大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第59回

2019年07月12日 21時21分02秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第50回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第59回


前に投げ出している自分の足を見ながら眉尻を下げた。 でも何もしていなかったわけじゃない。 その間リツソと話をしていた。 それは一日の内の僅かな時間であったが、その僅かな時間に色んな話をした。 色んなことを見て聞いた。 それがこれから自分が生きていくに必要なことかどうかは分からないが、考えさせられたところも十分にあった。

「でも、必要ないし・・・」

それは主にキョウゲンのことを言っている。

肩に乗るフクロウが、大きくなって人間を乗せるなど、紫揺の生きていく世界に必要な知識ではない。
前に投げ出していた両足を大きく開くとそのまま前に身体を倒していく。

「でも、リツソ君のことは気になる」

あの横柄な態度の兄上、そのマツリからリツソを開放してやりたいと思う。

「マツリ・・・」

気にくわない。 いっその事、マツリから教育をしてやろうかとさえ思う。
勿論、自分の考えがすべて正しいとは思っていない。 でも、あのマツリの言葉を思い出すと、兄という存在にドップリ浸かって分厚い座布団に座って、弟を軽視しているのではないかと思える。

「でもこれって、兄姉がいたら当たり前の事なのかな・・・」

倒していた身体を少し元に戻すと頬杖をつく。

そう言えば友達も言ってたな、と頭を巡らせる。
夜中のトイレに付き合わされるとか、使い走りをさせられるとか、何が気にくわないのか急に頭を叩かれるとか。

「けっこう文句を言ってたっけ・・・」

記憶の端に埋もれていた友達の言葉を掘り上げてみるが、その図が浮かばない。 到底一人っ子の紫揺には分からない話であった。


そしてこの日もリツソは来なかった。


「カミが居らん・・・」

人型をとった三つの内の影の一つが辺りを見回すが、どこをどう見渡してもカミの姿が見られない。 
ケミがゼンとダンを引き連れて帰って来た。

「アヤツめ! ムラサキ様を一人にしおって!」

憤慨するケミの肩をダンがグイと引いた。

「待て、ケミ」

今にもカミに噛みつきそうなケミに言う。

「カミはカミの考えがあって此処を離れたのではないのか?」

「考え?」

ジロリとダンを睨む。

「確かに・・・。 カミに考えがないとは言わん。 だが、ムラサキ様を一人置いて場を離れるという事は有り得ん」

「だが、お前の話からすると今領主はここに居ないという話だろう? 領主が居なければ、ムラサキ様を守る必要がないであろう」

ケミがダンをひと睨みする。

「確かにショウワ様からはそう言われておる」

「ではそれで―――」 言いかけたダンを畳み込むようにケミが言う。

「それだけではなかろう!」

ケミの気迫に押されダンが息を飲んだ。

「ケミ、何が言いたいのだ」 ゼンが言う。

ケミがダンとゼン二人を睨みつけるように目を流した。

「・・・よい。 悪かった。 今は二人でカミを探してくれ。 吾はムラサキ様の元にいる」

ゼンとダンが訝しく思いながらも、目を見合わせ互いに首肯するとその場から消えた。

「カミめ・・・」 ケミが一言吐いた。


翌日、朝から女たちがキッチンで忙しく働いている。 紫揺の居る離れの部屋までその音や声は聞こえないが、いつもリツソがやって来る窓を開けると、何某かの音や声が聞こえる。 楽しそうな話し声とその中の一つの音に、きっと裏手に回って薪でも割っているのだろうという音があった。

以前、皿を返しにキッチンを覗いた時、コンロらしきものは見当たらなく、その代わりとでもいうように、数個の置き竈(かまど)らしき物と七輪が見えたのを記憶している。 時折聞こえる会話から、きっと竈用の薪を割っているのだろうと想像がつく。

