大福 りす の 隠れ家

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国津道  第54回

2021年07月23日 22時41分09秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第50回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第54回



大婆の家を辞した浅香と詩甫が長治に送ってもらって山までやって来た。 浅香は軽トラの荷台に乗るという生まれて初めての経験をした。

乗用車は誰かが乗っていってしまっていたということであった。 多分、女連中で買い出しにでも行ったのだろうということである。
そう言えば、この家で誰かを苗字で呼ぶとあちこちから返事が返ってくると聞いていた。 大家族なのだろう。

座斎に下ろしてもらったのと同じ所で止めてもらい、浅香は軽トラの荷台から跳び下り、詩甫は助手席から下りてきた。

「じゃ、ご連絡お待ちしています」

「ああ。 まっ、親戚連中が何を言おうと大婆は行くつもりだから」

そう言って浅香の背後を見る。 ここからでは山の中は見えない。

「何度もお社に行ってるって言っとったけど・・・」

「はい」

「本当に何もなかったのか?」

「はい。 素人仕事ですけど少し前にはお社の修繕もしました。 何もありませんでしたよ」

「・・・そうか」

修繕か・・・。 そう言えばかなりガタがきていると言っていた。 土地の者でない者が社を修繕したのを、この土地の者は知ることも無いということか。
別れ際、そんな話をして軽トラがUターンをして去って行った。 座斎のように何度も切り返しをすることはなかった。


そして今二人で肩を並べ階段の下までやって来た。

「もう危険がないと分かっていても緊張しますね」

その為にもやって来た。 薄はもう心改めたのだ、何の心配もないと分かっていても心配は尽きない。 ましてや大婆を危険な目に遭わすわけにはいかないのだから、自分達の目で身体で確かめなくては気が済まない。

「手、繋いでいいですか?」

「え?」

「ここを上るのにずっと集中するのって疲れるんですよね。 緊張してるとは言っても、もう安心だとどこかで思っていると気が散漫になってしまうと思うんです。 万が一の時の為に」

「あ、気が付かなくて。 そうですよね、疲れますよね」

詩甫は自分自身だけを守れば良かった。 だが浅香は他人を守らなくてはいけなかったのだった。 ましてや一度目に詩甫は薄の手にかかってしまっていた。 その後の緊張は計り知れないものがあっただろう。
だが今それは不要な物とは思うが詩甫とて言い切れない。

「じゃ」

そう言って浅香が手を出すと、詩甫がその手に自分の手を重ねた。

「行きましょうか」

浅香も詩甫も山の安全の確認に来たこともあるが、その後、花生や薄がどうしたのかが気にもなってやって来た。

何日か後に大婆がやって来て社に手を合わす。 以前なら朱葉姫に謝っただろう。 だが浅香の話を聞いて、もうそんなことは口にしないかもしれないが、何を言うかは分からない。
大婆が全てを一から話せば、それを聞いた何も知らない朱葉姫が疑問に思うだろう。

花生は全て終わった事と臭わすようなことを言っていた。 それは薄のしたことを朱葉姫に言わなくてもいいということであったが、薄が朱葉姫に何もかもを話し謝罪したのかどうかも分からない。

その後の話を訊くために、詩甫が瀞謝となって社に入る、または花生に出てきてもらう。

階段を上り切った。 何も不穏なことは無かった。

「なにかどこかで・・・」

浅香の口が止まった。
詩甫が前を見ている浅香を見る。 その浅香は決して厳しい表情ではない。 その浅香の顔が下がる。

「僕って小心者ですね」

「え?」

「まだ何かがありそうで、心拍数激バクです」

そう言われれば詩甫の手を握る浅香の手にじっとりと汗をかいているようだ。 集中力が散漫になるかもしれないと言っていたが、そんなことは無いのだろう、ずっと集中していたのであろう。

「浅香さん」

「はい」

「花生さんを信じて下さい」

「え?」

浅香が詩甫を見る。 まさに今が散漫である。

「花生さんはこの階段までいつも見ていらした」

それ以上上に行くことは無かった。 それはそれ以上行くと朱葉姫に花生の気を感じ取られるかもしれないからだった。

「山を上がるにこの階段は外せません。 そして階段の上の坂、お社までの道。 そこは曹司と朱葉姫が守っていたはずです」

「ええ」

「花生さんはずっとここで守っていらっしゃったと思います。 朱葉姫を脅かす誰か、お社に近づく良からぬ思いを持った者、その誰もがこの階段を上がることは出来なかったはずです」

