以下今回の遍路で体得したことをまとめてみます。
その1、お蔭は厳然としてあるということ。
四国はお大師様の誓願を信じそのお蔭を頂くべく巡礼するところです。お大師様は千数百年にわたりさまざまな霊験を現してこられました。真言僧は古来お大師様の霊験のあまりのありがたさにお大師様の本地佛が大日如来、弥勒菩薩、如意輪観音、不動明王、愛染明王、訶梨帝母、日光菩薩であるとしてお大師様を拝むときは必ず一緒に拝みます。密教修法の「弥勒法中壇」はこういう仏様を拝む構成になっています。
大師は「もし善男善女ありて、わずかにこの門に入れば、すなわち三大僧祇を一念の阿字に超え、無量の福智を三密の金剛に具せん。八萬の塵労変じて醍醐となり、五蘊の旃陀たちまちに佛慧となる。開口発声の真言に罪を滅し、挙手動足の印契に福を増す。心の起こる所に妙観自ずから生じ、意の趣く所、即ち成ず。貧女の穢庭に忽ち如意幡を建て、無明の暗屋に日月の燈懸ぐ。(真言門にはいれば・・真言の念誦により罪過を消すことができ、身体を使った印契により福を増進する、心には妙観が自然と生じ、望むことが自然に成満する。このように密教は貧女が庭に如意珠の旗をたて何事も望みがかなうようになることや、暗室に日月の光がさしこむように有難いものである。(大日経開題(大毘盧遮那))」とおっしゃっています。
文豪菊池寛は「弘法大師とその宗教」で「大師は宇宙の本体は大日如来の本体、一切現象は大日如来の姿、宇宙の活動は大日如来の力作用であって、・・・一塵一埃悉く大日如来の法体に他ならぬ。この原理から父母から生みつけられた現在の肉身のままに絶対の仏格たる大日如来と異ならぬという即身成仏の義が成立する。」と書いています。
幸田露伴は「「大師は我々の思想上の忘るべからざる大恩人であります。(文学上における弘法大師)」と述べています。
那須政隆猊下の「加持感応の原理」 にはこうあります。
「祈る信心が仏に通じて仏の大悲と衆生の信心が互いに一致融合することが即ち加持感応である。世界が一大曼荼羅であるとすれば万物は互いに相通ずる間柄である。それを三密平等という。自分の三密と如来の三密と衆生の三密とは互いに融合し、本来一如平等のものである。この三蜜平等の事実こそが加持感応の根本原理をなすものである。一切を真言陀羅尼とする真言教学の原理に拠っていわゆる真言の三密と修行者を真言とした場合の三密とまた宇宙を真言とした場合の三密とがありその三種の三密は結局宇宙曼荼羅の上では融会一体のものであると深く観想をこらし万法一体の境地に住する。このようにして修法者は万法一如である宇宙曼荼羅の境地に入り、宇宙法界の大真言をもって宇宙独自の秘法を修するからそこに加持感応の妙用が発現される。
真言祈祷はこのように三密平等の形式を通じて法界曼荼羅の境地に入住するものであるから霊験が得られるか思い悩む必要は無い。人間的生命の必然的要求によって祈らざるを得ずして祈るのが祈祷である。祈祷は元来衆生引入の方便的施設であって祈祷の形式を通じて曼荼羅に引き入れるためのものであるから祈ることそれじたいがもはや結果なのである。祈祷の秘訣は自己のすべてを祈祷にうち任せるか否かにある。結果の如何を思い煩うものには到底真の霊験は望みえない。日夜に祈って倦まなければ必ず福智円満の悉地に恵まれ人間最上の法楽三昧を獲得するであろう。」
こうしている間にも多くの人がいじめや、病苦に苦しみ自殺する人も1日100人ちかくいます。また先の大戦や先般の東日本大震災の被災者の方達のようにいつの世にも人生の不条理に弄ばれる人が無数にいます。経済苦、病苦、人間関係苦などで多くの人々がのた打ち回っています。体の緊急時は救急病院にいくことを人は知っていますが人生の緊急時にはどこへいっていいのか知りません。こういうひとたちにとりあえずどうしようもない困難に突きあたったら近くの大きな古い神社仏閣(古くから多くの人の祈りの累積しているところ)に必死の願掛けをすることを伝えたいのです。かならず死地を脱することが出来ます。私の無数の経験からもかならずお蔭はあります。そのかわり他の事は犠牲にしても構わぬというくらいの必死の覚悟で拝む必要があります。拝む人の真剣さに応じた霊験をいただけます。先日私が護摩を焚いているお堂に来た若い女性は切羽詰って無理と分かりつつどうしても職場を変わりたいと祈願したらその日のうちに変わることができたと言って御礼にきました。私自身も必死の祈りで無数のお蔭を戴いていますし今も頂きつつあります。
この遍路記のなかでも無数の霊験を紹介しました。
実際遍路道をあるいてみるとお蔭はあると自分の体でひしひしと納得できました。
先に書き漏らしたのですが西端さかえ「四国遍路記」によると愛媛県温泉町川内町伊藤まさ子氏は娘のスミさんがノイローゼで服毒自殺を図り医者に手遅れと言われた時、四国遍路の納経帳を娘の額の上にのせ般若心経を一心にあげると娘さんの顔に生気が甦り助かったということです。
杉浦詩奈「お遍路の奇跡」(東方出版2004年)には長期間強度のうつ病で苦しんでいた主婦が平成元年四国遍路に出て全快、平成三年には先達にまでなったと書かれています。
