大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第109回

2022年10月24日 21時14分53秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第109回



「ふーん・・・」

いつの間にか葉月が紫揺の後ろに来ていた。
振り返ると昨日書いていた紙を葉月がながめている。 いつも昼餉の後に来るから、あとで破棄すればいいと思っていたのに、しっかりと見られてしまっている。

「わっ! わゎゎ」

〇 薬膳じゃなかった
〇 米が潰れると言った 食べ物を粗末にしてない いいことだ
〇 キョウゲンを大事に思ってる
〇 キョウゲンってけっこう良いフクロウ 最初と印象が違ってきた
〇 力の事を教えてくれた
〇 本を読ませてくれた チョイスして持ってきてくれた
〇 支えてくれた
〇 見守ってくれた
〇 一人ではないと言った

紫揺が取り返すが、時遅し。

「今回は悪口じゃないんですね」

ストンと紫揺の隣に座る。

「もし喜作が―――」

まで言うと、本当に嫌な顔をした。 喜作のことが根こそぎ嫌いなのだろう。

「そんなに嫌いなんだ、喜作のこと」

「うう・・・蹴り倒したいけど、蹴った足に喜作が触れたんだと思うとそれも嫌なくらい」

「ふーん、どれだけ喜作が心を入れ替えても?」

「無理無理。 まず生理的に受け付けない」

「そうなんだ。 じゃ、心を入れ替えた喜作が紫さまの力を知っているとして、紫さまに力の事を教えたらどう思います? ってか、紙にどう書きます?」

「まず話を聞くことが無いと思うけど・・・力の事って言われれば・・・。 あ、いや、それでも聞かない。 喜作が言うなんて嘘か本当かも分からないんだから。 マツリやシキ様が教えてくれるんだもん喜作から聞く必要ないし」

「うーん、じゃあ・・・。 紫さまがお腹ペコペコ、そこが何処なのかも分からない所に心を入れ替えた喜作がやってきて、そっとおにぎりを置いていきました。 喜作が置いたとは知らず紫さまは食べてしまいました」

