大福 りす の 隠れ家

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みち  ~道~  第223回

2015年07月28日 15時11分35秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~道~  第223回



毎日、正道からもらった本を読み直し、エネルギーボールを作る練習をしていたが、動物相手の会話はなかなか対象動物がいない故、それほど練習は進まなかった。

そして会社に行かなくなって1ヶ月が過ぎた頃電話が鳴った。 
悠森製作所の社長からであった。 
給料と退職金を振り込んだとの連絡だった。 そして追って、明細や必要書類を送るという事であった。 

電話を切ったが、その手は受話器から離れない。 受話器を持っている自分の手を見たながら思いにふける。

「そういえば今日はお給料日だったんだわ。 あ、健康保険証を返して国民保険と国民年金に切り替えなくちゃいけないわよね。 ・・・そうよね・・・もうここにいる意味が無いのよね・・・そうよね。 お給料の閉め日は過ぎてたんだものね。 6月もあと少しで終わるのよね。 引越しかぁ・・・」 受話器の上に置いていた手をやっと離したかと思った途端、また電話が鳴った。

「キャー! ビックリした」 慌てて受話器をとると

「はーい、暦ちゃんでーす。 琴音が退屈してないかと思ってお電話入れましたー」

「なんだー、暦?」 驚きの真ん中にいた心が安堵する。

「なにぃ? 気を使って電話したのになんだって何よ」 

「ゴメン、ゴメン。 今、会社からの電話を切ったところだったからビックリしちゃったのよ」

「あら? 会社がなんて?」

「お給料と退職金を振り込んだって」

「あら、お金持ちじゃない」

「スズメの涙よ」

「でもそのお金で引越し費用も出るでしょ? いつ引っ越すの?」

「それがまだ何も考えて無くて」

「退職金が入ったってことは会社の席は抜けてるんでしょ?」

「うん。 席はもう無いの」

「じゃあ、チャッチャと引っ越しましょうよ」

「え? 簡単に言わないでよ」

「いずれ引っ越すんならサッサとしちゃった方がいいじゃない。 それとも何か予定とかこっちでしなきゃいけない事とかあるわけ?」

「それは無いけど・・・」

「あーん、もう。 けど、何なのよ」

「全然腹が括れてないと言うか。 考えてなかったから」

「ふーん・・・。 ねっ、明日そっちに行ってもいい?」

「うん。 暇してるからいいわよ」

「じゃあ明日行くからね。 今日は何か予定でもあるの?」

「別に無いわよ」

「それじゃあ 部屋の整理をしておきなさい」

「は?」

「いつでも引越しの準備が進められるように、細かい物なんかを整理しておくのよ、分かった?」

「そんなに急がなくてもいいわよ」

「呑気な事言ってるんじゃないの。 無駄に家賃払っててどうするのよ。 おばさんも帰ってきて欲しいんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「別にバタバタ始めろなんて言ってないわよ。 少しずつでもいいから始めておくのよ、いい?」

「・・・分かった・・・」

「じゃあ、明日行くからね」 電話を切った。

「まぁね、そう言われれば家賃ももったいないわよね」 受話器を置いた手を離すと今度は和室に置いてあった携帯が鳴った。 

文香からの着信音だ。

「いったい今日は何なの?」 和室に行き携帯に出ると

「文香? どうしたの? 仕事中じゃないの?」

「うん、今 移動中」 

「移動中って、車?」

「そうよ。 なんで?」

「この間から気になってったんだけど運転中に携帯使ったら違反で捕まるわよ」 機械音痴の文香のことだ。 ハンズフリーなんて物は使わないであろう、と踏んでいた。

「あ、なんだ。 そんな事を心配してくれてたの? でも、それは大丈夫よ。 部下が運転してくれてるから」

「あ・・・そうなんだ・・・」 思ってもいない返答だ。

「で、話したい事があるんだけど話し続けていい?」

「あ、ゴメン、ゴメン。 用があって電話をくれたのよね、なに?」

「さっきまで奥様とお話してたのよ」

「あ、遠野奥様?」

「そうそう。 お知り合いがもうそろそろ帰ってこられるみたいって仰ってたから、琴音に伝えておこうと思って」

「そうなんだ。 ありがとう。 正道さんに伝えておく」

「それとね、獣医さんは考えていらっしゃるのかしらって仰ってたわよ」

「どうなのかしら・・・今までそんな話は聞かなかったけど」

「もし、当てがないのなら紹介できるっていう事も仰ってたわよ」

「そうなの? 正道さんに聞いておくわ」

「うん。 雑談の中の一コマだからいつでもいいわよ」

「わかった。 今度行ったときにでも聞いておくわ」

「ねぇ、琴音」

「なに?」

「引越しはいつするの?」

「やだ、文香までその話?」

「それってどういう事? 私以外の誰かも言ってるの?」

「暦おばあちゃん」

「え? なに? おばあちゃん?」

「あ、違う違う。 暦」

「ああ、暦さん? 暦さんも言ってるの?」

「文香の電話の前に暦から電話があって、無駄に家賃を払わないで引越しなさいって。それで細かい物をまとめておきなさいって言われちゃった。 明日来るって言ってたわ」

「そうなの・・・うん、そうね。 遠くになっちゃうのは寂しいけど、薄給の琴音なんだから無駄な家賃は首を絞めるだけよね」

「ハッキリと言ってくれるわね」

「事実でしょ?・・・あ、もう着くわ。 切らなきゃ。 じゃね、また連絡するわ」

「うん、有難う。 正道さんに聞いておくわ」 慌しく携帯を切った。

「引越しねぇ・・・」 切った携帯を眺めがら一人呟いた。 そして腹を括れたわけではないが

「とにかく明日暦に怒られないように、要らない物だけでもまとめておかなきゃ」 ゆっくりと立ち上がり、和室や寝室の押入れや引き出しを開けてみると 片付けられてはいるが必要でない物も沢山ある。

「こうやって見ると無駄な物が多かったのねぇ。 ボールペン、こんなに沢山要らないじゃない。 あーあ、こんなに沢山のCD、もう聞いてないのばっかり。 いつか使うかなってとっておいた紙袋・・・あれもこれも何を後生大事にとってたのかしら。 わぁ、いざ引越しとなるとこんなのも整理しなきゃいけないのよね・・・あ、こんなのが暦にバレたら怒られるだけじゃない。 明日までにソコソコまとめておかなきゃ」

物には寿命がある。 
その物との縁を終えたら、無駄に置いておくのは宜しくない。 
琴音に必要でなくなったのなら琴音にとってのその物との縁が終わったという事。 今度はそれを必要としている人のところに渡し、その物の寿命を全うさせるべきである。 

それにしても、そんなに暦が恐いのだろうか?

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