『虚空の辰刻(とき)』 目次
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- 虚空の辰刻(とき)- 第19回
「お早うございます」
紫揺の部屋にセノギを従えてムロイが入ってきた。 ソファーに座っていた紫揺の前に座る。
「昨晩はよくお眠りになられましたか?」 両手の指を組み肘を足にのせると相好を崩す。
その慇懃な態度に嫌気がさす。
「このお屋敷には来ないと言いました。 それに一日の猶予が欲しいと言ってましたよね。 どういうことですか?」 今までのような虫の鳴く声ではない。
「ああ、やはりお元気になって下さった。 そのままで屋敷の者とも上手くやって下さい」
「私は家に帰ると言いました」
「ええ、確かに伺いましたが、残念ながらそれを叶えてさしあげることは出来ません」
「どうしてですか!」
「屋敷の者と上手くやっていただけましたら、今度こそシユラ様に来て頂きたい所にご案内いたします。 そこですべてをお話いたします」
「本来ならお婆様が行く筈だったって所ですよね」
「ええ、そうです」
「そこにも行きません」
「なんてことを仰るんですか。 シユラ様もお婆様がどんな所に来られるはずだったかお気になるでしょう?」
紫揺の祖母、紫が帰りたいと願っていた場所であり、母親の早季もそこに帰りたいと願っていた場所なのかもしれない。 このムロイが早季の日記に書かれていた 『迎えの者』 なのならば。 そう思うとYesともNoとも答えられず口を引き結ぶ。
「ご納得頂けましたでしょうか?」 紫揺が目を逸らすとムロイが続ける。
「夕べも今朝もお食事をおとりにならなかったそうですね。 お身体によくありません。 昼食はとっていただきますよ。 さっ、食堂で食べましょう、屋敷の者達ももう席についているはずですから、ご紹介いたします」
巧言令色を以って接する態度に鳥肌が立つ。
「セノギさんからお屋敷の案内があると聞いていたのですが」
「ええ、食事が終わりましたらご案内させていただきます」
悔しいがとにかく今はムロイの言うようにしよう。 そうすれば屋敷の中を自由に歩けるのだから。 紫揺が無言でソファーを立つとセノギがクローゼットからショールを出して紫揺の肩にのせた。
ムロイを先頭に大階段で1階に下りると玄関ドアと思しきドアが右手に見えるが反対側に歩く。 左手に2つのドアがあるがそれを越して先を歩く。 両横には夕べ3階から見たように沢山の調度品や額が飾られている。
(これって、どんな趣味なのかな・・・) ボオっとして歩いていると後ろから声が掛かった。
「寒くありませんか?」
後ろを歩いていたセノギが声をかけるが、恨めしそうな顔を向け、その顔を横に振るだけだ。
大きな両開きのドアの前まで来るとセノギが前に出てドアを開けた。 肩にかかったショールをギュッと掴むとムロイに続いてドアを潜った。
食堂と言われて高校の学食を想像していたが全く違った。 ここにも廊下で見たような重厚な彫像があり、簡単に花瓶と呼べない程の巧緻な作品も置かれている。 天井にはシャンデリアが掛かっていて、そのガラスの一粒一粒がダイアのように煌いている。 ドアの正面には大きなステンドグラスが幾つも見える。 そしてそこに1人の後姿がある。 10人は座れるであろう長いテーブルにはテーブルクロスが掛けられてあり、その真ん中には花瓶に淡い色の花束が生けられてある。 そしてそこに座る2人と窓際に立っていた1人がこちらを振り向いた。
「待たせたな」
「待ちすぎてエコノミー症候群になるかと思ったわ」 窓際を離れると言いながら歩いてきた。
ムロイが椅子を引くと 「シユラ様はこちらに」 と、紫揺に座るよう勧めた。 そして隣の椅子を引きムロイも着席した。 初めて見る3人の正面に座る形。
すぐにムロイが言葉を発した。
「シユラ様、この者がキノラです」
窓際に立っていた黄色の瞳、30代前後であろうか。 緩いフリルのついた白のブラウスの上にグレーのショールを肩に掛け、スリットの入った黒い膝上丈のスカートをはいている。