「いや、誰が置いたか分からないものを食べるなんて、そこまで節操無くは無いよ?」

「例え話ですよ」

ふふっと笑うと続ける。

「お腹が満たされた紫さまは、後でおにぎりを置いたのは喜作だって知りました。 さて、この出来事をどんな風に書きます?」

「えー・・・」

「おにぎり一個でお腹が満たされないなんて言いっこなしですよ」

うーっと言いながら考えているようだ。 ある意味単純で助かる。 単純だからややこしくもあるが。

「おにぎりを・・・おにぎりを置きやがった」

一瞬目を見開いた葉月が大声で笑い出した。 腹を抱えて笑っている。

「そんな笑う?」

ヒーヒー言いながらなんとか笑いを治めると・・・いや、まだくっくと笑っている。

「おにぎりを置いてくれた、じゃないんですか? くく・・・」

「なんで喜作にそんな書き方をしなくちゃいけないの? って、葉月ちゃん笑い過ぎ」

声を立てずにまだ顔をくしゃくしゃにして笑っている。 器用な。
深呼吸を何度かして今度こそ笑いを治めたようだ。

「紫さまにとって、何々をしてくれた、と、何々をしやがった、っていうのはどこで違いが生じるの?」

「それは・・・うーんと、相手かな? ムカつく喜作に “してくれた” なんて思うはずないもん」

「それだけ?」

「うん? 他にあるかな? まあ・・・ “してくれた” って思うってことは、相手を認めて感謝してるんだろうな」

「マツリ様のことは認めてます?」

「またマツリの話?」

「はい。 認めて感謝してます?」

「まあ・・・。 力の事を教えてくれたのは大きいかな」

「ですよね」

葉月が紫揺の持っている紙を指さす。

「マツリ様が何々をしてくれた、って書いてありますもんね」

え? という顔をした紫揺が慌てて紙に目を落とす。
教えてくれた。 読ませてくれた。 持ってきてくれた。 支えてくれた。 見守ってくれた。

「あ・・・」

気が付いていなかったようだ。

「無意識に書いたみたいですね」

紙から目を離し葉月を見る。

「葉月ちゃん・・・目がカマボコ」

「ね、そろそろ認めません?」

頬を小さく膨らませ、上目遣いに見る。

「ふーん、その様子じゃあ、私が何を言いたいか分かってるんですね?」

「嫌いではない・・・らしい」

「強情―!」

「だって、言ってみれば喜作以外が何かをしてくれたら、してくれたって思うし書くもん」

「喜作以外の人って?」

「葉月ちゃんもそうだし、此之葉さんも領主さんも、みんな」

「民も?」

「当たり前」

「それってみんな紫さまが好きな人じゃないんですか?」

「あぇ?」

「あぇ、じゃなくて。 要するに、その好きな人の中にマツリ様も入ってるんでしょ?」

本当はもっと特別と言いたいが、徐々に攻めよう。

片頬をプクーっと膨らませる。

「はい、認めましたね。 では」

人差し指を一本立てて紫揺に見せる。

「紫さまが許せない程のチューをした相手なのに、どうして好きな人たちの中に入るんでしょーか?」

「ううぅぅぅ」

頭を抱えだした。

なにが引っ掛かっているのだろうか。 マツリのことを想っていると気付いて、何か困ることでもあるのだろうか。 それが引っ掛かっているのだろうか。 ましてやそれにも気付いていないということだろうか。
無意識に何々をしてくれたと書いていたくらいなのだから、指摘されるまで気付かなかったのだから、有り得るだろう。 それが全てとは言わないが。

「マツリ様ってイイ男ですよね」

「は?」

抱えていた頭を持ち上げる。 手はそのままだ。

「たしか・・・男のくせに髪が長いとか、白髪か、お爺さんかって書いてましたよね。 もう一度言っておきますけど、白髪じゃなくて銀髪ですけど」

「よく覚えてるね」

手を解除する。

「ロン毛とか銀髪が嫌なんですか?」

「見た目で判断する気はないし、長いからって不潔にしてるわけでもないし、銀髪はマツリのせいじゃないから」

宮に居た時にマツリが茶を飲んで眠ってしまった時、邪魔だろうと思って丸紐を解いた。 サラリと銀髪が落ちてきた。 手で持ってみるとまるで砂丘の砂のようにサラサラと手から零れていった。 撥ねてばっかりしている自分の髪の毛にはあり得ない程、綺麗な髪の毛だった。 ・・・だから三つ編みをしてみた。 サラサラ過ぎて編みにくかったけど、翌日にその型が残っていないか見てみたかった。

(ふーん、マツリ様の肩を持つんだ。 この方法もありかな?)

「でも日本であの髪の色は無いですよね。 行ったことないけど、東京とか都会に居る人みたいにチャラっぽいですよね?」

「まぁ、都会では色々な髪の色に染めてるみたいだけど・・・でもマツリを見てチャラっぽくはないでしょ」

「そうかなぁ・・・今どきの日本の服を着せて原宿とかに行ったらイイ男だけに女の子が群がりそう」

「うーん・・・日本の服を着てるイメージがわかない。 やっぱマツリには本領の衣装が似合うな。 それにあの話し方。 申せ、とか、言うておる、とか、時代錯誤で女の子が引くよ」

「いや、タイムトラベラーとかってよけい気を引くかも。 都会の人ってそれっぽいでしょ?」

コキンと首を倒して考える様子を見せる。

「マツリ様だって女の子が群がってきたらイヤな気にはならないと思いますよ」

「ナイナイ。 マツリに限ってナイ。 それに都会の女の子はマツリに似合わない」

それは女の子にマツリが似合わないのではなくて、マツリに女の子が似合わない、ということ。 あくまでマツリのことを考えているということ、だんだんと脈が出てきたようだ。