と、その時 「駄目よ帰ってきなさい!」 と慌てる声が聞こえた。 

声の方に目をやると見知らぬ男の子がこちらに走って来るではないか。 まだ3、4歳くらいだろうか。 寒さ避けに何枚もの布を身体に巻き付けてはいるが、それを撥ね退けるようにして走って来た。 そしてその男の子を追いかけるようにウダが走り出てきた。

男の子を追いながらも、紫揺の存在が気になっていたのであろう。 すぐ窓辺に立つ紫揺に気付いた。

「も! 申し訳ありません!」 

すぐに足を止め深く頭を下げたが、以前と比べるとずっと声が大きい。 外で何かをしていたのだろうか、薪を割っていたのがウダなのだろうか、以前、室内で見た時より厚着をしている。 何枚もの布を身体に巻き付け、頭にも髪の毛を収めるように布がまかれていた。

ウダの言葉に男の子も固まってしまい、その場に呆然と立っている。

「すぐに連れ帰りますので」

男の子の横に走り行き、その手を取る。

「いいですよ。 皆さん忙しそうだから、落ち着かれるまで私が見ていましょうか?」

紫揺の言葉にウダがこれ以上なく驚いた顔を見せた。 

「ウダさんのお孫さんですか?」

言いながら外に出ると男の子に近寄りしゃがみ 「お名前は?」 と聞く。

ウダも男の子もただただ硬直している。

「あ・・・、私じゃ駄目かな・・・」

まさかこんな小さな子にまで怖がられているのか、と、此処での自分の存在を掃き捨てたくなる。

「と、とんでもございません! は、はい。 私の3人目の孫です。 初めての男の孫で・・・ミノモ・・・と言います」

「ミノモ君ですか」

ウダからミノモと呼ばれている男の子に目を移した。

「ミノモ、ご挨拶なさい。 この方はちゃんと聞いてくださるから」

どういう意味かと首を傾げながら紫揺がミノモを見る。

「さぁ、ご挨拶は?」 ウダがミノモに促す。

「お・・・お早うごじゃいましゅ」

まだ歳幼い、たどたどしい発音で言葉を向けた。
ウダがミノモを見守る様に視線を向け、自然と握っている手に力がこもった。

「まぁ、お早う。 ちゃんとご挨拶ができるのね。 えらいね」

知らぬ間に自分がどれ程、恐がられているのかを計ろうとしていたが、幼児が懸命に挨拶する姿を見て、純粋にミノモに話しかけた。

「ミノモ君ってお名前ね。 お婆ちゃんは優しい?」

ミノモがウダを見た。 見られたウダが、お返事をしなさいというように、コクリと首肯する。

「ウダバァ大しゅき。 ウダバァお嫁しゃんにするの」

ウダにしては思いもしなかった言葉であった。

「ミ・・・ミノモ」

嫁である母親に気付かう気持ちは勿論あるが、それより何より、ただただ驚くだけだった。

「そう、ウダさん・・・ウダバァさんは優しいものね」

「うん」

「ミノモ君は幸せだ」

心からの笑顔を見せるとウダに向き直った。

「皆さんお忙しいんじゃないんですか? ミノモ君を見てますよ」

食べさせてもらってばかりでは気が引ける。 子供の相手が得意だとは決して言えないが、少しの間なら自分でも見られるだろうと思った。

「と、とんでもございません。 こうしてご挨拶させて頂いただけでも身に余ることです。 それに今日、領主と五色の皆さまが帰って来られます」

「え?」

紫揺の驚いた顔にウダがコクリと首肯する。

「今は長旅の皆様のお食事の用意をしております」

「あ・・・」

今まで聞こえなかった音や声が聞こえてきたのは、そういう事かと理解できた。

「あの、お忙しいとは思いますけど、ちょっと時間を割いてもらってもいいですか?」 

今、食事と聞いてセイハの台詞を思い出した。 『もっとまともな物が作れないのかしら』 という台詞を。 もし、これから食事のことでまたセイハが同じようなことを言ってしまったら、作ったものは気を悪くするだろう。 聞くチャンスを逃すかもしれない。

