中国へ行った時のお話。
公園のベンチでサングラスをわきに置いた。
ふと気が付くと
横に座っていた男がボクのサングラスに手を伸ばそうとしていた。
ボクは思わずサングラスを掴んだ。
そしたら隣の男が思いもかけない言葉を発した。
「何するんだ、それは俺のサングラスだ。返せ!」 と。
それから押し問答が続いている。
―――――――――――――――――――――――――――
韓国へ行った時のお話。
公園のベンチでサングラスをわきに置いた。
ふと気が付くと
横にいた男がボクのサングラスをかけていた。
ボクは思わず言った。
「すいません、それは私のサングラスなんですけど、
返してもらえませんか」 と。
そしたら隣の男が思いもかけない言葉を発した。
「何言ってんだ。これはおれのサングラスだ」
取り返そうとすると
「近づいたらぶっ殺すぞ」 と威嚇する。
そうして男は平然とボクのサングラスをかけ続けている。
――――――――――――――――――――――――
二つともウソのようなホントの話である。
なんとも身につまされる話ではないか。
あまりにも現状を言い得て妙である。
村上春樹氏が、
東アジアの領土をめぐる問題について、
文化交流に影響を及ぼすことを憂慮するエッセーを朝日新聞に寄せている。
寄稿エッセー全文を載せておこう。
◇
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
―――――――――――――――――――――――――
彼を批判する気はさらさらない。
むしろ全くその通りだと思う。
が、
村上春樹を外して(意識しないで)読んでみると、どうか。
安酒の酔いに似て、
なんて行(くだり)は作家としてさすがだと思うが
何の解決策も示していない。
シリアも同様、
戦争はいけない、殺し合いはいけない、
争いはいけない、
など誰しも思い、誰しもいえる言葉だ。
それは政治家がやればいい、などと丸投げしてはいけない。
政治家に任せた結果がこうなのだから。
『「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」
という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ』
と結論付けてはいる。
そして、『それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなる』、という。
状況や次元および評価は全く異なるが
割腹で自害した三島由紀夫もある意味対極にあったのかもしれない。
(あれは一種のクーデターめいていたが)
もちろん、個人レベルで報復措置などある訳がない。
われわれは、原爆を落とした相手にも敬意を払う民族なのだ。
日本人は、静かな姿勢を示すことのできる唯一の国民である、
と言っても過言ではあるまい。
すくなくとも一人一人が、範となる態度を取るべきだ。
今や、経済のみならず
隣近所に中国、韓国の人はいっぱいいる。
そして、その方々は少なからず肩身の狭い思いをしているのではなかろうか。
蔑(さげす)む必要などさらさらない。
今まで同様、温かく接しよう。
それが我々にできる最小限の行動だろう。
サングラスなら差し上げてもいい。
ただ、島一つを差し上げましょうとはなかなか言えないのも事実だ。
過去にいつまでもこだわることなく、
未来の展望をしっかり見つめて
個人レベルでも今我々にできることをしよう。
それがいずれ大きなうねりになることは
言わずとも歴史が証明している。
【補足】
安部元総理が自民党総裁になった。
次の選挙で自民党が返り咲けば彼が総理大臣となる。
極右とみられる彼が隣国とどう接するか
よ~く考えて一票を投じたいものだ。
公園のベンチでサングラスをわきに置いた。
ふと気が付くと
横に座っていた男がボクのサングラスに手を伸ばそうとしていた。
ボクは思わずサングラスを掴んだ。
そしたら隣の男が思いもかけない言葉を発した。
「何するんだ、それは俺のサングラスだ。返せ!」 と。
それから押し問答が続いている。
―――――――――――――――――――――――――――
韓国へ行った時のお話。
公園のベンチでサングラスをわきに置いた。
ふと気が付くと
横にいた男がボクのサングラスをかけていた。
ボクは思わず言った。
「すいません、それは私のサングラスなんですけど、
返してもらえませんか」 と。
そしたら隣の男が思いもかけない言葉を発した。
「何言ってんだ。これはおれのサングラスだ」
取り返そうとすると
「近づいたらぶっ殺すぞ」 と威嚇する。
そうして男は平然とボクのサングラスをかけ続けている。
――――――――――――――――――――――――
二つともウソのようなホントの話である。
なんとも身につまされる話ではないか。
あまりにも現状を言い得て妙である。
村上春樹氏が、
東アジアの領土をめぐる問題について、
文化交流に影響を及ぼすことを憂慮するエッセーを朝日新聞に寄せている。
寄稿エッセー全文を載せておこう。
◇
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
―――――――――――――――――――――――――
彼を批判する気はさらさらない。
むしろ全くその通りだと思う。
が、
村上春樹を外して(意識しないで)読んでみると、どうか。
安酒の酔いに似て、
なんて行(くだり)は作家としてさすがだと思うが
何の解決策も示していない。
シリアも同様、
戦争はいけない、殺し合いはいけない、
争いはいけない、
など誰しも思い、誰しもいえる言葉だ。
それは政治家がやればいい、などと丸投げしてはいけない。
政治家に任せた結果がこうなのだから。
『「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」
という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ』
と結論付けてはいる。
そして、『それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなる』、という。
状況や次元および評価は全く異なるが
割腹で自害した三島由紀夫もある意味対極にあったのかもしれない。
(あれは一種のクーデターめいていたが)
もちろん、個人レベルで報復措置などある訳がない。
われわれは、原爆を落とした相手にも敬意を払う民族なのだ。
日本人は、静かな姿勢を示すことのできる唯一の国民である、
と言っても過言ではあるまい。
すくなくとも一人一人が、範となる態度を取るべきだ。
今や、経済のみならず
隣近所に中国、韓国の人はいっぱいいる。
そして、その方々は少なからず肩身の狭い思いをしているのではなかろうか。
蔑(さげす)む必要などさらさらない。
今まで同様、温かく接しよう。
それが我々にできる最小限の行動だろう。
サングラスなら差し上げてもいい。
ただ、島一つを差し上げましょうとはなかなか言えないのも事実だ。
過去にいつまでもこだわることなく、
未来の展望をしっかり見つめて
個人レベルでも今我々にできることをしよう。
それがいずれ大きなうねりになることは
言わずとも歴史が証明している。
【補足】
安部元総理が自民党総裁になった。
次の選挙で自民党が返り咲けば彼が総理大臣となる。
極右とみられる彼が隣国とどう接するか
よ~く考えて一票を投じたいものだ。