「それは紫さまが思ってるだけでマツリ様だって男ですよ? モテて嬉しくないはずないじゃないですか」

「・・・」

黙ってしまった。 言い過ぎただろうか。

「どうだろうね」

『我は想い人を大切にする、守る。 何と思われていようがな』
『我の想い人は、紫ただ一人』
あんなに言い合いをしてたのに、どうして急にそんな風に思ったんだろう。 たしかに幼い頃の杠と同じようなことを経験しているとマツリが知ってからは、怒鳴り合うこともなくなったと思うけど。

「葉月ちゃん・・・」

「はい?」

「塔弥さんのこと好きでしょ?」

「あら、ここにきてそんなこと訊きます?」

「そんなんじゃなくて。 なんて言っていいのかな、塔弥さんって胸を刺す人?」

杠が言っていた。 胸を刺す人と。

「ん? どうしたんです? 急に」

「あ、うううん。 何でもない」

葉月がにっこりと笑んだ。

「よく言いますよね。 うう~刺された~、とかって」

両掌を広げて胸の辺りに重ねて当て、嬉しいのか苦悶なのか幸せなのか分からない顔を作っている。

「え? サスペンス? ナイフで刺すんじゃないよ?」

「分かってます!」

今の演技に対しての評価がそれかと思うと、少々声も荒げたくなる。

「アニメでよくやってるじゃないですか」

黄門様と言い、次にはタイムトラベラーと言ったかと思うと、今度はアニメ。 日本に居る時にどれだけテレビを見ていたのだろうか。

「アニメはあんまり見なかったかな」

「あ、そうなんだ。 でもちょっとコミカルなドラマでもやってましたけど?」

ますます好みのジャンルが分からない。

「まっ、私の場合は胸キュンの方かな」

「胸キュン?」

ちょいちょいクラスメイトが言っていたのを思い出した。

「そっ、塔弥ってすごく頑張ってたの。 こっちが悲しくなるくらいに」

そう言われれば思い出した。 初めて塔弥を見たのは東の領土が持っていた日本の島にある領主の家だった。
ずっと俯いていた。 俯いていたのは、名前を名乗る前に顔を上げてはいけないからだとあとで知ったが、そうではなく、まとう空気が違っていた。 空気そのものが俯いていた。
あとに唱和の家に行った時も、初めて名乗られた時もそうだった。 硬く悲しい空気をまとわせていた。 誰も近寄らせないような、拒むような空気だった。

「だから守ってあげたいと言った方がいいかな」

「え?」

『我は想い人を大切にする、守る。 何と思われていようがな』

「母性本能がくすぐられたわけじゃないんだけど、頑張ってる塔弥を見てたら守ってあげたくて。 その内、胸キュン」

「あ? え?」

オチが説明不足ではないか? 詰めが甘すぎるのではないか? 

「色々ですよ」

「え?」

「人を好きになる始まりなんて人それぞれです。 理由や定義や条件なんてありません」

「でも。 杠が胸を刺す人って・・・」

「杠?」

本領で兄と思える人がいた、それが杠だと言った。
此之葉からは紫揺が兄と思え、兄と思われた方は紫揺のことを妹か弟だと思っている、紫揺がそう言っていたと聞かされていた。
すっかり忘れていた。 そう言えば昨日、杠が幼い時に両親を亡くしていたと聞いていた。

「ああ、此之葉ちゃんから聞きました」

此之葉に杠のことを話したのを思い出した。

「あ、うん。 そう」

「杠兄様(ゆずりはにいさま)って男でしょ?」

兄と思える人がいたと言っていたくらいなのだから男だろう。 それに紫揺が兄と慕う相手だ、呼び捨てになど出来ない。
紫揺がコクリと頷く。

「男には分からない女の気持ちがあるんです」

「え?」

「まぁ、男にも胸キュンはあると思いますが、男ってそこのところを口に出来ないってのもあります」

「あ? え?」

杠の言ったことに穴が開いていたのか?

