今年も須賀川市の通称「下の川」のソメイヨシノが開花した。
多分昨日開花したのだと思うのだが、昨日は見に行かなかったので写真は今日の開花状態だ。
今年は、寒の戻りで開花が予想より少し遅れた感じだが、今年も春が来たと先ずは一安心したところだ。
今年も須賀川市の通称「下の川」のソメイヨシノが開花した。
多分昨日開花したのだと思うのだが、昨日は見に行かなかったので写真は今日の開花状態だ。
今年は、寒の戻りで開花が予想より少し遅れた感じだが、今年も春が来たと先ずは一安心したところだ。
麦畑にうつぶせに伏せながら、頭を上げて振り向く様に空を見た。
もの凄い轟音が空を覆っていた。
大きな爆撃機が何十機も空を埋め尽くして、皆同じように南の方に向かっていた。
その日、授業が終わって、教室のお掃除をして、学校を出て間もなくのことだった。
福島県、石川郡小塩江村江持小学校 1年生の数名は、学校の少し先の通学路の両側には麦畑が広がっていた。
飛行機が来たら「親指で耳たぶを耳穴の上にかぶせて塞ぐ様にして、残った4本の指で目を覆って、その姿勢で地面に伏せなさい」と
先生に教わったとおりにして、皆で麦畑に伏せていた。
どの位の時間が掛かったのだろうか、やがてB29が通り過ぎて爆音が聞こえなくなって皆はホッとして道路に戻り家路を急いだ。
この日が何月何日だったか、ハッキリとは覚えて居ないのだが、多分、B29は東京に向かって行ったのだろう。
間違い無くその日は東京大空襲があった日だったと思っている。
私は、東京都荏原区で生まれて、その家に住んでいた。
昭和19年の春に旗台国民校の1年生になったが、3年生以上は、学童疎開で田舎の方に行ったので、学校には1年生と2年生しか居なかった。
その年の秋のことだった。
突然頭の上を1機の爆撃機が手が届きそうな超低空で東の方に向かって通った。
もの凄く恐ろしかった。
あとで伝え聞いた話で「戸越銀座あたりで空襲があったらしい」、誰から聞いたかも覚えて居ないのだが、兎も角現実にB29が頭の上を通ったことを経験したのだった。
間もなく父が招集されて家には母と妹と3人になってしまったので、母は子供2人を父の実家に預ける事になり、正月明けの3学期から江持小学校に転校したばかりだった。
戦争の記憶は、これだけでは無い、 歳が大きく違う従兄弟の1人が見習い海軍士官として沖縄で戦死した。
この人は、商船学校在学中だったが、彼は無線通信を専攻していた。
私が中学2年生のときにアマチュア無線に興味を持ち、国家試験に挑戦しようと決めたのには少なからず従兄弟の影響があった様に思う。
この年は、ロスアンジェルス講和条約によって日本が独立した年であった。
戦後80年を迎えて、戦争の記憶を知る人が少なくなってしまった。
ましてや、実際にB29をこの目で見た記憶のある人は限られるだろうと思ったので、自分の記憶を書いてみたのだ。
昼食にトースターでパンを焼き始めたとき、突然目の前で閃光火花が散ってトースターが停止した。
一瞬 何が起こったのか・・・
部屋のテレビは画面が正常で音もちゃんと出続けている。
事態を知るために落ち着かねば成らないと、火花が見えた辺りを調べることにした。
その結果、トースターを繋いだテーブルタップだけに電気が来ていないことが分かった。
テーブルタップのコードを辿ろうとしたが、コードが切れている事が分かった。
壁のコンセントに差し込んだプラグの根本で焼き切れていたのだ。
壁のコンセントに差し込んだプラグの根本から、コードが下にぶら下がる形になっていたのだが、コードの重みでプラグの根本に力が長年掛かり続けた結果、この箇所でコードが傷付き、芯線がショートしたらしいと分かった。
コードを引っ張る様なストレスが掛かっていた訳では無いのだが、長年のストレスでこの様な結果になった模様だ
今回は、見ている眼の前で起きたので直ぐに気付いたこと。
壁材が難燃性だったので火災発生とならなかったこと。
などが幸いだった。
今回のコンセントは、家具の後ろになって居て、長年放置されていた事が事故の原因だった。
同じ様な箇所が他にも有るので全て点検する事にした。
須賀川のサクラが開花した。
通称「下の川」本当は須賀川と言う川なのだが須賀川の須賀川のサクラが咲いたなどと首を傾げる様な事になるので、皆は下の川と通称で呼んでいる。
