元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ふたりの桃源郷」

2016-08-21 06:38:58 | 映画の感想(は行)

 このドキュメンタリー作品の中で個人的に一番興味を惹かれたキャラクターは、不便な山奥の生活をあえて選んだ老夫婦ではなく、彼らを心配しつつも支える娘たちでもない。ズバリ言って、三女の夫である。彼は早くに両親を亡くし、十分に親孝行出来なかったという負い目もあり、妻の父母にありったけの親愛の情を示し、決して楽ではない世話も買って出る。さらに自身が経営する店も畳んで、老夫婦が住む山の麓に引っ越してくるのだ。

 そこには“妻の身内だから”という建前や単なる同情などを超越した、切迫した何かがあったに違いない。もちろん、映画はそれをあからさまに説明したりはしない。彼の行動を淡々と追うだけだ。しかし、だからこそ崇高とも言える彼の内面が滲み出てきて、観る側の心を打つ。この人物を登場させただけでも、この映画の存在価値はあると思う。

 本作はKRY山口放送局によるドキュメンタリー番組を、映画用にまとめたものだ。1947年、田中寅夫は復員を機に、住んでいた大阪から彼の故郷に近い山口県内に山を買い、開拓して野菜や米を作りながら3人の娘を育てる。61年に娘たちの教育環境を考えて大阪に居を移すが、還暦を過ぎた二人は79年に再び山奥に引っ越し、電気も水道も無い生活を送る。そんな両親を心配した娘たちは同居するように勧めるが、老夫妻はその提案を拒絶。やがて、娘たちも両親の生き方を理解していく。

 端から見れば、田中夫婦は何とも自分勝手な年寄りである。しかしながら、不自由な生活を心の底から楽しんでいる二人の姿を見ていると、こういう人生もあっていいと思えてくる。衣食住が完備された都会の生活は、彼らにとって便利ではあるが決して幸せなものではない。・・・・というか、人間の幸福というものは物理的な利便性だけでは決して推しはかることが出来ないことを、改めて思うのだ。

 そのことにいち早く気付くのが前述の三女の夫で、だからこそ彼は妻の両親のために精一杯尽くすのだろう。今は田中夫妻はすでに逝去しているが、その想いは残された者達に確実に受け継がれていく。理想的な家族の営みが、脈々と息づいていることに感銘を受ける。

 長い期間にわたってこの題材を追い続けた、佐々木聰監督およびプロデューサーの頑張りには感心するしかない。もちろん、田中夫妻が若い頃からの記録を数多く残していることも、この映画が成功した理由であろう。小回りの利く地方放送局のポジションを活かした製作スタンスも納得だ。ナレーションは吉岡秀隆が担当しているが、落ち着いた声でとても良い仕事をしている。

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