明日を楽しく

釣り、カメラ、アマチュア無線、アウトドア、DIY、何でも思いっきり、明日の楽しさを求めて今日を生きる徒然日記

ビンテージ カクテルブック   1931年

2011-07-31 | コレクション



古いカクテルブックが出てきたのでお披露目しよう。
表紙は革張りだが、紙ベースから剥がれそうになってボロボロだ。
手荒く扱えば忽ち剥がれてベースの紙だけになりそうだ。

前半には各種カクテルのレシピが記載されていて、残り半分くらいはベネディクティン(Benedictine)博物館の紹介などの読み物が記載されている。













 

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妙義荒船佐久高原国定公園 JAFF Expedition   7月12日

2011-07-24 | 自転車・サイクリング
今回のスケジュールは、最初から2カ所を予定していたので、7月11日の上信越国立公園・野沢温泉スキー場に続いて、妙義荒船佐久高原国定公園に向かった。 長野県軽井沢町の群馬県境に、国立公園に入る妙義荒船林道の入り口が有る。林道の途中で無線運用に適当な場所を探す予定だった。

最初に辿り着いた入り口に「全面通行止め」の看板が有り驚いた。道路は完全に遮断されていたので一瞬、絶望さえ感じたのだが、気を取り直して如何に為すかを考えた。

初めての土地にだったが、地図を頼りに何とか別の進入路を探して無事国定公園内に入る事が出来たのはラッキーだったと思う。



地図の赤く塗られた妙義荒船林道に、北側から接続された道路が何本か見えるが、左から2本目のやや太い道幅の所が今回の進入路で、唯一舗装されていた。 その左の道は未舗装路だが、林道に接した場所が少し広くなっており、此処には八風山登山口の看板が有った。



登山口の看板には「妙義荒船佐久高原国定公園」の表示もあり、ここが間違いなく国定公園だと言う確認が出来た。

余談になるが、国立公園の区域は、ホームページにある程度明確な区域図が示されているが、国定公園は各県の管理下に置かれているためか、ハッキリした区域図が示されていない事が多い。



舗装されているとは言っても、細い1車線の林道で、途中に広い駐車エリアなど見つからない可能性も有ったが、幸い地図に示した運用地点には、林道工事中に利用したらしい、資材置き場の跡地の様な広場があったので、其処をアンテナなどの設営場所として使わせて頂いた。
GPSで緯度経度を確認し、1/25,000地図にプロットしたのが地図上のWorked pointで、軽井沢町のエリア、標高約1400mである。



この日は、夕方に遠雷が鳴り、一面に雲が掛かった状態だったので、月明かりも無く、真っ暗になった。お湯を沸かして、レトルトのご飯とカレーを温めて居る時、背後の林の中、至近距離でから鹿の鳴く声が暫く続いたり、私には聞き覚えの無い動物の鳴き声がしたが、その方には何も無い真の闇の世界だった。



食事を済ませて無線の運用を開始したが、昨夜とほゞ同じ程度の電波状態で、全部で160局と交信して早めてに終了とした。

翌朝は、アンテナなどを片付け、ゴミを一つ残さず拾い、忘れ物の無い様に確認の後に出立した。
全てのスケジュールは終わったので、帰路は少し観光気分で、この妙義荒船林道は走破し、群馬県下仁田町へ抜けて、下仁田ICから高速道で帰宅する事にした。



林道の途中「神津牧場」の放牧地では、牛がのんびり草を喰っていた。たまに通る人間は珍しいらしく、此方が覗いたら、牛も一斉の此方を向いて興味を示していた。

コメント (2)
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上信越高原国立公園へ WFF Expedition  7月11日

2011-07-19 | アマチュア無線

今年3度目(4箇所目)の無線目的の遠距離移動を行った。
目的地は、野沢菜で有名な「野沢温泉村」の野沢温泉スキー場。 我が家から走行距離約400Km、高速道路を一気に走って現地に入った、と言うと簡単そうに感じるが、私にとっては初めてのルートだ。
東北道を南下し、宇都宮を過ぎて岩舟JCTで、北関東自動車道へシフト、終点の高崎JCTでいったん南へ、藤岡JCTで上信越道へシフト、更埴JCTをスルーして豊田飯山ICで下りる、結構複雑な道のりだった。事前に作ったメモを用意してJCTを間違いなく通り抜ける様に準備して行ったのだった。



