大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第16回

2021年12月03日 21時18分21秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第16回



マツリが頷く。

「その帖地は商人の行程を知っているのですか?」

「いや、仕事では関わるものではないが、人の居ない時に行程を書いたものなど見られよう」

「そんなに簡単に見られるものなのですか?」

「執務房に入ってしまえば、どこに書類があるかさえ知っておれば簡単に見られる。 それに執務房に上がって来る前に見ることも出来よう」

四方のいる執務室に上げてくる前に、官吏たちが働く部屋で見ることが出来るということだ。

「帖地は執務房のその場所を知っているのですか?」

「普通で考えると知らんはずだ。 だが知っているものと通じていたかもしれんとも考えられる」

「その者が悪意なく帖地に教えたと?」

「可能性としては低いがな」

そんなに簡単に執務室内のことを誰も言わない筈だ。

「それでは可能性として、執務房に上げる前の方が怪しいということになりますか」

「仕事房にいる者すべてに言えることだがな」

マツリが何度も頷いている。
仕事部屋に入ることが出来る文官は限られている。

執務室と仕事部屋は宮内にある。 宮内とは言ってしまえば四方の自宅になる。 文官にしろ武官にしろ、勝手に官吏が四方の自宅に足を踏み入れることなど許されないことであるし、宮内に入るためには官吏が自由に行き交うことの出来る場所とは区切られている門を通らなければいけない。 その門には門番が居る。

帖地の話は分かった。 汁物を一口飲むと話を変える。

「母上には申し上げませんでしたが、医者が言うには遅くとも明日の朝には、リツソが目覚めるそうです。 はっきりと目覚めましたらリツソを動かして地下からは一旦手を引きたいと思っております。 そして見張番の方に集中したいと。 リツソを動かしてよろしいでしょうか?」

「ああ、無理がないなら任せる」

四方も食事を続けようと箸を手にする。

「はい。 それと・・・医者は大事ないと言っておりましたが、紫が倒れました」

「な! なんだと!?」

葉物の胡麻和えを箸でつまもうとしていた四方の手が止まった。

「紫の声ではなく、紫の力でリツソは目覚めたようです」

「紫の力?」

「三辰刻、リツソに力を施していたようです」

「三辰刻!?」

「まだ力の事を知って二年にも経ちません。 我が身体を視てみましたが、無茶をして身体の限界を超えたものと思います。 紫の力と言っても、名ではない五色の紫の力を使ったようです」

「五色の、紫の力? まだ二年にも経たんのに、紫の力を使えるというのか?」

二年足らず前、初めて会った時に青の力を暴走させ光石を割った。 まだ力がうまく使えないと言っていたというのに。

「そのようです」

紫揺にそのような力があったとは簡単に信じられる話ではないが、否定するに何の根拠もない話でもある。 それどころかその可能性が低くはない。 東の領土の初代五色は紫の力を有していたのだから。

「まさか、とはこのことか」

「知識や経験が少ない、それ故、体への負担が大きかったかと」

「ああ、そうだろう。 だがそれが何の言い訳になるわけではない。 この本領で東の五色の身体に何かあってはどうにもいかん。 それがリツソの為にしたことなどと。 ・・・目覚めないということは無いな?」

「体力が戻ればとは思いますが、それがいつになるかは」

四方が苦い顔を作る。

「紫の回復力に賭けるしかありません。 我の失敗でした。 リツソに声を掛けるだけと思っておりましたので」

ヒトウカの冷えからハンの話を聞いていたというのに。

「過ぎたことを言っても始まらん。 とにかく紫を手厚くせねば。 今どこに居る」

「医者房です」

「紫はシキの所に行っていることになっておるのだったな」

マツリが頷く。

「人の出入りが少ないのは今のところ医者房かと」

四方が腕を組む。 医者部屋では手厚いとはとても言えない。

「シキの房は・・・。 紫には二人付いておったな」

「今は四人になっております。 増えた二人には我の手伝いをしてもらっているということにしております」

「目立たぬようにシキの房に布団を敷こう。 その四人が常に紫に付いておれば良かろう。 二人は紫に付いてシキの所に行ったことになっておるのだから、シキの房にずっとおり、残りの二人をシキの房掃除の当番にさせればよかろう」

「・・・」

マツリからの返事がない。

「なんだ? 納得できんのか」

「四人の女官の気が休まりませんでしょう」

「ではマツリの房にするか?」

「は?」

箸でつまんだ芋を取りこぼした。

「マツリの房には誰も入らんし、まず用がなければ近づくことも無いからな」

マツリ付きが居ないのだからそうなるし、誰にも掃除すらさせていなければ、掃除道具や着替えなどは部屋の前に置かせ、マツリ自身が部屋の中に持って入っているのだから。 だがシキの部屋は掃除もすれば、今でもシキの従者であった女官が前をウロウロとしている。

