元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「鍵泥棒のメソッド」

2012-11-17 07:07:43 | 映画の感想(か行)

 監督・脚本を担当する内田けんじの腕の確かさに感心する映画である。オリジナル脚本で勝負する演出家は今時貴重だが、内田の場合はヘタな“原作付きのシャシン”よりも、ストーリーテリングの精度が数段高い。細部まで練り上げ、それでいて“策におぼれた”ような様子は微塵も見せず、余裕綽々でラストまで見せきっている。

 30歳をとうに過ぎてもまったく売れず、自殺まで考えるようになってしまった役者の桜井が、銭湯で転倒して記憶を失った殺し屋のコンドウの鍵を盗んだことで、まんまと互いの人生を入れ替えてしまうという設定が非凡だ。ちょっと考えると、二人の性格と職業は違いすぎてシチュエーションには無理があると思うのだが、両人とも人間関係の幅が極端に狭く、浮き世離れした稼業に従事しているという点では同じだ。

 さらに、入れ替えを不自然に思わせない(御都合主義一歩手前で巧みに踏みとどまった)ディテールの積み上げには抜かりが無い。桜井の住居環境や、コンドウの仕事の段取りなど、小さなところまで物語にマッチするように相当に作り込まれている。

 前半で撒かれた小ネタが中盤過ぎからイッキに収束して、終盤の意外な展開に雪崩れ込んでいく構図は、いつもながら唸らされる。また、この出来事を通して二人が人間的に“成長”していくプロセスを追っているあたりも心地良い。

 もちろん脚本がよく出来ていても演じる者がイマイチだったら失敗作にしかならないが、本作は堺雅人と香川照之という、邦画界きっての巧者が顔を揃えているので安心して観ていられる。二人の丁々発止とした演技合戦も見ものだ。コンドウの依頼主に扮する荒川良々や、事件の鍵を握る女を演じる森口瑤子もクセ者ぶりを十分に発揮している。

 ただし、ヒロイン役の広末涼子はどうでもいい。計画的婚活を実施する編集者の役だが、無表情で突っ慳貪なだけの奇を衒った表面的なキャラクターは、誰だって演じられるだろう。別の芸達者な女優に振った方が、もっと盛り上がったのではないだろうか。逆に言えば、広末の起用を除けば万全の出来であり、その瑕疵を考慮してもなお今年度の邦画の収穫であることには間違いない。田中ユウスケによる職人芸的な音楽も要チェックだ。

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