幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

山田征著 「光と影のやさしいお話」より 世界の平和を願うならまずお隣の人と仲良くすること

2020年08月31日 15時02分01秒 | 波動

      2020・8・30・7;19 a.m.


世界の平和を願うなら、まず、お隣の人と仲良くすることだよ、と。

それ以外の方法は、何ひとつございません。

お隣とは、いえすの申しております隣人愛ということと全く同じ意味であることは言うまでもございません。

あなた方と関するすべての人々は、つまりお隣の人々でございます。

   
          山田征 著  「光と影のやさしいお話」 P.58 より

コロナ君の本当の意図は?!

2020年08月31日 11時05分32秒 | 波動
コロナは5番目の「風邪の菌」である

と、はっきりと断言している科学者がいる。

「風邪」ですよ「風邪」


もちろん高齢者や持病のある方は風邪やインフルエンザが命取りになることもあります。
たとえ癌であっても死因の多くは「肺炎」だったりするのですから。

だのに、
世界の政府や、テレビや新聞、
それらがこんなに騒ぐのは、ある目的があるからですね。
「そのこと」をご存知の方も多いでしょうが、
大切なのは「そのこと」ですら、「なぜ天意が許しているか」、ということですね。

それは
「そのこと」を計画している人たちの思惑とは別のところに「天意」があるからです。
というか、
「そのこと」を通して経験し、辿り着いてほしいことがあるからでしょうね。

「天意」こそすべて。

表面の思惑に振り回されず「天意」を理解し、受け止め、添って
「今」を生きることをこそ大切でしょう。


はい!!
「天意」は

怖れや不安はすべて手放し、

守られ導かれていることを信じて、安心し、

愛と調和で生きること

「今」この瞬間を自分に正直に、楽しく、面白く、笑って、感謝して過ごすこと。

です。


ほら、七福神なんて
音楽を奏で、お酒片手に、歌って、踊って、愉快に大笑いの毎日がお好きなんですもの。

そして同じように生きている人々を好きになってくださるんですもの。




コロナ君はね、
外界からどんなに恐怖心をあおられ、孤立を強いられても
それに乗せられることなく
安心して、「天意=愛=あい」で生きる道を選ぶことを即してくれているんですね。


もうひとつ、
今まで、外にばかり目を向け、神様や、幸せがどこかほかにあると信じて探していたけれど
本当は自分の中を確立すればよいだけのことなんだよ、
って教えてくれていますよね。


コロナ君は「手放す」ことと「気づくこと」を即してくれています。     
                      

                  
                        夾竹桃


5番目の風邪菌、コロナ君、
感謝こそすれ、忌み嫌うものではないようです。

アトラクションを乗り換える

2020年08月28日 10時48分51秒 | ひとりごと
目の前の今日をあたふたしながら生きてきた。  

いろんな出来事は
背負いきれないくらい重かったり、哀しかったり。

わたしはわたしなりに数えきれないほどの今日を昨日に変えて
きっと一生懸命だったはず。

世間でいう「成功」というほどのことは何もないし、
大金持ちになったわけでもない。


けれど、
ささやかながらもビッグになりたいという野望を持ち、
寝食を惜しんで学び、働き、頑張ってきた、・・・つもり。
そして、「もういいや」と思うまで、やりたいことに従事していた。

その間の充実感は今思えば凄いエネルギーだった。

苦しみや憎しみにもどっぷりとつかり、
羨望や孤独感もたっぷりと味わい、
いつだってそのど真ん中、喜びも大きかったけれど失望や疲れもかなりだったと思う。

ましてや、それを「大変」と思い込み、
これは「不幸なんだ」と解釈する自分がいたから、
生きていることが嫌になることもたびたびだった。

が、しかし、それもまた、
心底の苦しみや悲しみを味わうには必要な要素なのだろう。
そこまで味わってこそ、「生きる」なのだろう。

                        

この世では
まるでジェットコースターに乗るように
若い間はいろんなことを激しく、深く体感するようにできているに違いない。
全てのことの中にどっぷりとおちこめるように、
さまざまな条件が
個々人にあわせて与えられているに違いないのだ。

そう、腹から思えるようになった。       

わたしは、これからだって、
いろいろなことにあたふたしながら
ささやかな今日を喜怒哀楽に満ちて、一生懸命に生きよう。
その一つ一つを大切に味わい、かけがえのない想い出に変えていこう。



