大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第84回

2022年07月29日 21時01分34秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第80回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第84回



「塔弥さん、教えて欲しいことがある」

やっと泣き止んだ紫揺。

「はい、なんでも」

「私が熱のあった時、誰かいたよね?」

「それは・・・領主も秋我も此之葉も己もおりました」

「それだけ?」

「え? ・・・どうしてで御座いますか?」

「他にいなかった?」

マツリからはマツリが来ていたことを、紫揺に言わないようにと言われている。 マツリから紫揺の熱の一番の原因はマツリ自身だと聞いている。 そのマツリが来ていたと言えば、ましてや紫揺の熱を下げたのがマツリだと知れば、紫揺がどう思うか分からない。
それに此之葉からの話、領主と秋我からの話しでは、紫揺とマツリは犬猿の仲ともいえるようだ。

だが・・・それでいいのだろうか。

「他とは?」

「だから・・・領主さんと秋我さんと此之葉さんと塔弥さん以外」

一人一人の名前をはっきりと連ねてくれる。

「他にどのような方がおられたとお思いですか?」

「・・・えっと。 ・・・分からないから訊いてる」

「己はそれ以外は心当たりが御座いませんが、紫さまが仰られるのであれば、戸の外にでもいたのかもしれません。 どなたをお考えでしょうか?」

「え? あ・・・戸の外。 そっか・・・」

「紫さま?」

「あ、ごめんなさい。 何でもない」

やはり何も言ってもらえないか。 塔弥の肩が下がるがこれ以上は訊けない。

「唱和様のお加減は?」

紫揺が話をかえた。

「葉月の料理のお蔭で幾分かは懐かしくお食べになられているようです」

「でも薬膳の方が身体にいいんでしょ?」

塔弥が含むように笑いながら言う。

「上手く薬草を取り混ぜているみたいです」

「そうなんだ。 葉月ちゃんってどれ程お料理が上手いんだろう」

「そのようですね」

「で? 葉月ちゃんにちゃんとそんな話はしたの?」

「あ・・・」

「してないの?」

「いや・・・、あの・・・」

「どっち?」

「そのようなことは・・・」

「してないんだ」

「まだ、その、己のような者には・・・」

「何言ってんの? 葉月ちゃん取られちゃうよ? それでもいいの?」

「あの・・・ですが・・・」

「私は葉月ちゃんにも塔弥さんにも幸せになってもらいたい。 そのお互いが心を寄せてないなら無理は言わないけど、二人が心を寄せてるんだから応援したい。 塔弥さんから言えないなら葉月ちゃんから言ってもらおうか?」

「そんな! その様なことは!」

「なら塔弥さんから言う?」

「・・・葉月はまだ・・・紫さまのことを案じております」

「へ?」

「葉月だけではありません。 此之葉もです」

「え、あ、いや、それは紫のことを案じるのは分かるけど、それと葉月ちゃんと塔弥さんとか、此之葉さんのことは違うでしょう?」

“私” ではなく “紫” という。 未だに紫揺の中で “私” と “紫” は区別されている。

「いいえ。 紫さまのことが一番です。 紫さまが心豊かになられないのに、葉月も此之葉も己を安泰にしたいとは思っておりません」

「それってどういうこと・・・」

「紫さまが何の憂いもなく豊かにおられて、やっと葉月も此之葉も、そして民も安寧できます」

紫揺が塔弥から目を外した。

「紫が・・・私が、心豊かじゃないって言いたいの?」

「先ほども申しました。 紫さまの中に憂いがあるのではと」

「・・・ないし。 勘違いだし」

「紫さま・・・」

「ね、塔弥さん。 お願いだから、葉月ちゃんを幸せにしてあげて。 そうだ、阿秀さんに相談するといいかも」

「阿秀?」

どうしてここで阿秀なのか?

