幸せになろうね 改め しあわせだね

日々の生活の中のほんの小さな出来事をどう捉えるかで
私達はすぐにも幸せになれるのです。

今日の波動画 顔晴れ

2019年06月28日 10時56分52秒 | 波動



昨日、発送した個人様の波動画。

名前の中に「光放」という使命をこめてこの世に生まれてきた人。


括られて、閉じ込められて
幼いころからずっと、ずっと苦しかった人。

自分を解放できなくて
だから人のこともすぐに否定してしまって
生きるのがとってもしんどかった人。



そりゃぁそうでしょう。

こんなに大きな
一人では支えきれないほどの愛を背負っているんですもの。



でも、頑張らなくていいんです。

その、重すぎる「愛」への思い込み
降ろしてしまっていいんですよ。

あるいは、
「自分にはできる」
と信じ切って
思い切ってすくっと立ってしまってもいいんですよ。



どちらにしてもあなたは愛の人。
あなたは光の人。


だから、思い込みを捨てて
軽くなりましょうよ。

愛は「ねばならない」ものではないんですよ。

美しい一瞬の連続

2019年06月28日 10時29分29秒 | 空からのささやき


先回の満月の日

「満月だからお散歩しよう」

と、自分を盛り立てて
夕方の散歩に出ました。

そのときの西の空です。

東の空低く、満月も出ていましたが
ビルの陰になっていて見えませんでした💦

おうちに帰ってベランダから見たらそのビルから顔を出すところでした。



西の空が川面に映って・・・・・



どんな一瞬もとどまりません。


一瞬は一瞬でしかないのです。

だからこそ
人は永遠を求めるのでしょうけれど
一瞬一瞬、全てが違っているから
織り出される空模様も
人生模様も
飽きることなく美しいのだと思います。




反省すれども後悔せず

2019年06月28日 10時09分24秒 | ひとりごと

                              2019・6・16 14;41  岐阜里山清流公園にて

                      




うまくいかないのは
スピリット的(魂的)には
貴重なメッセージだと考えていますので
どんな失敗があっても
反省はしますが後悔はしません。 
 
           矢作直樹 著 「お別れの作法」 P.76 より






「わたしはしあわせ」
「わたしはラッキー」
「わたしは楽しい人生を選択する」


と決めることが大切です。


「人生は苦しい山登り」
「この世は修行の場だから苦しくて当たり前」

と思って決め込んでいると
次々と大変なことがやってきます。


でも、この三次元
別に苦しくなくても
学ぶべきことはちゃんと学べるのだそうです。 

 
                     

2019.6・19・19;01  ダブルツイン、わか見えるでしょうか。


苦しんで学ぶか、
楽しく学ぶか、
それさえも選択できるのです。 



さあ、あなたはどちらがお好みですか?

自分の人生の在り方は
自分の採択、決断にかかっているのです。

どんな人生を歩みたいか、
思い込みを書き換えることで
それは現実となるということを心してください。



かくいう私は

「たまには
 苦しみや悲しみ、悩みがあるほうが
 生きてるって実感できるかも」

 と思っているきらいがあるようですね~~~~~(笑)              

愛するとは「見捨てないこと」

2019年06月28日 09時19分03秒 | ひとりごと


                      