マツリが自分でてんこ盛りにした白飯を口に入れた。 白飯を噛み砕くとゴクリという音がしそうなほどに飲み込む。

「姉上のお房で」

こんな時、シキが居てくれればと思う。 部屋の掃除当番のことなど、男がしゃしゃり出て言うものではない。

「・・・いや待て」

半日何も口に入れていなかったのだ。 少し口に入れただけで腹が次から次にと欲しがる。マツリが次々と白飯とおかずを口に入れている。

「冗談で言ったつもりだったが・・・。 そうだな、マツリの房にしよう」

次々と口に入れていた物が喉を詰めそうになる。 ウグウグ言いながらなんとか茶で流す。 四方の顔を己の口から吐いた物で汚すことは無かった。

「何を考えておる、マツリはリツソの房で寝るということだ。 紫の事が気になれば己の房だ、いつでも見に行ける。 それにさっき言った女官たちの気が休めんというのも解決できよう。 なによりマツリの房であれば紫が見つかることはない」

「父上・・・、常識というものがありましょう」

「紫に何かあってはこの領土が困る。 それくらい分かろう。 ましてやあの事情の中の紫だ。 それを常識と比べてどうする」

四方の言いように片肘をつくとその掌に額を乗せる。

「皆が寝静まった時に紫を移動させるよう」

―――本気のようだ。

残りの肘もついて頭を抱えた。

結局そんな話になってしまい問題の話しが出来なくなってしまった。 とは言え、話そうにもこれ以上手持ちの札がない。 俤から聞いたことを頭の中で整理し、組み立てていかねばならない。 だがそれは官吏の話。 四方が考える話である。 見張番の事は疑われないようにさえすれば魔釣の目で直接視に行けば分かる。


四方との食事を終えると医者部屋に来た。

「・・・ということだ」

四人ともが夕餉を食べたと聞いた後に、苦々しい顔で四方に言われたことの説明をした。
分かりきっていたことだが、四人の女が驚いた顔をしている。

「とにかく、寝静まったら我の布団をリツソの房に、我の房の見つかりにくい所に紫を横たえらせる布団を敷いてくれ。 紫は我が運ぶ。 彩楓と紅香はその時まで紫に付いているよう」

皆が寝静まった時になったとは言え、夜中にフラフラと起きてくる者もあるだろう、年寄など特にだ。 板戸など持って運んでいては、いつ誰に会うかもしれない。

一方的に四人に言い、リツソを見に行くと言って医者部屋から出ると大きな溜息をついた。

作業所(さぎょうどころ)にやって来ると、リツソが居た部屋は言った通りに開け放たれていた。

「マツリだ」

どの部屋に移動したのか。 一つ一つの戸を開ければいいが、声を掛ける方が早いだろう。 一つの戸が開いた。 薬草師が顔を出すとマツリに軽く辞儀をし、戸を大きく開ける。
部屋に入ると相変わらずリツソは寝ている。
リツソの横に座ると薬草師が戸際に座った。

「変化はないか」

「・・・はい」

「医者は」

「休んでもらっています」

「苦労をかけるな」

「いえ、そのようなことは。 あの、紫さまは・・・」

「リツソと同じくまだ目が開かん」

「私の力不足で紫さまが・・・。 何と申し上げてよいのやら分かりません」

「そんなことはない。 紫は五色だ。 五色の力を使ってリツソを目覚めさせたのだろう。 五色でない者にそんなことが出来るはずもない。 今回の事は紫にしか出来なかった事やもしれん」

そう言い終えたマツリが後ろを振り向いた。

「倒れる紫を抱えてくれたそうだな」

「咄嗟に・・・その、五色様に失礼を・・・」

「・・・そうか」

「・・・」

マツリの言葉をどうとって良いのか分からない。

「夕餉は食べたか?」

「いいえ、まだ」

「昼餉も食べておらんのだろう。 食べてくるがよい。 暫くは我がここに居る。 休憩も入れてゆっくりしてきてくれ」

「ですが・・・」

「薬草師が身体を壊しては宮の者が困る」

「・・・」

手を着いて頭を下げるとそっと部屋を出て行った。
戸が閉められた。

閉められた戸をじっと見る。
何故己は薬草師にあんなことを言ったのだろうか・・・。 紫揺を抱えてくれたそうだな、などと。
わけが分からない。 頭をブルンと振りリツソの身体に向き合う。

「さて、どうやって見張番全員と話そうか・・・」

目を見なければいけないが、マツリが魔釣であることは誰もが知っている。 無言で目を見た日には魔釣をしていることが丸分かりだ。 相手に警戒されず、とりとめのない話でもしなければならない。

