、という感は免れなかった。

それでも、かかっている橋や国際会議場、名古屋学院大学の校舎などと相まって
かなり洗練された風景になっている。
ちょっと得した気分でその眺めを堪能した。


 


 お目当ての白鳥庭園もなかなかであった。

季節がら、門をくぐるとすぐに七夕のササ竹がしつらえてあり
来園者が短冊を下げることができるように配慮してあった。


今は、半夏生やスイレン、ハスの盛りである。
美しいトンボたちも飛び交ってのどかだった。

写生をしている人や写真を撮っている人がいるにはいたが
300円の入場料ではさぞ維持が大変だろうと思われるくらい閑散としている。

ただ、それゆえに、ゆっくりと時が過ごせる穴場でもあろう。


 


 ここのお休みどころで頂ける季節限定桃ジュースはお勧めだ。

果樹75%のストレート。 
グラニュー糖、酸化防止剤 酸味料は入っているが
そのへんの「果樹100%」に騙されてしまう危険な濃縮還元ジュースよりはよほど安全であろう。


中津川市の大鋸伸行さんの桃ジュース、だという。
桃の生産者でもあるのだろうか。




このジュース、本当に「桃!!」という感じだった。

これがたった400円。

さすが公共の施設だわ…と感心することしきり。

高島屋や栄の真ん中で頂けば700円以上はするだろうな、なんて思いながら

ありがたーく、感動して味わった。



 




 さてさて、前置きが長くなったが
この白鳥庭園の門をくぐってすぐの軒下に
半紙にくるまれたアジサイが逆さにして吊るされていた。

そして、次のように書かれていた。


六月の6の付く日
 氏名と生年月日を書いた半紙に包んだアジサイを
 軒下につるすと厄除けになります。

 アジサイは自分の家の物ではなく
 どこかからちょっと失敬してきた物が良いとか・・・″





 六月の6の付く日といえばもう明日26日しかないではないか!!

丁度、河川敷で頂いてきたアジサイの花が一本ある!!
よし!!
この歳で初めて知ったおまじない、
さっそく実行してみよう!!



 ちなみにネットで調べてみたところ
玄関先に吊るすと厄除けのほかに「お金が貯まる」というご利益がついてきて
部屋の中に吊るすと「お金に困らない」のだそうだ。



さあ、どっちに吊るそうかしら・・・・・

星と神様

2014年06月25日 15時34分55秒 | 波動
 昨日読み終わった本にかかれていたこと。


大幸運を展開するには
引き寄せの法則だけではだめ。
前向きな言動を保ち、努力し、信じ続けたうえで
守護霊や神々のお力添えを受けてこそなのだ。



最後の最後は見えない力にお力添えいただく、
それでこそ、大運を引き寄せることができる、



 らしい。


守護、指導霊の軍団「お陰様」にまず感謝し、
決意を表明し
努力し
そして力添えを待つのだ。



そのうえで、さらに星々に宿る季節の神々にも祈りをささげお力添えを頂く、

とよいらしい。


 6,7,8月は太陽。
生命エネルギーをつかさどる神。
言わずと知れた天照大御神である。

両手の指を組み、天照大御神の名を11回唱えて感謝する。
日の出の光を浴びながら祈る。


その上で、自分にできることの全力を注ぐ。



その姿をご覧になって太陽神は喜び、お力添えくださるのだそうだ。


ちなみに秋は金星、冬は北極星、春は土星なのだとか・・・






ま、とにかく
自力本願、他力本願
両者がうまく絡み合ってこそ
大運の成功が実現するらしい。

おばさんのひとりごと

2014年06月24日 22時10分13秒 | ひとりごと
 その日は杏子さんのお誕生日でした。

御主人は数日前に

「ホテルの食事がいい?
 それとも、夕暮れの空港のレストランにしようか」

と嬉しいことを言ってくれました。


 



 今まで、杏子さんは家族の誕生日をいつも大切に演出してきました。
家で祝うときも
外で祝うときも。

心を込めて
料理を作ったり
なるべくよいお店をと一生懸命考えて予約したり。



 でもご主人は祝ってもらうばかりで
子どもたちや杏子さんの誕生日をどんなふうに祝おうかと工夫することは一度もありませんでした。
いつだって、杏子さん任せで
ただ、それに乗るだけでした。

それどころか、
時には、気ままな態度で
それを台無しにすることさえありました。





 子どもたちが独立し
二人だけの暮らしが始まったとき
杏子さんはたまらなく悲しくなりました。

「どうして、自分の誕生日の計画を自分でたてなきゃならないの?
 どうして、私のお祝いのお料理を
 私が作らなければならないの?」


 そう思うと
杏子さんのお誕生日のために
一度たりともお祝いの手配をしたことのないご主人に腹が立ってきました。


 で、去年、ついに切れてしまったのです。
そうして、大噴火してしまったのです。



 というわけで、御主人は今年はいくらかは気を使い
先のような提案をしてきたというわけです。



 杏子さんは喜びました。

結婚して31年
結婚記念日もまともに祝ったことはないし
ましてや、記念のプレゼントなんて一度ももらったことがありません。

それが、ようやく、こうして、考えてくれるようになったと
嬉しくてたまりませんでした。



 でも、あいにくとその日は杏子さんも仕事です。
ホテルにも夕方の空港にも間に合いません。

ならば、後日に・・・ということで話は決まっていました。




 それでご主人は安心してしまったのでしょうか。
誕生日の当日の朝、一言もお祝いの言葉はありませんでした。
どうも、すっかり忘れているようです。

ちょっと悲しかった杏子さん。


 でも、出かけた御主人からしばらくするとメールが届きました。


「お誕生日おめでとうございます。
 お食事に行く約束は有効期限はありません」





杏子さんは忘れていたことを謝る言葉のないことに引っかかりました。
それでも、 ま、いいか。思い出してくれたのだから・・・・・と平静を保ちました。




 




 さて、夕方杏子さんは仕事で疲れて帰ってきましたが
休む暇なく、家事に取り掛かりました。

御主人もほどなく帰ってきましたが
やはり、「今朝は忘れていてごめんね」もなければ
顔を見ての「お誕生日おめでとう」もありません。


さらには家事を手伝おうともせず他事に夢中です。

杏子さんの誕生日のために夕飯を二人で楽しく過ごそう、なんて意識はどこにもないようです。


杏子さんはたまらなくなりました。

今日、すてきなお祝いができないことは仕方ありません。
でも、後日の約束をしたからそれでいいだろう、
お昼にお祝いメール送ったからいいだろう、
みたいなご主人の態度が寂しくてたまりません。

優しさというのはそういうものではないでしょう。

タイムリーなお祝いの気持ちがあってこそのものでしょう。


顔を見て
ちゃんと「おめでとう」と一言言ってほしかったのです。



 
「こんな気持ちで作ってもきっとおいしいものはできないわ」

「こんな気持ちで一緒にご飯を食べることはできない」


 杏子さんは夕飯の用意をやめてしまいました。



 



 ここに至って、御主人は初めて杏子さんの不機嫌に気づきました。

でも、御主人は何も言いませんでした。
どうして、とも
ごめんね、とも。


きっとご主人はご主人なりに自分は悪くないと思っているのでしょう。





 結局二人はその後
ひとことも交わさずにお風呂に入り
べつべつの部屋で寝たそうです。






 この世は鏡写しと申します。

杏子さんは何をどう直したらよいのでしょうね。

杏子さんが嬉しい鏡写しを得るためにはいったいどうすればよいのでしょうね。