夕暮れとともに寒気が増していた。ただ見ると止まっているようにみえるオホーツクは、その実いっときとして止まっている時がないらしい。
「今夜は紋別に泊まるのですか」
氷原の中程まで来た時、紙谷がきいた。
(美砂曰く)「駅前の小山旅館というところに、泊ることにしました」
(中略)
昨夜、寝る前には、朝早く起きて、流氷の日の出を見るつもりだった。白く輝く氷原の先から朝日が昇ってくる。その時、蒼い海はどのように輝き、氷原に浅く積もった雪はどのように染まるのか。美砂は、昨夜、それを想像しながら眠った。
(中略)
昨日、流氷研究所を教えてくれた丸顔の女中が入ってきた。
「流氷研究所はいかがでしたか?」
「とても楽しかったわ」
一瞬、女中は不思議そうに美砂を見た。流氷研究所を見て、楽しいというのは、わからないと言った表情である。たしかに、研究所は楽しいというより、素晴らしいとか、感心した、とでもいうべきところなのかもしれない。
ただ、美砂は本当に楽しかったのだから仕方がない。
(渡辺淳一『流氷への旅』より)
既に紋別駅はなく、現在は、道の駅になっています。駅周辺で小山旅館を探してみましたが、残念ながら見つからず。道の駅近くの「あんどう」と言うレストランに入り、その旅館の所在地をマスターに訊ねてみました。旅館はレストランから歩いて数分のところにあるとのこと。
早速、その地を訪れてみました。しかし、すでに建物は取り壊され、空き地になっていました。まさに、この場所で美砂は泊っていたのです!
美砂が見た日の出は、どんなだったのでしょうか?
それにしても、低温研はいつまでも楽しく、そして、活気溢れる、若々しい研究所でありたいですね。