「うん、阿秀さんの想い人は此之葉さんで、此之葉さんの想い人は阿秀さんで、二人はちゃんと話をしているから」

「はあ―――!?」

日本ではモテモテの阿秀だがこの領土では、お付きの間ではそうではない。 突然にあの朴念仁と言っていい阿秀のことを聞かされた塔弥だが、塔弥も同じようなものと思われている。

「第一歩を始めて。 でないと葉月ちゃん飛んで行っちゃう。 塔弥さんのことを想ってるのに、塔弥さんから何も言ってもらえないなんて、悲しくてどっかに行っちゃうよ? 塔弥さんに言われて私にプリンも作ってくれたり、唱和様にお料理を作ってくれてるのに」

「あ・・・でもそれは」

「それもこれもない。 たしかに塔弥さんに言われなくても、他の人から言われても葉月ちゃんは作ってくれたと思う。 でも塔弥さんに言われたら他の人から言われたのとは違う。 わかるでしょ?」

わかるでしょ、と言われて不遜になれない。

「紫さま・・・。 紫さまの仰って下さったことは肝に銘じます。 その代わりに・・・紫さまの憂いをお話し下さいませんか?」

こんなことを訊いて失敗に終わるかもしれない。 失敗で終らなくもっと大きく紫揺を傷つけるかもしれない。 それでも解決していきたい。 賭けに出るしかない。

「葉月ちゃんにちゃんと話してくれるの?」

先ほどまでは何のことかと言っていたが、この紫揺の問いは憂いに心当たりがあるということだ。

「はい」

「んじゃ、塔弥さんがちゃんと話したって葉月ちゃんから聞いたら私も塔弥さんに話す」

とても不自然な交渉。
だが塔弥はそれをのむしかない。 もとより、葉月のことを想っているのだから。



地下の者たち全員の咎が下った。
かかわった者たちでそれぞれ当てはまるものが違うが、罪状は誘拐、監禁、暴行、人身売買、略奪、窃盗である。 もちろん城家主などは全ての主犯である。

地下の者の間で監禁しようが、暴行しようが、それこそ殺害であっても本領が咎を下すことは無いが、今回は本領の者が被害者となっている。 本領から咎を言い渡す。

手下の一部が手首に焼き印を押され釈放されたが、その焼き印がある以上、自由には出来ない。 釈放されたと言っても結局地下に戻るだろうが、地下の者たちからも白眼視され、生きていくのに楽は出来ない。

焼き印は今後何かをした時、ほんの少しでもその者に関わった者や、特に大事であると家族すらも囚われの身となってしまう。
釈放された者以外、城家主と他に捕らえられた者は焼き印はもちろんだが、個人それぞれの年数は違えど労役となった。

城家主とそして近くに居た手下、喜作などは釈放されるに長い年数がかかる。 現段階で無期労役ということになっている。
罪状から言うと厳しすぎるのではないかという声が上がりそうなものだったが、そんな声はどこからも上がらなかった。

地下に戻すのを遅らせるというのが四方の目的であった。 もちろん年単位である。 四方としては終身でもいいのではないかと考えてもいる。

リツソのことは無かった事にした。 リツソのことを問えば吐いたであろうが、今の罪状で十分だ。 リツソのことを問う必要などない。 何よりここでリツソの名前が大々的に出てくると、また他に考えなければならない事にもなりかねないし、リツソへの説明も面倒である。

そして本人たちが知ることは無いだろうが、宇藤とその仲間が焼き印を押されなかったのは紫揺の功績と言える。

官吏たちにもそれなりの咎が下った。

たとえ家族が人質に取られ脅されていたとはいえ、官吏としての立場が問われる。 官吏としての免を取り上げることは無かったが、降格、左遷となった。

だが乃之螺だけは違った。 己から地下の者に近づいて行ったのだから、他の者と同じ扱いにはならない。
官吏の免は取り上げとなり一年間の労役、重大咎を受けたことの証として、その印(しるし)である刺青を手首に入れる。 万が一にもまた咎が下るようなことがあれば、今度は反対の手首に焼き印となる。

見張番は官吏とは立場が違う。 宮直轄の元にある。 四方がその咎を厳しく決めた。
捕まった見張番は全員その役から下ろされたことはもちろんのこと、三年間の労働を強い、その後は乃之螺と同じことを言い渡し刺青を入れることになった。

厨の女は何もしていないということで、尾能と同じ単なる被害者家族ということで治まった。

四方もマツリもやっと肩の荷を半分下ろすことが出来た。

「疲れた・・・」

四方が食事室の椅子にどかりと座ると、その後に続いてマツリも座る。 遅がけの夕餉である。

「結局出ませんでしたか」

「ああ、事実あったことは認めたが、相手のことは全く知らんようだ」

誰が商人の行程の情報を地下に送っていたか。 今日までに怪しい者が拷問も受けていたが武官は四方に首を振るだけだった。

最終日、城家主本人の立ち合いをしたのは四方だ。 そして喜作も。

四方にしてみれば今の地下のことは四方よりマツリの方が知っているからと、城家主と上の立場にあるものはマツリに任せようと思っていたが、良いのか悪いのか、刑部が気を利かせてその者たちを四方に立ち会わせるように手配をしたようだった。

