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森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

籠坊温泉の猪

2006-08-16 22:39:35 | 動物と花
 以前にも掲載したことがあるが、籠坊温泉の川沿いで飼われている猪だ。人の誰かに似ているような長い顔で、まだ子どもの猪のようだ。
 人懐っこくてすぐに寄って来るので、なかなか全身が撮れない。離れて檻全体の風景にした。
 野生の猪も、人に飼われると牙が取れたように穏やかな表情だが、もう戻ることはないのだろうなあ。中にスイカを食べた跡があった。
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朝顔

2006-08-15 22:45:05 | 日々の写真
 子どもの頃、夏休みになると朝顔が咲いて、午前中は「夏休みの友」の宿題をする時間だった。エアコンなど無い時代だから、昼間や夜は蒸し暑くて何も出来ない。夜は蚊帳の中で恐い話をよく聞かされた。
 今は妻が恐い話が好きで、心霊スポット探しや、廃墟などをみつけては行こうかと言うのを制止する役目だ。
 深夜にお墓に行く、肝試しなるものもあった。私はてんでダメなので参加したことはない。朝顔を見ると、夏休みだなあの印象が濃い。
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堺、夕景

2006-08-14 22:46:12 | 日々の写真
 堺市船尾町の水津さんのアパートの屋上から撮った夕景。手前は盆踊り大会に出ている夜店である。
 まだ日が暮れていないのだが、夜店が出ているあたりだけ、スポットライトが当たっているような不思議な光景だった。
 昼間は暑さが真っ盛りだが、夕方になってようやく風が出て凌ぎやすくなった。
 病身には、夏はこたえるのだ。
 
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稲穂

2006-08-13 23:55:51 | 日々の写真
 子どもの頃、祖母の家は農家で、働きに出ている母に代わって祖母と一緒に田んぼに連れられていった記憶がある。まだSLも走っていて、通るたびに凄い煙が湧き、逃げながら追いかけて遊んだ。お遍路さんも多くて、よく見かけたものだ。
 夏も終わりになると、稲穂が実り収穫の季節がくる。もう少し記憶が鮮明ならその様子も浮かぶのだが、定かでない。4歳の頃にはしかにかかり、それからは毎朝お菓子を買ってもらって、病院に通った記憶しかない。
 母に言わすと私は子どもの頃から一切、手がかからなかったそうだ。でも慎重でおとなしく、可愛げのない子どもだったようだ。
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世界木造屋根付き橋、アメリカ篇

2006-08-12 19:54:35 | 日々の写真
「世界木造屋根付き橋」アメリカ篇の個展が8月10日~15日まで開催されている。場所はJR神戸南地下街デュオギャラリー、主催の出田肇さんと久し振りにお会いした。
 世界を旅している独特の風貌に変わりなく、旺盛なエネルギーに感化される。
 今回はアメリカ篇だが、木造屋根付き橋の魅力は尽きることがない。その国の風土と暮らしが垣間見られ、人の知恵と趣が漂ってくるのだ。
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夕景

2006-08-12 07:16:30 | 日々の写真
 数日前の家からの夕景。
 シルクロードに行ったとき、夜の11時ころだったが、時差の関係でまだ明るくて、砂漠の上の丘に腰掛けなかなか沈まない夕日を眺めていた。12時が回りようやく日が沈み始めた。
 日が沈み、日が昇る。それだけでも何がしかの畏敬の念を感じるものだ。生きている、生かされている、人間は意識によって考え方もずい分異なる。
 どう考えていようが、時間だけは平等に過ぎていく。不思議なことだ。
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屋根付き橋

2006-08-10 23:03:11 | 風景を歩く
 愛媛県喜多郡河辺村の屋根付き橋で、帯江橋である。昭和27年私が生まれた年に出来た橋で、長さが16,5メートル幅2,6メートル、屋根は杉皮葺き。
2001年撮影。
 屋根付き橋は外国でもヨーロッパやアメリカ、カナダなどでも見られるが、国内ではこの河辺村あたりしかないそうだ。中国の少数民族を訪ねる旅のきっかけも、屋根付き橋を見たいのが理由だった。
 山間の雨の多いところで、自然が残されているのもいい。村の人達が、橋の下で雨宿りしながらよもやま話をする、そんな昔からの変わらぬ風景にロマンを感じるのだ。
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2006-08-09 23:20:09 | 日々の写真
ちょうど一年前の写真である。私はこんな風な長く真っ直ぐに延びた道が好きだ。この道の先は何があるのだろう、どんな風景が広がっているのだろう、どんな人が住んで、どんな暮らしをしているのだろう、そんなことを想像する。
 先が見えない時代だからこそ、何かを信じられるようなものを求めたい気持ちも強いのだ。
 現実はあまりにも冴えないことが多いが、かすかでも人を信じたい。
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村山聖九段の命日

2006-08-08 22:29:46 | 日々の写真
 台風が接近していたが、真夏の空は青々として空気が澄んでいた。宝塚市の西谷方面にドライブする。
 今日は村山聖九段の命日である。平成10年8月8月だった。私は鳥取県倉吉に高校将棋全国大会に出席していて、帰阪するため駅に向かおうとしたときだった。 広島の村山家から携帯電話が鳴って、危篤の連絡を受けた。急遽その足で広島に向かう。その日も空は青く澄み渡っていた。
 この世で何か大きな出来事が起きたとき、空を見てしまう。平和な抜けるような青空なのに、運命は大きないたずらをする。
 あれから8年経つが、やはり心にぽっかり空いた穴は埋まっていないのだろうか。青空は悲しいほど澄み切った青さである。
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大徳寺、大仙院

2006-08-07 22:45:31 | 風景を歩く
 大徳寺、大仙院の枯山水の庭で「大海」
 大聖国師作と伝えられる枯山水で、石橋の下をくぐり透渡殿の下をくぐった水は大河となりこの「大海」へと至る、との説明がある。
 今は饒舌の時代で、静けさやわびさびとは無縁に近いからこそ、心休まる世界が必要なのかもしれない。
 
 
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猫のいる風景⑭

2006-08-06 21:48:31 | 猫のいる風景
 薄汚れてはいるが、天王寺動物園の柵にいた白猫で、おそらく野良である。猫は高いところにいることが多いが、常に人間との距離を計っているせいだろう。
 人間同士も人によって距離感がある。私は、例えば喫茶店に行ったとき、長い時間でも平気で話せるなら、距離感OKで、それが目安かなと思う。
 相性もあるが、何らかの価値観に似たようなものがないと、一緒にいたくないものである。猫距離があるなら、人間距離もあるのだ。
 
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宝塚花火大会

2006-08-05 23:02:46 | 日々の写真
 昨日に続いて、宝塚花火大会があった。
 花火の写真をデジカメで撮るのはテクニックが必要なのだろう。全く写せない。
 しぶしぶ掲載の一枚である。何だか怪奇現象の写真のようだが、感度をISO200に変えて、フラッシュを焚かないで、でもダメだった。
 将棋盤で囲碁をするような、奇妙な具合だった。
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スーパーマン

2006-08-04 22:01:36 | 日々の写真
 私は「スーパーマン」と「007」が好きだ。
 弟弟子の野間五段が中学生の頃「野間君、みんなには内緒やけど、わし実は空を飛べるんやでえ」真面目な顔で切り出した。
 きょとんとした表情の野間君は呆れながらも「エエッ、本当ですか」と相手をしてくれた。一緒に「スーパーマン」の映画を見た後で、屋上から空を飛びそうになっている私を不安そうに見ていたのだった。
 新スーパーマンの映画が封切になる。「もう空を飛ぶのはしんどいなあ」
 
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関が原

2006-08-03 21:21:04 | 風景を歩く
 歴史の中で人気のあるのが、関が原の合戦、忠臣蔵、幕末だろうか。私も一時期その関係の本を読み漁ったことがある。
 なかでも関が原の合戦は、いつの時代でも通じる日本人の人間性が顕著にあらわれているように思う。義や損得のどちらを取るかは人の生き様でもある。
 関が原にはつらい思い出がある。この写真とは違うが、正月過ぎて雪の関が原に行ったとき、血なまぐさいものを感じて(単なる錯覚ともいえるが)それから数日後に、阪神大震災があった。この年はおみくじも「凶」を引いていたので、余計にそう思ったのかもしれない。偶然と思うが、行ったのを悔いた。
 おだやかな日差しの関が原の写真である。ここで合戦があったとは不思議な気がしてならない。
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篠山市丹南町古市にて

2006-08-02 22:24:00 | 旅の写真 国内篇
 写真日記に掲載したが、今日は篠山市丹南町古市にドライブで行った。福知山線の駅を訪ねての小さな旅だが、いい骨休みになった。
 この花は何の花だろう?彼岸花のようなのだが・・夏だしなあ。

 8月の開いている日を指折り数えて、どこに行こうかなと考えるのが至福の時間である。旅はどこでも気持ち次第で楽しいものかもしれない。
 私は昔の風景がかすかでも残っている場所が好きだ。それは人のぬくもりが感じられるからなのかもしれない。

 
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