元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ドクター」

2007-05-06 10:13:02 | 映画の感想(た行)

 (原題:The Doctor)91年作品。主人公マッキーは、BGMを流しながら鼻歌まじりで難しい手術をこなしてしまう有能な外科医だ。地位も名誉もあり、暮らしは裕福だが、多忙のため近ごろ家族との対話が持てず、いつの間にか患者一人一人に対する思いやりをも忘れている。そんな彼がガンを宣告され、初めて患者の立場で自分の人生を見直すことになる。主演はウィリアム・ハート。監督は「愛は静けさの中に」(87年)に続いてハートとコンビを組む女流のランダ・ヘインズ。

 ひとことで言って、物足りない。理由は簡単、描写に力がないからだ。たとえば序盤のマッキーを取り巻く状況が的確に示されていない。主人公も周囲の人々も、通りいっぺんの描き方しかされておらず、いったい主人公の生活のどこに問題点があったのか、またそれがガンの告知という重大な事態によりどう変わっていったのか、ほとんど明確ではない。

 大病院の医師であるから、少しは仕事に対してドライになることだってあるだろうし、さばけない同僚をバカにすることだってある。だが、それがガン告知に際して思い悩むような事だろうか。死ぬほど後悔するような事であろうか。別にどうでもいいことなのではないだろうか。もしそれが主人公にとって重大なことだとしたら、映画はその理由を観客に納得させなければならない。

 たとえば、マッキーは本来はナイーヴで心の優しい性格だったのが、激務で周囲に対する思いやりを忘れがちになったことを強調して、ガン告知後の心境の変化を浮き立たせる、という形にすべきである(その際は、描写がワザとらしくならないように配慮するのはもちろんのことだ)。ところがこの主人公はガン告知前もそれなりに幸福な人生だったし、告知されてからも別に変わるわけでもない。脳腫瘍の末期患者である女性(エリザベス・パーキンス)との出会いもとって付けたようで感心しないし、ラスト近くでインターンたちに“患者の気持ちを汲み取れ”と説教するのも言い訳みたいな気がする。

 病気や事故で人生観が変わっていく、というテーマは黒澤明の「生きる」(52年)をはじめ傑作秀作がいくつかあるが、それらと比べてこの作品は弱い。切実さがない。第一、死を告知された人間の悩んだあげくの結論が、単なる“周囲への気配り”だなんて、ハードルが低すぎて無神経ではないか。とにかく、聾唖者と健常者との激しい恋を描いて観る者を圧倒した前作「愛は静けさの中に」と比較しても、描写力の低下は否めない。

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