「城家主も大概だが、あの喜作という者は・・・」

吐き捨てるように言う。

「どのような者でしたか?」

紫揺から喜作のことは聞いている。 紫揺の腕に喜作の指型が残っていたこともこの目で見ている。

「あれは・・・寄生虫だ。 城家主に寄生しておる。 それを邪魔する者には容赦がないと見えた。 城家主が売れると思った者にさえ、城家主の目を奪われたと思っていたようだ」

「売るというのに?」

「ああ、地下を出てまだ口も利けん幼子を捕えてきては売り飛ばしていたようだが、そこまでは良くても、ああ、良いわけではないが、働ける歳になった者に対しては憂さを晴らしていたようだ」

幼子は子供の無い家に売っていたが、働ける歳になっていた者は商い屋や豪商などの下男か下女として売っていた。 その者たちを傷つけていた。

今日までに売り先を明らかにさせていた。 明日から武官が動くことになっている。

「紫の報告から、報告書に子が居なくなったというのを何枚も見ていたのを思い出したが、殆どが地下の、城家主の仕業だったとはな」

吐かしてみるとかなりの数であった。

すっかり忘れていたが、そうだった。 紫揺が売られてしまうところだった。

(己はとんでもない間違いを犯してしまっていた・・・)

女だと知れると何があるか分からないから、剛度に借りた男の服を紫揺に着せた。 その服から坊と呼ばれる少年に見えた紫揺だったが、売り飛ばされていたのかもしれなかったのだ。

それに今の四方の話しからは、城家主は少なからず紫揺を気に入ったのかもしれない、そこそこの上玉だと思ったのかもしれない。 いや、もしかして自分の手元に置こうとしていたのかもしれない。 どちらにしてもそれが許せなかったから、喜作は紫揺に指のあとが残るほど締め上げたのかもしれない。

「寄生虫で終るつもりだったのでしょうか?」

「いや、いずれは喰いつくして己が地下を獲るつもりだったのだろうな。 そんなことを喚いておった」

席の前に膳が用意された。 ここのところ毎日夕餉が遅くなっている。 宮に仕える食付きの者も心得たようで、遅くなっても用意をして待っている。

出された夕餉を食べながら四方とマツリの会話は続く。

「・・・紫の腕の痣のことを憶えていらっしゃいますか?」

四方がピクリと眉を動かした。

マツリからは紫揺を奥に迎えたいと聞いてはいるが、それは叶わぬことと思っている。 だが痣と言われては放ってはおけない。
この本領で東の五色である紫揺の腕に痣を作ってしまったのだから。

「ああ、マツリが女人の湯殿に入った時のことだな」

まさか湯殿に入るとは思ってもいなかったが、あとでシキから聞かされて驚いた事この上なかった。

「湯殿に入る気はありませんでしたが、つい・・・」

マツリと四方の想いに温度差がある。

言葉尻をすぼめたマツリだったが、一呼吸置くと続けて言う。

「紫の痣は喜作が付けたものです」

「・・・」

四方からしてみれば誰が付けようが、そんなことはどうでもいい。 東の五色である紫に痣を付けたそれだけであって、その犯人探しをする気はない。 それに終わったことである。

「・・・それで?」

冷ややかに四方に言われ、己が一人先走ってしまったのが分かったマツリ。

「いえ・・・それだけのことで御座います」

四方はマツリの言いたいことは分かっている。 だがマツリと紫揺のことに首を突っ込む気はない。 一時マツリがどう思おうとも流れる話なのだから。

「城家主はどうでしょうか?」

「あれは・・・軽いか・・・」

「軽い?」

マツリは杠から聞く城家主の情報しか知らない。 城家主そのものの心底の気概など知らない。 そこまで城家主と打ち解けて話すことが無かったというのもあるが、城家主と打ち解けるという手を打たなかった。 それが一つの手であろうとも、己の立場を考えて城家主と打ち解けるなどということは有り得ないのだから。

それを思うと杠が城家主の懐に入って打ち解ければよかったのだろうが、そうなると杠を城家主の手下に入れてしまわねばいけなくなってしまう。 他からの細かな情報が入ってこなくなってしまう。
マツリが欲しい情報は城家主の情報ではなく、地下の者の細かな情報であったのだから。

