元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「顔」

2021-11-20 06:59:25 | 映画の感想(か行)
 2000年作品。阪本順治監督と藤山直美(これが映画初主演)の組み合わせから予想されるコテコテの喜劇ではなく、あえてジットリとした犯罪ドラマにして、その中で随所にコメディ的センスを織り込もうとしている作戦が成功している。

 主人公の吉村正子(藤山)は、クリーニング屋を営む母親を手伝いながら家から一歩も出ない生活をしている、いわば“ほとんど引きこもり”状態の困ったおばさん。それが母親が急死した通夜の晩、ホステスをしている妹からキツい言葉を投げつけられたのにカッとなった正子は妹を絞殺。ここから数ヶ月に渡る正子の逃亡人生が始まる。82年に起きた、松山ホステス殺害事件の犯人である福田和子をモデルにして脚本化している。



 面白いのは、通常こういう犯罪逃亡劇では主人公がどんどん陰にこもって自暴自棄になるのに対し、犯罪がきっかけで世の中に出て行かざるを得なくなったこのヒロインの場合、逃げれば逃げるほどポジティヴで明るいキャラクターに変身していく点である。特に、豊川悦司扮する若い元ヤクザが、昔のしがらみから逃れられずに破滅していくエピソードがあるのは象徴的だ。

 ひと昔前の映画なら、この仁義を通すために孤独な戦いを挑んだ元ヤクザこそがヒロイックに描かれるはず。ところが、この映画ではヒロインを引き立たせるための些細なネタとしか扱われていない。そこには“どんなに孤高を気取ったヤクザだろうと、「社会性」という確固としたリファレンスの前では屁の突っ張りにもならない”という、作者のいい意味での達観があらわれていると思う。

 藤山は目の覚めるような快演で、その年の賞レースを賑わせた。なお、私は本作を某映画祭で観たのだが、舞台挨拶に出てきた彼女は意外にも(?)垢抜けた印象だがった(まあ、ちょっと太めだったけど ^^;)。

 豊川のほか、國村隼、大楠道代、岸辺一徳、佐藤浩市など、阪本作品に馴染みの深い面々がイイ味出しているし、渡辺美佐子、内田春菊、そして牧瀬里穂らの扱いも秀逸。中でもケッ作なのは酔っぱらいの労務者に扮する中村勘九郎(後の中村勘三郎)で、こういう方面の役を映画では中心にやってほしかったと思った。笠松則通によるカメラと、cobaの音楽が絶妙の効果。まずは観る価値満点の快作だ。
コメント
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