元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」

2016-06-04 06:21:25 | 映画の感想(ま行)

 (原題:WHERE TO INVADE NEXT)観ている間は面白い。取り上げられている題材も興味深い。しかし、この作家が物事を表層的にしか捉えていないのは、相変わらずだ。ひょっとしたら、社会的・歴史的な深い考察を試みないのは彼だけではなく、アメリカ人自体の特徴ではないのだろうか。そういうことを考えてしまう一作である。

 大義名分を掲げて今まで世界のあちこちに出兵していったアメリカだが、いずれも良い結果に繋がらなかった。困ったアメリカ国防総省幹部は、政府にとっての要注意人物であるはずのマイケル・ムーアに相談を持ちかける。そこでムーアは、自身が国防省に代わり“侵略者”となって、ヨソの国から役に立ちそうなものを略奪するために出撃することを提案。彼は空母ロナルド・レーガンに乗船し、ヨーロッパを目指す。・・・・以上の前振りはもちろん“ネタ”に過ぎないのだが(笑)、要するにムーアによる欧州探訪記であり、そこで拾った面白い話を披露しつつ、外からアメリカのあり方を論評しようという仕掛けである。

 イタリアでは労働者に長期の有給休暇が付与され、しかも平均寿命はアメリカより長い。フランスの小学校の給食はフルコースが出てくる(対してアメリカのそれは猫のエサ並だ)。フィンランドの学校では宿題は無いが、生徒の学力は世界有数である。スロベニアの大学は学費がタダで、アイスランドの政界や財界は女性が元気だ。

 特に感銘を受けたのがノルウェーにおけるテロ事件の犠牲者の遺族が、決して犯人に対して極刑を望まないことだ。まさに“罪を憎んで人を憎まず”という姿勢が徹底しており、そこには崇高な精神が存在していることが窺われる。

 そして、これらの国では広く認知され実行されてきた概念、すなわち男女同権とか教育重視、労働者の権利の保障や福祉政策などは、実はアメリカが発祥であったことが示される。つまりは“ヨソの国ではちゃんとやっているのに、本家本元のアメリカでは全然成されていない。だからアメリカよ、しっかりせよ!”という筋書きを、例によって面白おかしい語り口で綴っているのである。

 なるほど、作者の言いたいことはよく分かる。しかしながら、それだけでは不足なのだ。大事なのは、どうしてアメリカはそんな体たらくなのか、その原因を探ることである。本作にはその姿勢が無いので、良く出来たテレビのバラエティ番組程度の訴求力しか獲得出来ない。

 とはいえ、ムーア以外のアメリカ人の映像作家にはそれが可能だったのかというと、すこぶる疑問だ。なぜなら、アメリカには“歴史”が存在せず、元々はイデオロギーだけで成り立った国だからだ。そんな国の住人にとって、自らを深遠な歴史観や思想・宗教観によって他国と比較することなんか、無理な注文だろう。

 ムーアの奔放な言動は健在で、他国の大統領とも会見出来てしまうのは驚く。だが、今回は必要以上の体重の増加と老いが目立ち、颯爽とした感じがあまりないのは心配だ。健康には気を遣ってほしい。

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