「己を顧みることが出来ない者であるようだ」

「己が成功者だと思って幅を広げたということで御座いますか?」

「ああ、それに乗ってしまった手下だ」

「杠から “おやっさん” という者を聞いておりますが」

「ああ、ずっとその者が地下を治めておった。 だからわしも地下には安心していたのだが・・・。 城家主の話を聞いて・・・おやっさんを貶めたのは城家主のようだな」


城家主がはっきり言ったわけではない。 だが蛇か蜘蛛のような目をして迂遠に城家主が言った。

『おやっさん? へぇー、四方様ともあられるお方が、おやっさんの話をされるとは』

『おやっさんをどこにやった』

『さぁてね。 どこに行ったのやら』

とぼける城家主を武官が後ろから押さえ、文官が「ヒェー」と声を上げる中、四方がそのまま話を続けた。

『お前の父だろう』

『はっ、父ねぇ・・・。 まぁ、そこのところは否定しませんが? たしかに訪ねて地下に入ってきたことでもありますし』

『その父をどこにやった』

『さっきも言いました、どこに行ったのやら知りません。 そうですね・・・あの地下で何もかも治めようとしていたのを嫌った誰かにでも殺られたんじゃないんですか』

『やられた?』

四方の表情に武官が城家主を押さえ込む。 肩と腕を押さえられながら城家主が言う。

『地下だけじゃ何も動かない。 それなのに地下を平静に治めようとした』

城家主の目が光る。

『地下にそんなものは必要ない』

『お前が殺ったのか』


「貶めた?」

「喜作が寄生する者なら城家主もそうだ。 寄生し喰いつくす。 だがあのままであったなら城家主の上をいくのが喜作だっただろう」

「その “おやっさん” は今どこに?」

「城家主に殺されて闇に葬られただろう」

「・・・亡骸は」

「もう無いだろう」

四方が安心して地下を任せていた “おやっさん”。
四方も “おやっさん” のその後を聞いて心穏やかではないのだろう。
地下は安心できないところだ。 それは分かってはいたが・・・。 心に刻むしかない。

シンとした食事が続くかと思ったが、ついうっかり忘れていたことがあった。

「乃之螺の件ですが」

「ああ、どうだった」

他の者もそうだったが、官吏や厨の女など囚われていた者の関係者も呼ばれていた。 尾能だけは事前に四方の手でおさめてはいたが。

「稀蘭蘭と共に百藻も来ていまして」


『乃之螺を捕らえた。 よってこのまま我らにつき従うよう』

武官に刑部省からの令状を見せられ、稀蘭蘭が真っ青になっていたという。
たまたま百藻が家に居て、稀蘭蘭に付いて馬車に一緒に乗ったということだったが、何の嫌疑か分からない中、馬車の中で百藻と知り合う前に兄である乃之螺の様子がおかしかったと、その中で見張番に近づけなどと言われていたと話したそうだ。
そして決して兄に言われて百藻に近づいたわけではないとも話していたということだった。


「百藻が義理兄(ぎりあに)が迷惑をかけたと頭を下げておりました」

そして簡単に会うことが出来ない四方に深く謝罪を申し上げると。

「そうか。 まぁ、二人が落ち着いたのならばなによりだ」

肩の荷を全て落としたい、それなのに下ろせない。 誰が商人の行程の情報を地下に送っていたのか。

「我が官吏を一人ずつ視ましょうか?」

四方が白米をパクリと口に入れ咀嚼しながら考える。 ゴクリと飲み込むと口を開く。

「文官を怪しんでいるのを知られると士気に問題が出てくる。 それに万が一にも文官でないかもしれん」

「武官かもと?」

「いや、武官はまず有り得んだろう」

「まさか・・・下男や宮の者と?」

四方が頷いた。

有り得なくもない。 執務室や文官の部屋に堂々と早朝から入ることが出来るのは、掃除をする下男や下女、そして堂々とはいかないが、宮の者たちも目を盗めば入ることが出来る。

「とにかく地下の者は捕らえた。 これでもう地下の者から商人が襲われ略奪をされることは無いだろう。 その者が尻尾を出すまで待つしかない・・・か、もう尻尾も出さんかもしれんがな」

報酬を受け取らなかったというところが引っ掛かる。 金意外に何を手にしていたのだろうか。 それを思うと一日でも早く捕らえたいところだが。
建て直した共時に近寄れば、共時から何某かの連絡があるかもしれない。 無くてもその情報に共時が踊らされることは無いだろう。

「荷は下ろしたいが、今は待つのが一番だろう」

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