「シユラ様? ムラサキではないの?」 椅子に座りながら言う。
「おい、ムラサキ様と呼べ。 それにこの方は今はまだシユラ様だ」
ずっと色素の薄い灰色の瞳を見てきただけに、突然に黄色の瞳を向けられて若干、紫揺の心が焦る。 それに今ムロイが言った 『今はまだ』 とはどういう意味なのだろうか。
「シユラ様、失礼をいたしました。 キノラの隣に座るのがセッカです」 と、紹介されたその瞳は赤い瞳だった。
「よろしく」 キノラと同年代であろう。 こちらは胸元に幾重にも大きなひだを利かせた暖かい色のドレスを着ている。
今までの生活で黒以外の瞳を見たことがない、あ、いやムロイと知り合ってからは色素の薄い灰色の瞳を見てはいるが、紫揺にとって黄色や赤の瞳などとは想像だに出来ない色の瞳であった。 ゴクリと喉を鳴らす。
「あら? 緊張しているのかしら? 可愛いのね」 赤い瞳のセッカが言うと、その隣に座るセイハが自ら自己紹介を始めた。
「私はセイハ。 仲良く出来ていけばいいわね」 青の瞳が囁やいた。
キノラ達よりは随分と若く見える。 服装もラフで明るい色のチュニックに下はスキニー姿。
「トウオウとアマフウはどうした?」
「ああ、あの人たちは勝手にやってるわ」 その2人とは交えないというようにセイハが言う。
「またか・・・」 ムロイが顔を顰める。
「今更じゃない。 何を言ってるのよ」 呆れたように言う。
「ああ、いい」 セイハに向けて言うとすぐに紫揺に目を向けた。
「シユラ様、今日はこの3人の紹介で終りますがあと2人、トウオウとアマフウという者がおります。 この2人は少々ヘソが曲がって・・・あ、いや、この次には紹介できるかと思います」
(ヘソが曲がっている?) 紫揺の頭の中にそれが記憶された。
「とにかくシユラ様、昼食を召し上がって下さい」
「ああ、シユラ様? 食事を拒否しているらしいわね」 キノラが言う。
「・・・」
「ちょっとー、ムロイー、私にはこの子をシユラ様なんて呼べないわ。 シユラでいいでしょ?」 セイハが言う。
「何を言うんだ。 お前の身の丈を考えろ」
「だって無理よ、こんな子を 『様呼び』 するなんて」
「あの・・・いいです。 紫揺で」
さっきは仲良く出来ればいいわね、って言っていたのにこんな子とは何を以ってそう言われたのであろうか、疑問が残るが 『様呼び』 などされたくない。
「そうよね、少なくとも私よりは歳下なんだから」 紫揺に向けて言うとムロイを一瞥する。
料理が運ばれてくるとそれぞれがフォークとナイフを持つが、紫揺は素知らぬ顔をしている。
「シユラ様、召し上がって下さい」
後ろからセノギが言うが微動だにせず前に見える彫像だけを見ている。
「シユラ? 食べなさいよ」
「ああ、あんまり食欲のない時にそんなに言っちゃあ可哀そうよ。 シユラ様、もしかして月の障りなのかしら? そんな時は食欲が出ないわよね、わたくしも同じよ」
恥ずかしげもないセッカの言葉に、紫揺が顔を赤らめ耳までも真っ赤になってしまった。
「男が居る前でそんな話をするものじゃないわよ。 ほら、シユラが赤くなっちゃったじゃない」
「セッカってそういう所の品がないのよ」
「キノラ、その言い方は何よ!」 バンとテーブルを叩く。
「おい、静かに食べられないのか」
「そうよお姉さま方。 ほら、シユラも驚いているじゃない」
確かに、先々刻までは微動だにせず一点を見つめていて、先程は耳まで赤くした紫揺が驚いて目を見開き、両手でショールを握りしめている。
「シユラ、こんなこと日常茶飯事よ。 こんなことで驚いていたら身が持たなくなるわよ。 ね、それに食べないとお姉さま方にまた下品なことを言われるかもしれないわよ。 そうじゃないのなら食べなさい」
「お姉さま方とはどういう意味? 品がないのはセッカだけよ、一緒にしないで」
言われセイハが肩をすくませペロッと舌を出した。
セッカが言い返そうと口を開きかけた時、ムロイが紫揺に顔を向けた。
「月の障りと言われましたら私には分かりませんが。 ・・・そうですね、こんなことは言いたくありませんが、食べて頂かないと屋敷の案内は出来ません」