「・・・はい」 

何事かと思いながらも、紫揺と初めて話した時のことがある。 それはウダから見て紫揺は謹直と思える人柄であった。 それにセキのことも。 セキが紫揺に心開いて話していることも大きくウダの心を動かしていた。 だからウダから見て多少なりとも心置きなく話せると思える紫揺であるし、セキのことを教えてくれた、自分と対等に話してくれたその紫揺に何でも協力したい、浅くはあるが自分が知り得ることは提供したいと思う気持ちがあった。

「私から見て皆さんは私を恐れているみたいです。 それはどうしてなんですか? 私、皆さんに何かしたんでしょうか?」

「そんな! ムラサキ様が何かをされたなどという事はありません!」

思いもしない質問であった。

「でも、皆さん私のことを恐がっていますよね?」

「そ、それは・・・」

「どうしてだか教えてもらえませんか?」

「・・・ムラサキ様が・・・」

「・・・私が?」

私はムラサキではないと言いたかったが、今そんなことを言っている場合ではない。

「五色の方々と同じではないかと・・・」

ウダの言葉に驚きながらも、頭の中に記憶していたものを総動員して整理した。
そして、そうか、と分かった。

一つにアマフウと馬車で移動していた時の事を思い出した。 
カマイタチが起こすような、刃物のような、斧のような風を起こしたと瞬間、 一本の木の幹がスパンと切れ、先の枯れた枝が音を立てて幹が倒れていったことを。 それだけではない。 ヒオオカミのことが話題になったときのこともそうだ。 アマフウは気に入らなければすぐに切るということを聞いた。 
『たしか、気に入らなかった馬と、山から下りてきた野犬・・・』 と言うトウオウの言葉を途中で切った話を思い出した。

そうか、あの人達と一緒にされているのか。 アマフウだけではないであろう。 セイハの食事に対する言葉もどこか態度に出ているのかもしれない。 それともあれだけハッキリと言いたい性格のセイハだ。 『五色の方々』 と呼ばれる人間から食事のことで何か言われれば、肝が上がるだろう。 だから 『五色の方々』 が恐がられている。 そして行動を共にしている自分も同じように怖がられていたのか。 下を向くとゴクリと唾を飲み込んだ。

紫揺の表情を見て、悟ってもらえたと分かったウダだが 「ですが」 と言葉をつなぎ、五色の力によってこの領土は守られている、と言った。

それはここに来るまでのセイハたちのしていたことを考えると十分に分かる。 だが紫揺の聞きたかったことはどうして恐れるのかだ。 ウダからはそれに対する直接的な返答はなかった。 今紫揺が思ったことは紫揺の想像でしかない。

「ウダさん、五色と呼ばれる人たちによって、この領土が守られているのは分かりました。 でも、どうして守ってくれている人を恐れるんですか?」

「それは・・・。 あの・・・ムラサキ様は五色の方々とは違います。 私はそれを分かっています」

濁されたと思った。 正直に言ってくれるかと思ったが、問いには答えてくれない。 自分の知らない何かがあるのだろう、それは分かった。 でも言葉を言いなおそう。 『それは分かった』 ではなく 『それが分かった』 という言葉に。 そしてこれ以上の追及は無理だという事も。

「お忙しいのにごめんなさい。 有難うございます」

紫揺が言うとウダが深く頭を下げ、ミノモと呼ばれる男の子の手を引いて去って行った。
ウダとミノモの後姿を追い、その姿が消えると一言漏らした。

「今日みんな帰って来るんだ」

誰が帰ってこようがどうでもいいこと。 でも、そんな中にリツソが現れたらどうしようかと考える。

「リツソ君・・・」

一時でも早く現れて欲しい。 そしてこの状況を説明したいのに、あの日から姿を見せてくれない。

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