「まぁ、紫さまが杠兄様の仰ることに―――」

「待って! 胸キュンって、胸が締め付けられること?」

え? という顔を見せた葉月だったがすぐに答える。

「当たり」

杠の言ってたことを思い出せば、胸を締め付けられる人とも言っていた。 いま葉月は男が口に出来ないことがあると言っていたが、杠は言っていた。 杠に穴など無かった。 杠には抜け落ちなど無かったと言いたい。

「杠も言ってた」

「うーん・・・女心をよく分かってるってことか・・・。 杠兄様って経験豊富なのかな?」

「え・・・」

「ま、男だしね。 それくらいの方がいいんじゃないですか?」

塔弥に爪の垢を煎じて欲しい。

「あ? え?」

紫揺が兄と慕う相手のことだ。 刺激が強すぎただろうか。

「単に世間をよく知ってるってことです。 人間観察が出来てるって言うんですか?」

「あ・・・うん」

多分頭の中がグチャグチャになっているだろう。
もしかして・・・。 紫揺はマツリのことを好きなのに気付いていないのではなくて、人を好きになるっていう感情を知らないのか? それを分かって杠はそう言ったのだろうか。

「紫さま?」

「んぁ? あぇ? あ? なに?」

完全に脳みそグチャグチャだったようだ。

「日本で誰か好きになった人がいましたか?」

「うん。 一人だけ」

あれ? 勘違いだったか?

「でもそれは・・・勘違いだったみたい」

勘違い返しか?

「は?」

「えっと・・・器械体操を知ってるよね?」

日本を知っている葉月にだったら話しやすい。

「はい。 スポーツはテレビでめっちゃ見てました。 器械体操も見てました。 気持ちよさそうですよねぇー、男子の鉄棒から飛んでの着地。 女子の平均台はよくあんなのやれるなって思います」

全く以って葉月のテレビ番組の嗜好が分からない。

「日本に居る時、それをやってたの」

「あ? え? 紫さまが?」

お付きたちは知っているが葉月は知らない。

「うん。 葉月ちゃんがテレビで見てた程にレベルは高くないけど」

「床で捻りとかやってたんですか?」

いやに詳しい。

「うん、まあ。 って、そんなことじゃなくて・・・」

と、シキにも聞かせた、好きと思っていた相手の話をした。 好きと思っていたが、単に素晴らしい技をすることに対しての憧れだったようだった。 自分が似たような技が出来た時にその想いは消滅したと、勘違い恋愛の話をした。

「そっか。 じゃ、他にはないんですか?」

「そんなに沢山あるもの?」

完全だ。 紫揺は恋愛感情を知らない。 何か引っかかりがあるんじゃない。 少し前に思ったことを黒塗りにする。 二重線などではない。
さて、この歳ぶっこいて恋愛感情を知らない紫揺にどう分からせるか。
それに相手がマツリだ。 やっとマツリを認めたくらいだ。 先は遠そうに思える。 溜息をつきたいがそれを飲み込む。

「紫さま、杠兄様の良いところを聞かせてくださいますか?」

「え? 杠のいい所?」

テンコ盛りにある。
杠の笑顔、杠の声、杠の髪の毛一本さえも紫揺を幸せにするのだから。
淀みなく杠のことを話す。

(杠兄様、どんな人だろ、一度会ってみたいな)

杠のことを話す紫揺の口がようやく止まった。

「え? じゃ、もう会えないと思ってるってことですか? 杠兄様はまた会えるって仰ったのに?」

「だって、もう本領に行かないもん」

葉月が戸惑う。
もう本領に行かないと紫揺が言っている。 それなのにこのまま紫揺を煽(あお)り上げていいものだろうか。 マツリが来るのをただひたすらに待つだけでいいのだろうか。
そう思うと不安が再び心の中から浮き上がってきた。
紫揺がマツリへの想いに気付いてしまっては、その後に発展してしまっては、紫揺は本領に行ってしまう。
でもそれは分かっていたこと。
それが紫揺の幸せならばと抗いながら踏み切ったはず。

だが葉月の逡巡は短かった。

―――塔弥を信じる。

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