その1、お蔭は厳然としてあるということ。
四国はお大師様の誓願を信じそのお蔭を頂くべく巡礼するところです。お大師様は千数百年にわたりさまざまな霊験を現してこられました。真言僧は古来お大師様の霊験のあまりのありがたさにお大師様の本地佛が大日如来、弥勒菩薩、如意輪観音、不動明王、愛染明王、訶梨帝母、日光菩薩であるとしてお大師様を拝むときは必ず一緒に拝みます。密教修法の「弥勒法中壇」はこういう仏様を拝む構成になっています。
大師は「もし善男善女ありて、わずかにこの門に入れば、すなわち三大僧祇を一念の阿字に超え、無量の福智を三密の金剛に具せん。八萬の塵労変じて醍醐となり、五蘊の旃陀たちまちに佛慧となる。開口発声の真言に罪を滅し、挙手動足の印契に福を増す。心の起こる所に妙観自ずから生じ、意の趣く所、即ち成ず。貧女の穢庭に忽ち如意幡を建て、無明の暗屋に日月の燈懸ぐ。(真言門にはいれば・・真言の念誦により罪過を消すことができ、身体を使った印契により福を増進する、心には妙観が自然と生じ、望むことが自然に成満する。このように密教は貧女が庭に如意珠の旗をたて何事も望みがかなうようになることや、暗室に日月の光がさしこむように有難いものである。(大日経開題(大毘盧遮那))」とおっしゃっています。
文豪菊池寛は「弘法大師とその宗教」で「大師は宇宙の本体は大日如来の本体、一切現象は大日如来の姿、宇宙の活動は大日如来の力作用であって、・・・一塵一埃悉く大日如来の法体に他ならぬ。この原理から父母から生みつけられた現在の肉身のままに絶対の仏格たる大日如来と異ならぬという即身成仏の義が成立する。」と書いています。
幸田露伴は「「大師は我々の思想上の忘るべからざる大恩人であります。(文学上における弘法大師)」と述べています。
那須政隆猊下の「加持感応の原理」 にはこうあります。
「祈る信心が仏に通じて仏の大悲と衆生の信心が互いに一致融合することが即ち加持感応である。世界が一大曼荼羅であるとすれば万物は互いに相通ずる間柄である。それを三密平等という。自分の三密と如来の三密と衆生の三密とは互いに融合し、本来一如平等のものである。この三蜜平等の事実こそが加持感応の根本原理をなすものである。一切を真言陀羅尼とする真言教学の原理に拠っていわゆる真言の三密と修行者を真言とした場合の三密とまた宇宙を真言とした場合の三密とがありその三種の三密は結局宇宙曼荼羅の上では融会一体のものであると深く観想をこらし万法一体の境地に住する。このようにして修法者は万法一如である宇宙曼荼羅の境地に入り、宇宙法界の大真言をもって宇宙独自の秘法を修するからそこに加持感応の妙用が発現される。
真言祈祷はこのように三密平等の形式を通じて法界曼荼羅の境地に入住するものであるから霊験が得られるか思い悩む必要は無い。人間的生命の必然的要求によって祈らざるを得ずして祈るのが祈祷である。祈祷は元来衆生引入の方便的施設であって祈祷の形式を通じて曼荼羅に引き入れるためのものであるから祈ることそれじたいがもはや結果なのである。祈祷の秘訣は自己のすべてを祈祷にうち任せるか否かにある。結果の如何を思い煩うものには到底真の霊験は望みえない。日夜に祈って倦まなければ必ず福智円満の悉地に恵まれ人間最上の法楽三昧を獲得するであろう。」
こうしている間にも多くの人がいじめや、病苦に苦しみ自殺する人も1日100人ちかくいます。また先の大戦や先般の東日本大震災の被災者の方達のようにいつの世にも人生の不条理に弄ばれる人が無数にいます。経済苦、病苦、人間関係苦などで多くの人々がのた打ち回っています。体の緊急時は救急病院にいくことを人は知っていますが人生の緊急時にはどこへいっていいのか知りません。こういうひとたちにとりあえずどうしようもない困難に突きあたったら近くの大きな古い神社仏閣(古くから多くの人の祈りの累積しているところ)に必死の願掛けをすることを伝えたいのです。かならず死地を脱することが出来ます。私の無数の経験からもかならずお蔭はあります。そのかわり他の事は犠牲にしても構わぬというくらいの必死の覚悟で拝む必要があります。拝む人の真剣さに応じた霊験をいただけます。先日私が護摩を焚いているお堂に来た若い女性は切羽詰って無理と分かりつつどうしても職場を変わりたいと祈願したらその日のうちに変わることができたと言って御礼にきました。私自身も必死の祈りで無数のお蔭を戴いていますし今も頂きつつあります。
この遍路記のなかでも無数の霊験を紹介しました。
実際遍路道をあるいてみるとお蔭はあると自分の体でひしひしと納得できました。
先に書き漏らしたのですが西端さかえ「四国遍路記」によると愛媛県温泉町川内町伊藤まさ子氏は娘のスミさんがノイローゼで服毒自殺を図り医者に手遅れと言われた時、四国遍路の納経帳を娘の額の上にのせ般若心経を一心にあげると娘さんの顔に生気が甦り助かったということです。
杉浦詩奈「お遍路の奇跡」(東方出版2004年)には長期間強度のうつ病で苦しんでいた主婦が平成元年四国遍路に出て全快、平成三年には先達にまでなったと書かれています。