「剛度(ごうど)の手を借りるか・・・」

剛度は見張番の長だ。
時をあまり取りたくない。 それに紫揺と東の領土から本領に入った時、岩山で剛度の目を見た。 間違いなく禍つものは無かった。

もともと剛直な人間だ。 金が無ければ我が子を救えないと分かっていても、目の前に釣られた金などで動くはずもない人間。

こんな時にシキの目があると随分と楽なのにと思ってしまう。 何もかも視えるのだから。

「疲れてきたか・・・」

シキの力を羨むなどと。

なによりも一番疲れたのは、紫揺をマツリの部屋に寝かせると聞かされた時だろうか。 それとも紫揺をこんな目に遭わせたマツリの浅慮にだろうか。
ああ、そう言えばと思い出した。 カルネラを連れて来てやれば良かったと。

「ん? カルネラは一日中なにをやっておるのだ?」

これがキョウゲンなら居ても立っても居られないだろう。

「・・・ぅん」

リツソが枯れた声とともに指を動かした。

「リツソ、聞こえるか」

うっすらと目を開ける。 目の前がぼやけている。 頭がボォーっとしている。

「リツソ、母上が心配しておられる。 はっきりと目が開けられぬか」

「は、は・・・うえ」

「そうだ母上だ」

何かを考えようとする。 何かを思い出そうとする。 だが頭がボゥーッとして考えられない、思い出せない。 身体が重い。 瞼すら重い。 ゆっくりと瞼が下がる。

「水が飲めるか」

傍らに置いてあった水差しから湯呑に水を入れる。 リツソの身体を起こしてやり湯呑を口に充てそっと傾ける。 僅かにリツソの口に水が入った。 湯呑を口から外すとゴクリという音をたて水を飲んだ。 もう一度同じことをする。 ゴクリと飲む。
喉が渇いていたのだろう。 何度か繰り返して湯呑に入っていた水を全て飲んだ。

「目が開けられぬか」

リツソの瞼がゆっくりと半分まで上がる。

「あに・・・う、え」

「そうだ、我だ」

「あた、ま」

「頭が痛いか?」

「ぼーっ・・・」

「はっきりせぬのか」

「か、らだ・・・お・・・もい」

「体が重いか?」

僅かに頷いたリツソの瞼が再び下がった。
マツリがそっと体を横たえてやる。 そしてそっと布団をかける。

湯呑一杯分の水分は摂れた。 リツソの今の状態も分かった。 何より問われて答えたのではなく、自分から話した。 これはかなりの前進だろう。

医者が言っていたように明日の朝には目覚めるだろう。 粥か重湯を作ってやっておかねばいけないか。 厨に何と言えばいいだろうか。

「何の心配をしてるんだ俺は」

自嘲気味に笑う。
いつも叱ってばかりいるが、やはり我が弟。 その健康が気になるのは当たり前だ。
リツソの背をもたれさせていた立膝を下ろすと胡坐をかいて座り直す。

「報酬を得ている・・・」

つい前、剛度のことを考えた。 万が一にも金が無ければ我が子を救えないと分かっていても、目の前に釣られた金などで動くはずもない人間だと。

「子供、若しくは家の者が病気にかかっている。 そんな官吏が居るのだろうか」

それとも単に金に目がくらんだだけだろうか。 リツソのことを考えると、まさか城家主に家の者が攫われて無理矢理・・・いや、それでは報酬など要らないだろう。

「他に何が考えられる」

刻々と時は過ぎる。

「マツリ様」

小さな声が外から聞こえ戸が開いた。 入ってきたのは薬草師。

「少しはゆるりと出来たか?」

「充分に」

「リツソが一度目覚めた」

薬草師の顔が一瞬、喜びと安堵に包まれる。 だが次には厳しい顔になる。
マツリがその時の様子を薬草師に聞かせる。

「ご自分から症状を言われたのですね?」

マツリが頷く。

「良い傾向で御座います。 頭がはっきりしない間は自分の状態も分かりません。 問われても分からない程です。 それにマツリ様と判断されたのも大きな進展で御座います。 多分まだ目はかすんでおいででしょうが、目と耳の両方から入ってきたものを認識できておられるということで御座います」

深くマツリが頷く。

「リツソ様の先が見えて御座います。 ・・・あとは紫さまが」

「我が視た限り体力が戻れば済むはずだ。 あれは並みの女人とは違う。 走り回るし馬にも乗る。 体力はあるはずだ」

「え? あの、五色様とお伺いしましたが?」

「ああ、五色だ。 五色が馬に乗るなどと信じられんと思うが、今回はそれで助かるところがあるかもしれん」

「あんなにお小さい五色様であられるのに馬に乗られるとは・・・」

「身体は小さいが、あれでも23の歳になるそうだ」

この月で23になると東の領主が言っていた。

薬草師が豆鉄砲を食らった。

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