元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「カセットテープ・ダイアリーズ」

2020-08-24 06:20:10 | 映画の感想(か行)
 (原題:BLINDED BY THE LIGHT)音楽を聴くという行為の素晴らしさを、何の衒いも無く提示してくれる良作だ。かねてから思っていたが、映画を観て人生が変わるケースよりも、音楽に出会って人生の方向性を掴むことの方が多いのではないだろうか。それは映画が(ほとんどの場合)受動的なメディアであるのに対し、音楽は受動的であると同時に能動的でもあるという特性を持つからだろう。

 1987年、イギリスの小さな町に住むパキスタン移民の子である高校生のジャベドは、人種的偏見やパキスタン人家庭の伝統的な堅苦しい戒律に嫌気がさしていた。親友のマットはバンドをやっているが、彼の“これからの音楽はシンセと打ち込みだよ”という姿勢には同意出来ない。そんな中、ジャベドはイスラム系の同級生から奨められたブルース・スプリングスティーンの音楽に衝撃を受ける。



 ジャベド自身の悩みと、そのブレイクスルーの方法論を力強いサウンドで表現してくれるスプリングスティーンの楽曲に大いに感化され、何とかしてこの素晴らしい音楽を皆に広げるべく、彼は活動を開始する。一方、ジャベドの父は理不尽なリストラに遭い、一家は窮地に追いやられる。英国ガーディアン紙で活動しているパキスタン出身のジャーナリストである、サルフラズ・マンズールの自伝の映画化だ。

 ジャベドがスプリングスティーンのナンバーに初めて触れたとき、その歌詞が画面に大写しになっていく様子には笑ったが、音楽の影響の強烈さを表現する手法としては、効果的だ。それ以後、映画はロックのリズムさながら躍動し始める。ジャベドは何ごとにも積極的になり、ときには厳格な父親とも対峙する。ただ同時にそれは、自身が置かれた状況を見つめ直すことにもなるのだ。

 英国社会における移民の立場は、ジャベドにも変えようがない。しかし、スプリングスティーンの音楽が表現しているように、前向きに対処することは出来る。彼は音楽の持つポジティヴなヴァイブレーションを自身の生き方に投影し、周囲の者から一目置かれるような存在へと成長していく。そのプロセスは感慨深い。

 グリンダ・チャーダの演出はテンポが良く、各キャストの動かし方も上手い。そして、当時のイギリスの(サッチャリズム隆盛の)社会情勢をも浮き彫りにしていく。ヴィヴェイク・カルラにクルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラといった出演者には馴染みが無いが、皆良くやっている。スプリングスティーンの楽曲以外にA・R・ラフマーンがオリジナルのスコアを提供しているが、こちらも申し分ない。

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