毎度目的が、ヨーロッパに電波を飛ばす事にあるので、北北西に見通しの利く、即ち北北西に向かって下がる斜面で、更にその先に自分の位置よりも高い障害物の無い所が理想なのだ。
結構広い上信越国立公園だが、この条件に叶う場所探しには多くの時間を要した。そして馬の脚の様に北側に出っ張ったこの地域が私の探した条件を満たしてくれたのだった。



野沢温泉村の北側に、毛無山1649.8mが有って、頂上から北側斜面に何本ものリフトが敷設されていて、間を縫う様に県道が通っていた。
スキー場の人に教えて貰った場所には、無線屋の狙いはプロもアマも大した違いは無いらしく、辿り着いた場所近くにはローカルテレビのサテライト局、地方建設局のテレメータ中継局、NTTドコモの中継局などが設置されていた。
これらの施設から少し離れた格好の場所を見つけてアンテナを立てる事が出来た。



標高は、1463m アンテナを立てる場所としては申し分が無い高さだ。



近くに設置された中継局のアンテナが展望台を兼ねていたので、その上からヨーロッパ方向を見た展望だ。
前方は、障害物は何も無い理想的なロケーションだ。



今回、無線をやるデスクの画像を撮るのを忘れてしまったので、代わりに豪華ディナー?のテーブルをご披露する。
パソコンの不具合でメモ用紙に記録を記入しながらの無線運用となったが、全部で164局と交信する事が出来た。

細かい事は、

http://ja7ic.dxguy.net/P-Weapons/Jaff-pedi/jaff013_nozawaonsen-mura.html

を参照願いたい。

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日光・東照宮など

2011-07-10 | 自転車・サイクリング
普段の年なら4月から5月は小中学校の修学旅行にお付き合いするのだが、今年は、震災の直後の混乱のため、修学旅行を先送りした学校が多かった様だ。

久しぶりに小学生の修学旅行に同行して日光方面に行ってきた。



こんな写真を撮った事がなかった。陽明門の内側だが、例年だとこの場所に人が一人も居ない等と言うことは全く考えられない程に観光客が多い場所なのだが、本当に不思議だ。
それ程に観光客が減っているのだ。そして、外国人が殆ど見あたらなかった。

時間は、AM 11:30、団体観光客は予約した昼食の為も有るのだろう、一斉に引き上げてしまったと考えられるのだが、普段の年であれば、その団体さんが予約する食堂も時間で区切って順番にと言う事になるので東照宮の境内が空っぽに成るなど考えられなかった。
此処にも風評被害でしょうか・・



陽明門には、動物など色々な物が彫刻されている。画像はその中の中国の賢人の姿だ。



これは、囲碁か将棋を楽しむ姿もある。すべからく平和への願望が読み取れる。

家康が偉大だったのは全国を束ねて二度と戦争が起こらない様に画策した事だろう。此処に戦国の世が終わる鍵を開けた偉大な人物が眠っていると思うと感慨ひとしおである。



三猿も普段の姿だったし、東照宮の建造物は殆ど地震の影響は無かった様に見受けられた。



甚五郎の「眠り猫」も何時も通りの姿で迎えてくれた。



東照宮へ行く前に、華厳の滝を見たのだが、崩れた様子もなく、全く支障がなかったが、滝の展望台に居る写真屋は客足が少なくて寂しいと話してくれた。



矢板の「日光江戸村」もお客さんが少ないようだ。  画面の真ん中に子供を抱えたパパが写っているのと、その左側のスタッフの陰にベビーカーを押しているママが居るのだが、この一組以外は施設のスタッフしか見えない。寂しい江戸村だ。江戸村は、個人の入場料が高いので団体向きなのだが、入り口の駐車場には団体バスの姿が少なかった

華厳の滝や、東照宮も併せて、全体的に団体客が少ないのが感じられた一日だった。
コメント (2)
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