ただ、昔のように
「嫌だ!!」「不幸だ!!」「なんで?!」
と受け止めるのではなく
全てのことを「与えられた人生の貴重な体験」として
丁寧に、大切にこなしていきたいと思うし、
そろそろ、ジェットコースターにはありがとうをして、
もう少しおだやかなアトラクションに乗り換えようとも思っている。


日々、自分を偽らず、楽しく、たおやかに、
目の前の人に今の自分ができ得る愛を配り、
地球の美しさを堪能する。
そんな日々を過ごしてみよう。

                     



重松清 著 「ステップ」より  雪うさぎ

2020年08月28日 10時06分29秒 | ひとりごと
   




‶ 「雪は、結局のところ、水だからな。」
  
  義父はそう言って、自分の言葉を噛みしめるように

 「どんなにきれいでも、最後は水に戻るんだよ」とつづけた。

  美紀の目に涙が浮かぶ。

  そんなのやだ、やだ、やだ、と聞き分けの悪かった幼い頃のように

  首を横に振る。

 「でもなあ、美紀ちゃん・・・

  どうせ水になっちゃうんだから雪ウサギなんて最初からつくらないほうがいいんだ、

  なんて、誰も思わないよな」

 「そうだよ、絶対に思わないよ、そんなの」

 「じいちゃんも、雪ウサギだ。

  美紀ちゃんより先にいなくなって、もう会えない。」

  やだ、やだ、やだ、と美紀はまた首を横に振る。

 「でも、溶けて、消えても、雪ウサギがきれいだったなあって思ってくれれば・・・

  ウサギさんは、うれしいんだよ」

  そうだろう?と義父は美紀に微笑んだ。

 静かで、おだやかで、透き通ったようにも見える、美しい微笑みだった。” 
      P.318~319 より


                          

重松清 著 「ステップ」より  辛い思い出に触れるたびに・・・

2020年08月27日 08時44分33秒 | ひとりごと
‶ 「でも、つらい思い出に触れるたびに・・・

   美紀は優しくなってくれると思います。

   今よりももっと優しくなって、

   生きることに一生懸命になって、

   そういうふうに一生懸命に生きているひとたちのことも、

   ちゃんと尊敬して、愛して、愛されて・・・

   そんなおとなになってくれると思うんです」” 
   重松清 著 「ステップ」 P.309より



美紀ちゃんのお母さんは一歳半の彼女を残して
わずか30歳という若さで逝ってしまった。
その後、父親は
いわゆる「男手ひとつで」美紀ちゃんを育ててきた。
そんな彼の、心と目を通しての10年間の様々な出来事、成長記録…とでもいおうか。


本の中には終始、繊細で、静かで美しい空気が流れていて、
それは、こちらをも優しくしてくれます。

急がずに、穏やかに大切に読みたいと思いました。

どなたか著名人の「大好きな一冊」で紹介されていたと記憶していますが
本当に私にとっても「大好きな一冊」となりました。


上記の抜粋の前にはこんな言葉もありました。

‶ 「つらくても・・・たいせつな想い出になります」

  僕たちはそうやって生きてきたのだ。

  僕の胸の奥にはずっと、朋子を亡くした悲しみがあった。

  美紀はママのいない寂しさと一緒に大きくなった。

  悲しみや寂しさを早く消し去りたいと思っていたのは、いつ頃までだっただろう。

  今は違う。

  悲しみや寂しさは、消し去ったり乗り越えたりするものではなく、

  付き合っていくものなのだと・・・


  誰かが、というのではなく、僕たちが生きてきた日々が、教えてくれた。

  悲しみを胸に抱いたまま生きていくのは、決して悲しいことではない。

  その人がいないという寂しさを感じる瞬間は、

  その人のいない寂しさすら忘れてしまった瞬間よりも、

  本当は幸せなのかもしれない。” 
 P.308 より


‶ 朋子が僕に残してくれた中で最もたいせつなものは、

  むしろ、悲しみだったのかもしれない。


  僕は美紀を育てながら、何度も何度も繰り返し

  自分では気づかないうちに胸の奥の悲しみにそっと触れて、

  そこから力をもらってきたのかもしれない。

  だとすれば、僕が男手一つで美紀を育てたというのは嘘だ。

  朋子もずっと、一緒に、美紀を育ててくれたのだ。”
P.309より


 2020・8・21  18;40