紫揺がムロイを睨みつける。
「おや、そんなに怖いお顔はなさらないでください。 これでもシユラ様のお身体を案じているのですよ」
ムロイの台詞にセイハが鼻で笑う。
「屋敷の中をご案内させていただくまでは、部屋からお出にならないようにとセノギから聞いていらっしゃるでしょう? いつまで経ってもあの部屋に籠りきりというのは頂けないと思うのですが?」
と、セイハが突然立ち上がり紫揺の隣に歩いて行くと、テーブルの上のパンを一つ取り紫揺の皿の上に置いた。
「ほら、パンだけでも食べなさいよ。 あ、それとそのスープもね」 指をさしたのはカボチャのスープ。
「・・・」
無言の紫揺に背を向け歩きながら少し大きな声で言う。
「いつまで意地をはっててもどうにもならないでしょう? ムロイに仕返しがしたいのなら体力つけなさいよ」
「仕返しか、まぁそれもいいですよ。 とにかく食べて頂けましたらそれでよろしいので」
唇を噛みしめると振り返りセノギを呼んだ。
「・・・セノギさん」
「はい、如何いたしましたか?」
「このパンとスープを部屋に運んでもらってもいいですか」
セノギがムロイを見ると仕方ないといった様子で頷いた。
「はい、お部屋にお持ちいたします」
セノギの声を聞き終えた途端、紫揺が椅子から降りペコリと一礼してその場を後にした。 紫揺の足音を聞き、食堂を出たことを確信するとムロイが顔を顰める。
「我が儘な仔ギツネが」
「あらあら、そんなことを言っていいのかしら? シユラ様に告げ口しようかしら」 楽しそうな目を向けて赤い瞳のセッカが言う。
「勝手にしろ」 言うとその場を立って食堂を出て行った。
セノギが紫揺に運ぶパンとスープを盆にのせながら背中でムロイを見送る。
「セノギー、あれよね、シユラってカワイイ所があるのね」
「は? と、申しますと?」
「だって、私が言ったパンとスープをちゃんと食べるつもりなんでしょ?」
「ああ・・・そうですね」 珍しくセノギの頬が緩む。
「それじゃあ、それも持って行って」 言うとフルーツの皿を指さした。
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「お早うございます」
紫揺の部屋にセノギを従えてムロイが入ってきた。 ソファーに座っていた紫揺の前に座る。
「昨晩はよくお眠りになられましたか?」 両手の指を組み肘を足にのせると相好を崩す。
その慇懃な態度に嫌気がさす。
「このお屋敷には来ないと言いました。 それに一日の猶予が欲しいと言ってましたよね。 どういうことですか?」 今までのような虫の鳴く声ではない。
「ああ、やはりお元気になって下さった。 そのままで屋敷の者とも上手くやって下さい」
「私は家に帰ると言いました」
「ええ、確かに伺いましたが、残念ながらそれを叶えてさしあげることは出来ません」
「どうしてですか!」
「屋敷の者と上手くやっていただけましたら、今度こそシユラ様に来て頂きたい所にご案内いたします。 そこですべてをお話いたします」
「本来ならお婆様が行く筈だったって所ですよね」
「ええ、そうです」
「そこにも行きません」
「なんてことを仰るんですか。 シユラ様もお婆様がどんな所に来られるはずだったかお気になるでしょう?」
紫揺の祖母、紫が帰りたいと願っていた場所であり、母親の早季もそこに帰りたいと願っていた場所なのかもしれない。 このムロイが早季の日記に書かれていた 『迎えの者』 なのならば。 そう思うとYesともNoとも答えられず口を引き結ぶ。
「ご納得頂けましたでしょうか?」 紫揺が目を逸らすとムロイが続ける。
「夕べも今朝もお食事をおとりにならなかったそうですね。 お身体によくありません。 昼食はとっていただきますよ。 さっ、食堂で食べましょう、屋敷の者達ももう席についているはずですから、ご紹介いたします」
巧言令色を以って接する態度に鳥肌が立つ。
「セノギさんからお屋敷の案内があると聞いていたのですが」
「ええ、食事が終わりましたらご案内させていただきます」