「花生さんが?」

「戦のあった時には花生さんが抑えきれなかったかもしれませんが、その方たちですら、朱葉姫を脅かす方たちではなかった。 彷徨った者もそれは朱葉姫に害をなすものでは無いのですから、花生さんも通したでしょう」

「それって・・・」

「はい、朱葉姫を慕い、亡くなってお社に来た方々、その方々は皆、この階段を上がってきたはずです」

「ではどうして花生さんは薄を通したんですか?」

「どうして薄さんより花生さんが先に亡くなったと考えるんですか?」

「あ・・・」

そう言われれば薄と花生二人の姿を思い出した。 だがその姿とて自分が一番表わしたいときの姿である。 それでも薄の姿は花生より歳上であった。

「もしかして・・・薄は花生さんよりずっと年上?」

詩甫が頷く。

霊体が現す姿、それは霊体が一番思い出深い時の姿であろう。
薄は朱葉姫の兄に恋をしていた。 その時の姿を現しているはず。 花生は朱葉姫の兄と幸せな時を過ごしていた時の姿を現しているはず。

花生は艶っぽい姿であったとしても、それは内から出る色気や元々持っている仕草であって、年齢的には二十歳を少し越したくらいだろう。
対して薄は三十五歳前後。

「でも曹司が言っていましたが、曹司以外は朱葉姫が亡くなった頃の姿をしているそうですよ?」

「そうですか・・・。 疑われないようにでしょうか。 でも花生さんより薄さんの方が随分と歳上なのは間違いないでしょう。 花生さんが波夏真さんに見初められる前から薄さんはお館にいたということですから」

霊体が現している花生と薄の歳の差はおおよそ十五歳。 花生は波夏真と暮らしていた幸せの頃。 対して花生は朱葉姫が亡くなった頃。

花生が波夏真と結婚をして十五年後にまだ未婚の朱葉姫が亡くなったというのは考えにくい。 いくつの歳の差の兄妹だ、ということになる。 それに大婆が朱葉姫と兄の波夏真との年齢差は四歳と言っていた。

「他の方はどうか分かりませんが、花生さんと薄さんは亡くなってすぐにここに来たはずです」

「そういうことか・・・」

花生より薄の方が先に亡くなった、詩甫が言それは単純に年齢的にということである。
昔のことだ、どんな病が蔓延していたのか分からないが、きっと二人とも大きな病に侵されることもなく天寿を全うしたのだろう。

詩甫は花生がここに来てからはこの階段を上る者を花生がちゃんと見ていたと言っている。
この山の中に居るのは少なくとも花生が死んだ後には、花生の目に合格と押された者たちだけということ。 だから安心していいと。

「でも、浅香さんも私も知らない何かがまだあるかもしれませんけど」

「これ以上あってもらっちゃ困ります。 でも少し気が楽になりました。 そうですね、花生さんを信じればいいんですよね。 行きましょうか」

あの美しい人を信じればいい。 思い出しただけで鼻の下が伸びてきそうだ。

「はい」

坂を上り、目の前から木々の覆いがなくなると社の前までやって来た。
ここまでは前回も前々回も不穏なことなど感じなかった、と心の中で呟く。 まだ浅香の気はどこか張っている。

「先に曹司を呼ばせてください」

はい、と詩甫が答えようとする前に後ろから曹司の声がした。

「どうして手を繋いでおる」

曹司のその登場の仕方、台詞に浅香が眉間に皺を寄せ下を向く。

「・・・」

肩越しに振り返った詩甫が頬を少し赤らめ浅香との手を解く。

「褌(ふんどし)をしっかりと絞めておれば、そのような稚拙なことをしないで済むものを」

浅香が一つ大きく息を吐く。

「野崎さん、どうぞお社に向かって下さい。 この害虫は僕が相手をしますので」

「害虫とは誰のことだ!」

「曹司のことだよ!」

「亨! 先祖に向かってその言い方はなんだ!」

「先祖先祖って! 曹司は俺だろうが!」

「ややこしい言いようで逃げるのではないわ!」

「ややこしくしたのは曹司だろうが!」

「なにを!?」

「勝手に分霊なんかにしたのは曹司だろがっ」

曹司の手がプルプルと震える。

「亨・・・そんなに分霊が嫌なのなら、今すぐ切ってやる!」

震えた手を腰にある剣呑な物に添える。

「え? 嘘だろ?」

浅香が走って逃げる。 それを追う曹司。 放ったらかしにされた詩甫。

「浅香さん、曹司を信用してるんだ」

それはそうであろう。 浅香は曹司の分霊なのだから。 そして曹司は浅香の元の霊(たま)なのだから。 それを互いに知っていて今の曹司と浅香劇場がある。
詩甫が口角を上げる。 自分も朱葉姫と花が香るような劇場を作ってみたい。

