元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「スパイの妻」

2020-11-13 06:37:55 | 映画の感想(さ行)
 黒沢清監督作品としては、ひどくつまらない。話の設定はもちろん、展開やキャストの演技なども評価するに値しない。第77回ヴェネツィア国際映画祭での銀獅子賞(最優秀監督賞)の獲得は、いわば“功労賞”と言うべきもので、この映画での仕事に対して贈られたものではないことを認識すべきかと思う。

 戦前の神戸で貿易会社を営んでいた福原優作は、その手腕で妻の聡子と共に地元の名士としての人望も厚かった。しかし1940年に訪れた満州の奥地で、彼は国際問題にも発展する重大な事実を知ってしまう。優作はそのことを世界に公表しようと決意するが、軍当局はスパイ容疑で監視するようになる。やがて、優作は聡子と一緒に思い切った行動に出る。



 満州で日本軍によって行われていた重大な行為とは731部隊での一件であると思われるが、いくら企業経営者とはいえ、優作のような民間人が軍の機密事項に接触できるはずがない。そもそも、優作の主義主張には説得力がゼロだ。彼は“自分はコスモポリタンだ”と言い、軍の狼藉を広く知らしめようとするのだが、その目的はどうやら不当行為の告発ではなく、日本国の壊滅であるらしい。

 百歩譲って彼がコスモポリタンだとして、日本はもちろん世界中の国々の主権を否定してもよさそうなものだが、彼が欲しているらしいのは“日本のみの消滅”なのだ。しかも、軍の違法行為を目撃しただけで、簡単に極端なニヒリズムに走ってしまう。これではまるで性格破綻者ではないか。題名にあるような“スパイ”にも成りきっていない。こんなのに付き合わされる部下の竹下や妻の聡子こそ、いい面の皮だ。

 そして聡子が夫を疑うくだりにも、サスペンスは皆無。伏線の張り方がわざとらしく、観ていてシラけてしまう。終盤のオチは誰でも読めるし、それを登場人物たちが大袈裟に驚いているあたりは、もはや茶番としか思えない。黒沢の演出には今回は光る箇所は無く、凡庸な仕事ぶりだ。本作がテレビ番組の再編集版だということを差し引いても、彼らしい才気は認められない。

 出演者では聡子に扮した蒼井優が目立っていたが、彼女にとってはさほど“本気”を出せる役柄ではない。ラストの大芝居なども“軽く流した”程度に見えてしまう。優作役の高橋一生は物足りない。もっと海千山千の俳優を持ってくるべきだった。

 そして酷かったのが将校を演じた東出昌大で、相変わらずの大根ながら、出番は無駄に多い。くだんのスキャンダルで“消えた”と思っていたら、いつの間にか仕事が回ってきているという、日本映画界の憂慮すべき実態をあらわしている(苦笑)。映像面でも見るべきものは無く、良かった点といえば衣装デザインぐらいだ。黒沢監督には純然たる劇場用作品にて本領を発揮してもらいたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする