散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

「冷戦の起源」の起源(2)~開かれた社会でのスパイ事件

2015年05月31日 | 永井陽之助
「国内が外国のスパイや諜報機関によって侵されるという恐怖心は、アメリカ生活の一種の風土病…」(リースマン1960)との言葉は、永井陽之助の「健康な身体が外部からの異物浸入で汚染される…孤立した大陸帝国アメリカの底流に潜む土着神話の中核…」(「冷戦の起源」1978)との言葉と響き合う(前回参照)。
 『「冷戦の起源」の起源(1)~身体への異物侵入による汚染への恐怖150529』

リースマンの言葉は英米の比較からきている。
「英国は国内すべての敵の機関を一掃するために、国をひっくり返す愚を演じるよりは、少数のスパイに僅かばかりの機密が漏れる棄権を選んだ」。

これに対して、
「米国人は、絶えず、女々しさに付きまとわれている様に思える。だから、強腰で、リアリスティックであるか自分を見せねばならないと感じるのだ。…米国人であるとは、パイオニアだと思っている人々には、フロンティアの欠如は、国家が柔軟に流れていくとの恐怖を与えていることだ」。

英国人の損得勘定を考慮に入れた冷静な態度と、何事にもハッするし、それを回りに見せたいと演じる米国人との違いと言えようか。スパイで云えば、「007」の見えざる世界とCIA的なマスメディアにも露出される世界との違いだ。

国柄があるにしても、この英米比較は、欧州のセンスからみて、米国の例外的な性格を指摘する。開けっぴろげな米国社会における秘密を守る苦しみが示されているからだ。

おそらく、このリースマンの議論に永井は示唆を受けたのではないだろうか。
彼はマッカーシズムによる赤狩りのなかで、アルジャー・ヒス事件(Wiki参照)に注目する。ヒスは弁護士資格を持つ政府高官だったが、ソ連のスパイ容疑をかけられ、下院非米活動委員会に喚問された。

永井によれば、米国では1949年の「中国共産党の全土制圧」及び「ソ連の厳罰実験間近」のダブルショックの中で、エリート層に対する庶民の抑圧された反感が「反知性主義」のポピュリストムードに火をつけた(『何故アメリカに社会主義があるのか』年報政治学(1966))。
そこで、冷戦初期におけるこの事件を、戦後米国のイデオロギー史上、画期的事件と評価する。

上記の議論の中で、永井はリチャード・ホッフシュタッター「米国政治におけるパラノイドスタイル」(未邦訳)を引用して、「米国の右翼は歴史的に旧い源泉から発して表れる効果的な少数派としての運動」としている。

以上が、冷戦下において明らかにされたスパイ事件から、スパイを病原菌と見なす米国の風土がフルオリデーション反対運動に繋がり、更に環境汚染の現代的課題へ結びつくとの永井の議論だ。

ともあれ、奇異に感じたことを追求するなかで、より深い洞察に到達し、それを一言のコンセプトで表現する発想は、今回の場合は“疫学的地政学”であるが、“柔構造社会”にも見られるように氏独特もののようだ。

      

コメント
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