浅香が置いていった荷物を手に社の前に進み出る。 半紙の上に供え物を置き、その横に花束を置く。 そして手を合わせ目を瞑る。
ふっと目を開けた時には社の中に居た。 目の前には朱葉姫が居る。

「いつもありがとう」

それは花束と供え物のことだろう。

「瀞謝、有難く思います」

「え?」

今、礼は聞いた。 他に何のことだろうか。

「瀞謝のお蔭でお姉さまがいらして下さいました」

改めて見ると朱葉姫の横には花生の姿があった。 斜め後ろに座っている一夜が誇らしげに美しい義姉妹を見ている。

「花生さん・・・」

花生がここに居るのは瀞謝が何かを言ったわけではない。 朱葉姫の言うようなことは何もしていない。 詩甫は一言も花生に社に行くようになどとは言っていない。 言ったのは薄と曹司だ。

花生が微笑む。

「瀞謝が居なければ薄と向き合うことが出来ませんでした。 瀞謝のお蔭よ」

花生が詩甫に話すのを微笑みながら聞いていた朱葉姫。 その笑みを薄くして詩甫に言う。

「薄から全てを聞きました」

「え・・・」

「お姉さまが居て下さったから薄は話してくれたのでしょう」

「朱葉姫・・・」

「心配せずともいいのですよ」

朱葉姫が微笑む。

「瀞謝は心配性ね」

「・・・薄さんは?」

辺りを見回しても薄の姿がない。 朱葉姫が制裁を加えることなどないはず。 それなのにどうして薄の姿がないのか。

「わたくしの力が衰えたと言っても、人の施した呪など解くことは出来ます」

どういう意味だろうか。

「薄は帰るべきところに戻りました。 今頃は疲れた心を癒しているでしょう」

薄は呪者に願った。 この社が朽ちるまで・・・この社が朽ちれば成仏すると。 そして呪者が薄の願い通り呪を施した。
まだ社は朽ちて潰れてはいない。 薄は戻れないはず、帰ることが出来ないはず。
だが朱葉姫が呪者の呪を解いた。
薄は戻ることが出来たのだ、帰ることが出来たのだ。

「わたくしたちもそこに戻ります」

「・・・え」

「瀞謝にそれを伝えたくて待っていました」

「待って!」

唐突な詩甫の声の大きさに朱葉姫が息を吸った。

「待って下さい!」

「瀞謝?」

「お願いします、あと少しだけ待って下さい!」



「なんだよそれ」

曹司から逃げ回り、小川のへりでようやく息をつけ、曹司から話を聞いた。

「話が分からんのか? その頭と耳、鍛え直してやろうか」

「曹司の方が鍛え直す必要があるだろ」

「なんだと!?」

「いちいち突っかかるなよ。 話は分かったよ。 でも俺と瀞謝はそれを望んでないんだけど?」

「姫様が決められたことだ」

「曹司はそれでいいのかよ、瀞謝は朱葉姫に民の笑顔を見せたいと思ってるのに」

「・・・」

「だろ? 返事が出来ないだろ。 朱葉姫を萎んだまま終わりにさせるなんて、曹司も願ってはないだろ」

「当たり前だ」

「瀞謝はお社を復活させるつもりだ。 つもりなんてもんじゃない、復活させる。 民も来る。 いや、一番に花生さんの子孫っつーか、遠くはなるけど血縁者がお社に来る」

「花生様の? どういうことだ」

「どういうも何もないよ、その時まで朱葉姫を説得するのは曹司の役目だからな」

「亨・・・」

「俺の分霊だろ? それくらいしろよな。 瀞謝は今ごろ朱葉姫と会ってる。 とっとと瀞謝と一緒に朱葉姫を説得してこいよ」

「己の分霊が亨だ。 己は亨の分霊ではない」

はぁー? そこかよっ! と浅香が言った時には曹司の姿はなかった。

「くっそ、身勝手なヤツ!」

朱葉姫を説得してこいと言ったのは浅香だ。 ましてやとっとと、とも言った。 どっちが身勝手なことを言っているのだろうか。

立ち上がると曹司に続くようにすぐに社に向かった。

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