その下の川に沿って桜並木の開花を私の標準木として毎年ワッチしている。
写真は7日の朝に撮ったので可成りの数が開いていた。
去年は3月26日に開花して特別に早かったのだが今年は近年の平均的な開花時期となった。
一昔前には4月15日前後に開花するのが普通だったのだが近年、年々早くなって小中学校の入学式に間に合う様になった。
太陽活動が活発になって地球が温暖化する傾向にあるのだが、やがて冬に雪が降らなくなる様な事に成るのだろうか、余計な事まで心配になってしまう。
暖冬傾向のこの冬、雪がまともに積もった事は無かった。
今日の雪も道路は、ある程度地熱で溶けるので、靴が埋もれる程に積もっては居ないのだが、朝から一日中牡丹雪が降り続いている。
そこら中の木の葉には、湿った雪がべったりと着いて、庭一面か見事な銀世界だ。
この分では、夕方迄には、道路にもある程度の積雪になるかも知れないが、天気予報を見ると夜までは続かないみたいだ。
春うらら、暖かさを実感するなか、カメラ一式を持って会津方面に出掛けた。
第一の目的は春の景色の撮影だが、時々よそ見をすることもある。
そして今回、見つけたのが蕗の薹だった。
里では3月が旬の蕗の薹だが、少し標高が高いところ、所々雪が残っている辺りでは今が旬なのだ。
毎年4月末に裏磐梯の山中に咲く一本桜(オオヤマザクラ)を撮りに行くのだが、一通り撮影が済んだあとに周辺に自生している蕗の薹を採って帰るのがお定まりのコースなのだが、今年は一足早い収穫となった。
勿論、蕗の薹となれば「天ぷら」だ。
天ぷらを揚げることなど、年に1,2度しかやらないので、加減が分からないので、少し揚げすぎてしまった様に思うのだが、結構美味しくいただいた。
再来週ころには、家の裏のやぶで「タラの芽」の収穫を期待している。
さすれば、もう一度「天ぷら」を楽しめる事になるだろうと期待して居る。
今年も須賀川の須賀川のサクラが咲いた。
「須賀川の須賀川の」はややこしい・・正確に書くと須賀川市の須賀川と言う川の畔のサクラが咲いたのだ。
地元では面倒なので通称「下の川」って言っているが、余所の人には下の川では通じないので首を傾げる様な表現になってしまう。
26日は、雨が降っていたので、まさか咲いているとは思わずに通りかかったので、写真が撮れなかった。
ここに掲載の写真は27日の朝に撮ったものだ。
3月26日開花は、新記録だ、過去を思いおこしてもこれ程早く咲いたことは無かったと記憶している。
一昨年も早かった覚えがあるのだが、実はこの時期アマチュア無線の新しいデジタルモードのセットアップに夢中になっていていたので残念ながらサクラの開花を記録して無かった。
近年、開花がだんだん早くなっている様に思うのだがこれも地球温暖化の影響なのだろうか、暖かくなる事は生活の上では嬉しい事なのだが、それに依って不都合な問題も発生するのではと心配でもある。
今朝、キッチンで味噌汁を作っていたら、外でコジュケイが鳴いた。
この春、初めて聞いたコジュケイだ。
彼らも春を感じて恋の季節が来た事に気付いたのだろう。
昨夜、手元に有った細紐をいじっていて、出来上がったのが写真のキーホルダーだ。
紐は 4mmの登山用品のロープで、江戸組紐などと比べて可成り硬いので、この様な形にしても崩れにくい。
取り付けるキーは特に決まっている訳では無く、画面のキーは、写真を撮るために付けたもので、このキーの為に作ったホルダーでは無い。
将来、何かのキーをこのホルダーに取り付けて持ち歩くかも知れない。
その程度の軽い気持ちで出来てしまった物だ。
今年も庭に梅が咲いた。
先ほど、ふと見上げて気付いたのだが、開花した花は可成りの数になるので、開花初日は一昨日、2月4日頃でなかったかと思う。
去年は、3月7日に開花したと書いた
また、一昨年の開花は2月7日だった。
今冬の12月には、朝の最低気温がマイナスに成ることが希なくらいに暖かだったし、一月の末頃になって本格手かな寒さが訪れたが、それも短期間で終わってしまった。
そして、立春と共に梅の花が咲いて、いち早い春の気配を伝えてくれたのは嬉しいかぎりだ。
この分で行くと桜の花便りも早めに伝わって来るのではと期待してしまう。