幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

愛を伝える言葉

2017年03月17日 08時38分23秒 | ひとりごと
I love you.


外国人はなんと頻繁にこの言葉を使うのでしょう。


けれど、よくよく観察していると
日本人のそれとはかなり意味合いが違っているときもあるような気がするのです。

いえ、「日本人の」といってはいけないのかもしれません。
少なくとも、「私の」という方が正確でしょう。


私にとって「愛している」とは最上級の「愛」の表現であり
とても大切で、重みがあって、崇高で、そう簡単に誰にでもいえる言葉ではないのです。






夫と恋をしていたころでさえ
「愛している?」と聞かれたら、何の迷いもなく「愛している」と答えられたかといえば
こたえは「否」でした。


大好きで、寝ても覚めても彼のことばかり考え、いつも一緒に居たくて・・・・・

でも、その感情が「愛」かといえば?????でした。

間違いなく「恋」はしていました。
でも「愛」であったかどうかははなはだ疑問でした。


お付き合いを始めてから現在までちょうど40年。

今も「愛しているか」と問われれば?でいっぱいになってしまいます。
恋心などとうに冷めてしまっていますしね(笑)


それでも
家族としての「情」は間違いなく存在します。
全くの他人様よりは一応大切に思ってもいます。

でもそこに「本当の愛」があるかどうかとなると・・・・・・?????????????

だから、そうやすやすと「愛しています」とは言えないのです。



娘に対してもそうでした。

可愛くて、大切で、いつだって私の一番の宝でしたし、
何が何でも、私が守ってあげなくちゃ、って思ってきました。

でも、時々はうっとおしくもなり、「この子がいなければなぁ」などと思ったことさえあるのです。
それなのに「愛してる」なんて言ってよいのでしょうか。

本当に私はこの子を愛してるのだろうか、といつも自問してきました。


親にだってそうです。

まして、友人に対してや
親せきの子供たちへの思いはどうなのでしょう?





「愛」とは私にとってはそれほど深くて、崇高で、尊い感情であり言葉なのです。

「大好き」「大切」「可愛い」「失いたくない」「力になりたい」「守りたい」

そんな、感情は間違いなく存在はするけれど
「愛」となると、まったく自信がなくなってしまいます。


なのに私の知っている外国人たちはいつも、誰にでも
「I love you]
と言えてしまう・・・・・・

不思議で、嘘っぽくて・・・・・





娘、夫、親、友人、動物たち、
植物や、鉱物や、生活用品たちや、
たくさんたくさん
いとおしくて、大切で、有難い者たちに
私はどんな言葉を上げればよいのでしょう。
どんな言葉を使えばこの思いの真実が伝えられるのでしょう。




「愛しています」
はやっぱりどこか嘘っぽい・



「あなたが大切」

「ありがとう、あなたがいてくれてとても幸せ」

なら、嘘っぽさはないように思います。



私はまだまだ「愛」という言葉を自分の中に定義できないし
それ故にまだまだまだ、当分は使えないのかもしれません。               

                                           朝陽を受けてサンキャッチャーが
                                           壁に創り出してくれた虹色の光
                                                                   




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1 コメント

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ウララ〜!! (春〜!!)
2017-03-17 09:43:47
中々日本人は愛してる何て言えない人間です!!言わなくても愛しているから1つ屋根の下で一緒に暮らしているし嫌いだったら一緒には住まないと思いますけど??(>_<)
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