世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

今こそ、セイヒン思想

2009年02月19日 | 苦境
暗い話が多い。

マスコミをはじめとして、巷に悲壮感が漂っている。


こういうときこそ、セイヒンの思想が生きてくる。

通常 「清貧」 と書く。

清く貧しく、ということか。

だが、「貧すれば鈍する」 という。

これでは立つ瀬がない。


清貧の思想とは、本来、清く正しくという意味だろう。

ならば 『清品』 の思想と書き換えたほうが良い。



清らかで自由な心の状態を言う。

または、心の自由や優雅、高潔さを目指す考えだ。


世俗や財産、名誉や地位を捨て、またはあえて持たないことで、自由や山水を楽しみ、自然の美を愛でる心の流れを持つことだ。

孤独を恐れず、孤高に生きる。



しかしこれには、隠遁や放浪といったイメージが結びつく。

つまり、引きこもるか、彷徨うか、だ。


さきがけは、西行や蕪村、芭蕉、山頭火などが挙げられるだろう。

かつて、ヒッピーの一部がそれに近かったかもしれない。

いや、ここでも 「旅人」 と言い換えたほうがいい。


今風に言えば、

ロハスとスローライフとエコロジカルを足して3で割った生き方といえようか。


いずれにしても、貧しても鈍しない強い信念が必要だ。



「清く」、「正しく」、「美しく」 

「勤勉実直」

さて、またしばらく、隠遁でもしようか。