悔しいがとにかく今はムロイの言うようにしよう。 そうすれば屋敷の中を自由に歩けるのだから。 紫揺が無言でソファーを立つとセノギがクローゼットからショールを出して紫揺の肩にのせた。
ムロイを先頭に大階段で1階に下りると玄関ドアと思しきドアが右手に見えるが反対側に歩く。 左手に2つのドアがあるがそれを越して先を歩く。 両横には夕べ3階から見たように沢山の調度品や額が飾られている。
(これって、どんな趣味なのかな・・・) ボオっとして歩いていると後ろから声が掛かった。
「寒くありませんか?」
後ろを歩いていたセノギが声をかけるが、恨めしそうな顔を向け、その顔を横に振るだけだ。
大きな両開きのドアの前まで来るとセノギが前に出てドアを開けた。 肩にかかったショールをギュッと掴むとムロイに続いてドアを潜った。
食堂と言われて高校の学食を想像していたが全く違った。 ここにも廊下で見たような重厚な彫像があり、簡単に花瓶と呼べない程の巧緻な作品も置かれている。 天井にはシャンデリアが掛かっていて、そのガラスの一粒一粒がダイアのように煌いている。 ドアの正面には大きなステンドグラスが幾つも見える。 そしてそこに1人の後姿がある。 10人は座れるであろう長いテーブルにはテーブルクロスが掛けられてあり、その真ん中には花瓶に淡い色の花束が生けられてある。 そしてそこに座る2人と窓際に立っていた1人がこちらを振り向いた。
「待たせたな」
「待ちすぎてエコノミー症候群になるかと思ったわ」 窓際を離れると言いながら歩いてきた。
ムロイが椅子を引くと 「シユラ様はこちらに」 と、紫揺に座るよう勧めた。 そして隣の椅子を引きムロイも着席した。 初めて見る3人の正面に座る形。
すぐにムロイが言葉を発した。
「シユラ様、この者がキノラです」
窓際に立っていた黄色の瞳、30代前後であろうか。 緩いフリルのついた白のブラウスの上にグレーのショールを肩に掛け、スリットの入った黒い膝上丈のスカートをはいている。
「シユラ様? ムラサキではないの?」 椅子に座りながら言う。
「おい、ムラサキ様と呼べ。 それにこの方は今はまだシユラ様だ」
ずっと色素の薄い灰色の瞳を見てきただけに、突然に黄色の瞳を向けられて若干、紫揺の心が焦る。 それに今ムロイが言った 『今はまだ』 とはどういう意味なのだろうか。
「シユラ様、失礼をいたしました。 キノラの隣に座るのがセッカです」 と、紹介されたその瞳は赤い瞳だった。
「よろしく」 キノラと同年代であろう。 こちらは胸元に幾重にも大きなひだを利かせた暖かい色のドレスを着ている。
今までの生活で黒以外の瞳を見たことがない、あ、いやムロイと知り合ってからは色素の薄い灰色の瞳を見てはいるが、紫揺にとって黄色や赤の瞳などとは想像だに出来ない色の瞳であった。 ゴクリと喉を鳴らす。
「あら? 緊張しているのかしら? 可愛いのね」 赤い瞳のセッカが言うと、その隣に座るセイハが自ら自己紹介を始めた。
「私はセイハ。 仲良く出来ていけばいいわね」 青の瞳が囁やいた。
キノラ達よりは随分と若く見える。 服装もラフで明るい色のチュニックに下はスキニー姿。
「トウオウとアマフウはどうした?」
「ああ、あの人たちは勝手にやってるわ」 その2人とは交えないというようにセイハが言う。
「またか・・・」 ムロイが顔を顰める。
「今更じゃない。 何を言ってるのよ」 呆れたように言う。
「ああ、いい」 セイハに向けて言うとすぐに紫揺に目を向けた。
「シユラ様、今日はこの3人の紹介で終りますがあと2人、トウオウとアマフウという者がおります。 この2人は少々ヘソが曲がって・・・あ、いや、この次には紹介できるかと思います」
(ヘソが曲がっている?) 紫揺の頭の中にそれが記憶された。
「とにかくシユラ様、昼食を召し上がって下さい」
「ああ、シユラ様? 食事を拒否しているらしいわね」 キノラが言う。
「・・・」
「ちょっとー、ムロイー、私にはこの子をシユラ様なんて呼べないわ。 シユラでいいでしょ?」 セイハが言う。
「何を言うんだ。 お前の身の丈を考えろ」
