福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

凡そ小児の教えは、早くすべし

2018-02-17 | 法話
「・・・凡そ小児の教えは、早くすべし。しかるに、凡俗の知なき人は、小児を早く教ゆれば、気くじけて悪しく、只、其心にまかせてをくべし、後に知恵出くれば、ひとりよくなるといふ。是必ず、おろかなる人のいふ事なり。此言大なる妨たり。古人は、小児の初めてよく食し、ものいふ時より、早く教ゆ。おそく教ゆれば、悪しき事を久しく見聞きて、先入の言、心の内に早く主となりては、後に善き事を教ゆれども、移らず。故に、早く教ゆれば人やすし。つねに善き事を見せしめ、聞かしめて、善事に染み習はしむべし。をのづから善にすすみやすし。悪しき事も、すこしなる時、早く戒むれば入やすし。悪長じては、去がたし。古語に、「両葉去らざれば、将に斧柯を用んとす(悪は二葉のときに切り取っておかないと、大木になってからでは斧(おの)を用いなければならなくなるという意。「両葉」は芽が出たばかりの二葉。「斧柯」は斧の柄(え)、また斧のこと。)」といへるがことし・・・。今の世にも、其父、礼をこのみて、其子の幼き時より、しつけを教え、和礼を習はする人の子は、必ず其子の作法よく、立居ふるまひ、人のまじはり、ふつづかならず、老にいたるまで、威儀よし。是其父、早く教えしちからなり。善を早く教え行はしむるも、其しるし又かくの如くなるべし。(和俗童子訓)


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