                                       2019・6・24 18;38 紀伊半島上空辺り


愛するとは見捨てないこと          渡辺和子  ノートルダム清心学園 理事長 



恋する真っ最中の「好き」は「愛」ではないことも往々にしてあるように思う。

恋は恋であって「愛」ではないとも思っている。

けれど、多くは
「愛している」という言葉を
恋の中で使ってしまう。


だからどうのこうのというつもりはないけれど
「本当の愛ってなあに?」
と、ずっと疑問だった私にとって
渡辺和子の言葉はまこと腑に落ちた。



「愛とは見捨てないこと」

だとすれば
私は42年間、ずっと夫を愛してきたのだと思う。

「好き」という感情から始まって
恋に落ちて、
結婚して、
親になって、
いつの間にか爺と婆になってしまった。


恋愛真っ最中のようなときめきの関係はあっという間に終わってしまい
裏切られ、憎悪と倦怠感に満ち、
幾度と繰り返される喧嘩の中で
何度離婚を考えたことだろう。


が、結局、私は彼をあきらめることをしなかった。

いろんな事件を引き起こす彼を見捨てなかった。

なんで
もとは他人の私が
ここまで、彼を請け負わねばならないの?
と、つくづく疲れ切ったこともあった。

それでも

「別れることはいつでもできる。
 だったら、もう少し、トライしてみよう。
 がんばってみよう」


そうして、本音をさらけ出し、くらいついて、くらいついて
諦めることをしなかった。



結果、今がある。

若いころとは全く別人のような人格の彼がいる。

もし、どこかの時点で別れていたら
私は彼を憎み、蔑んだまま一生を終えていただろう。

今の
暖かくて優しい
慈愛に満ちた彼を見ることはできなかった。




「諦めないこと」だけが道ではない。

「新しい道を選ぶために分かれる」こともまた大切なことだ。


どちらを選んでも人生は続くし
どちらを選んでも「失敗」など存在しはしない。
どちらの道にも必ず人生の学びはあるのだし、「しあわせ」は待っている。


ただ、
自分がどちらの道を歩いてみたいか、それに尽きるだけのこと。
そして、必ず心したいのは
選んだ道を決して後悔しないこと。


42年という彼との道は
決してSWEETな円満な道ではなかったけれど
今は、微塵の後悔もない。

諦めなくてよかったと心から思っている。


泣きながら、迷いながら、
憎みながら、恨みながら、
それでも彼を、
彼の本当の姿を見ることに
希望を持ち続けた自分を褒めてあげたい。


「愛とは見捨てないこと」  



であるとするならば
私は今生
確かに彼を愛した、と思う。


私がお金持ちであるという36の理由

2019年06月25日 13時39分49秒 | 波動


                
                               2019/6・22 池田湖より開聞岳を望む


さとうみつろう 著 「金持ち指令」

2016年発行?の本です。

図書館で目について借りてきました。

その中にこんな一節が・・・・・・


〝 『私が金持ちである、36の理由』って本を出すんだ。
  書いているうちに勘違いが進む。
  すると、「私は金持ちかもしれない」と本気で思い始める。
  そこから、逆転劇は始まるんだ。
  あなたがそう信じたのだから、現実でもあなたは金持ちになる。
  そのうち、【私は貧乏だ】という証拠がだんだんと見つからなくなる。 "


で、ちょっとやってみようと思います。

本ではないけれど
36の金持ちの理由。


・・・ここから先は読んでくださらなくて結構ですよ。
時間の無駄?!・・・・・かもしれませんので。



        
         上の二枚の写真、本当はこんな風景。 でも、どれも真実の風景。アングルが違えば見え方が違う。
         自分に起きることもこれと同じということですね。


あなたもせっかくですから

「自分がお金持ちである36の理由」をノートに書いてみませんか。

今までの思い込みが外れるかもしれませんよ~~~~~~  


はい、では。

「私がお金持ちである36の理由」



 世界中の誰もに与えられていながら、なかなか自分の思い通りに使えない時間を私は十分に持っている


 1、 時間を誰かに仕切られることなく自分で自由に使っている
 2、 朝のラッシュアワーに揉まれることなく生活できている
 3、 こんなブログを書いている時間がある
 4、 好きな時に心行くまで空を眺め写真を撮る時間を所有している
 5、 一日のスケジュールを自分の納得のいく方法で決めている
 6、 好きな時に好きな本を読む時間がある
 7、 ゆったりとお風呂に入る時間がある
 8、 誰にも邪魔されず、一人になって自分と対話する時間がある
 

十分に気に入っている住まいがある
 


 9、 ずっと望んでいた「空の広い」家に住んでいる
 10、 ずっと望んでいた「朝日と夕陽の見える家」に住んでいる
 11、 ずっと望んでいた「水の見える家」に住んでいる
 12、 窓から大きな木の見える家に住んでいる
 13、 元お城の三の丸の中、春には桜、夏には花火の特等席となるベランダのある家に住んでいる
 14、 セキュリティーのしっかりした安心マンションに住んでいる
 15、 欲しかった大きな無垢の木のテーブルと真っ白な革張りのソファーがある
 16、 高級(?)ギャッベも敷いてある
 17、 冷暖房が整ってる
 18、 大きなガラス張りで室内はとても明るい
 19、 アンティークのシェードが雰囲気を醸し出す照明になっている
 

食の環境もまあまあだ

 20、 大好きなnikkoの白磁器を使用している
 21、 どれも夫と二人でギャラリーや旅先で選んだ食器である
 22、 自然栽培のササニシキをお取り寄せして食べている
 23、 ガスと土鍋で毎回、炊き立てのおいしいご飯を食べている
 24、 きちんとセッティングして、美しく環境を整えた食卓を維持している
 25、 果実酒、みそ、など手作りのものにも親しみ、無添加の、体によさげなものを意識して取り入れられる環境にある
 26、 その日、食べたいと思うものが食べられる
 27、 いつも空腹を満たすことができている


人間関係

 28、 最近の夫は穏やかで気配りが細やかである
 29、 夫と一緒にいて幸せを感じられる
 30、 娘たち一家も不自由なく、健康に、平和に暮らしている
 31、 老いた二人の母も、自分のことは自分で出来ている
 32、 特にもめることもなく、一族がそれぞれに平和に暮らせている
 33、 同じマンション内でも争いごとはなく、言葉を穏やかに交し合える人々に恵まれている


その他 寄付など

 34、 隣の神社のお稲荷さんに鳥居一基とお狐様一対寄進できた
 35、 大きな震災やチベット子供村、自然保護などへ時々寄付できる
 36、 お賽銭を時々千円、たまに一万円、常時百円ずつだせている


・・・・・ほかにも、こと立ててあげるようでないことを並べればきっときりがないのだと思う。

「お金持ち」に限らず
「豊かである」と項目を変えれば
もっともっとたくさんの「恵まれていること」を上げることができるだろう。

それくらい私は既に「豊」だということなのだ。

「お金がない」とか「貧乏だ」とか、
そっちの思い込みが強いけれど
みつろうさんの教えに従い
「私はお金持ちだ」の思い込みを育て上げていけば
きっと、もっともっと豊かにお金持ちになっていくのだろう。


そういえば
インドのチベット自治区に行ったとき

「ああ、こんな私でもここでは値段を気にせずに買い物ができるお金持ちなんだわ!」

といたく感動したことを覚えている。

世界のお金持ちはあんな感覚で
桁の違うお金と向き合っているのでしょうね。




今、すでに、幸せでお金持ちの私!!

…と言いきれれば
私たちはすぐにも豊かにもお金持ちにもなれるのですね~~~~。


「お金持ち」の基準をどこに置くか、
それは自分次第、ということでしょう。