「だって無理よ、こんな子を 『様呼び』 するなんて」
「あの・・・いいです。 紫揺で」
さっきは仲良く出来ればいいわね、って言っていたのにこんな子とは何を以ってそう言われたのであろうか、疑問が残るが 『様呼び』 などされたくない。
「そうよね、少なくとも私よりは歳下なんだから」 紫揺に向けて言うとムロイを一瞥する。
料理が運ばれてくるとそれぞれがフォークとナイフを持つが、紫揺は素知らぬ顔をしている。
「シユラ様、召し上がって下さい」
後ろからセノギが言うが微動だにせず前に見える彫像だけを見ている。
「シユラ? 食べなさいよ」
「ああ、あんまり食欲のない時にそんなに言っちゃあ可哀そうよ。 シユラ様、もしかして月の障りなのかしら? そんな時は食欲が出ないわよね、わたくしも同じよ」
恥ずかしげもないセッカの言葉に、紫揺が顔を赤らめ耳までも真っ赤になってしまった。
「男が居る前でそんな話をするものじゃないわよ。 ほら、シユラが赤くなっちゃったじゃない」
「セッカってそういう所の品がないのよ」
「キノラ、その言い方は何よ!」 バンとテーブルを叩く。
「おい、静かに食べられないのか」
「そうよお姉さま方。 ほら、シユラも驚いているじゃない」
確かに、先々刻までは微動だにせず一点を見つめていて、先程は耳まで赤くした紫揺が驚いて目を見開き、両手でショールを握りしめている。
「シユラ、こんなこと日常茶飯事よ。 こんなことで驚いていたら身が持たなくなるわよ。 ね、それに食べないとお姉さま方にまた下品なことを言われるかもしれないわよ。 そうじゃないのなら食べなさい」
「お姉さま方とはどういう意味? 品がないのはセッカだけよ、一緒にしないで」
言われセイハが肩をすくませペロッと舌を出した。
セッカが言い返そうと口を開きかけた時、ムロイが紫揺に顔を向けた。
「月の障りと言われましたら私には分かりませんが。 ・・・そうですね、こんなことは言いたくありませんが、食べて頂かないと屋敷の案内は出来ません」
紫揺がムロイを睨みつける。
「おや、そんなに怖いお顔はなさらないでください。 これでもシユラ様のお身体を案じているのですよ」
ムロイの台詞にセイハが鼻で笑う。
「屋敷の中をご案内させていただくまでは、部屋からお出にならないようにとセノギから聞いていらっしゃるでしょう? いつまで経ってもあの部屋に籠りきりというのは頂けないと思うのですが?」
と、セイハが突然立ち上がり紫揺の隣に歩いて行くと、テーブルの上のパンを一つ取り紫揺の皿の上に置いた。
「ほら、パンだけでも食べなさいよ。 あ、それとそのスープもね」 指をさしたのはカボチャのスープ。
「・・・」
無言の紫揺に背を向け歩きながら少し大きな声で言う。
「いつまで意地をはっててもどうにもならないでしょう? ムロイに仕返しがしたいのなら体力つけなさいよ」
「仕返しか、まぁそれもいいですよ。 とにかく食べて頂けましたらそれでよろしいので」
唇を噛みしめると振り返りセノギを呼んだ。
「・・・セノギさん」
「はい、如何いたしましたか?」
「このパンとスープを部屋に運んでもらってもいいですか」
セノギがムロイを見ると仕方ないといった様子で頷いた。
「はい、お部屋にお持ちいたします」
セノギの声を聞き終えた途端、紫揺が椅子から降りペコリと一礼してその場を後にした。 紫揺の足音を聞き、食堂を出たことを確信するとムロイが顔を顰める。
「我が儘な仔ギツネが」
「あらあら、そんなことを言っていいのかしら? シユラ様に告げ口しようかしら」 楽しそうな目を向けて赤い瞳のセッカが言う。
「勝手にしろ」 言うとその場を立って食堂を出て行った。
セノギが紫揺に運ぶパンとスープを盆にのせながら背中でムロイを見送る。
「セノギー、あれよね、シユラってカワイイ所があるのね」
「は? と、申しますと?」
「だって、私が言ったパンとスープをちゃんと食べるつもりなんでしょ?」
「ああ・・・そうですね」 珍しくセノギの頬が緩む。
「それじゃあ、それも持って行って」 言うとフルーツの皿を指さした。