元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「遠い声、静かな暮らし」

2020-11-30 06:30:27 | 映画の感想(た行)
 (原題:Distant Voices, Still Lives )88年イギリス作品。しっかりと作られた佳編である。単なる家族ドラマの枠を超え、描く対象は幅広く、掘り下げは深い。監督のテレンス・デイヴィスはこれが長編処女作で、新人にもっとも権威のあるロカルノ国際映画祭での88年度グランプリ受賞作品である。

 1950年代のリバプール。この日結婚式を迎えたアイリーンの一家は決して裕福ではなかったが、大した災厄も無く、それまで人並みの生活を送ることが出来ていた。ただし、父親は早々に世を去っていた。アイリーンとメイジー、トニーのきょうだいにとって、父親は厳格で融通の利かない厄介な存在だった。



 彼は子供たちのやることに全て反対し、時には暴力を振るっていた。しかし、クリスマスにはそっとプレゼントをくれたり、優しいところもあったのだ。娘の晴れ舞台に父親がいないことは、家族にとってはやはり寂しい。メイジーとトニーもやがて結婚し家庭を持つのだが、いずれも平穏とは言えない日々を送る。ただ、それでも彼らの人生は続いていくのだった。

 回想シーン中心に映画は進んでいくが、これは単なるノスタルジーではなく、過去を描くことこそが現在と未来への意味を生み出すものだという、作者の時間に対する独特の見識が窺われるのだ。事実、本作で展開される過去の出来事は、文字通り“過ぎ去った”ことではなく、今も登場人物たちの傍らに寄り添い、これからも共にあることを示唆している。

 そしてその構図を効果的に表現せしめるのが、彼らが昔から愛唱していた当時の歌である。家族間の確執を赤裸々に描出することだけがホームドラマのメソッドではない。言いたいことも、それぞれの想いも、音楽に乗せて昇華させるという、この手法は作り手の冷静さと賢明さをあらわしており、観ていて感心する。また、音楽のリズムが演出のテンポとシンクロし、相乗効果が現出していることも見逃せない。そして、その表現方法は主人公の一家だけではなく、周囲の者たちの生き方もカバーしている。

 父親役のピート・ポスルスウェイトの演技は、彼の多彩なフィルモグラフィの中では上位に入る。頑固だが、人間味のあるキャラクターの創出は見事だ。フリーダ・ダゥウィーにアンジェラ・ウォルシュ、ディーン・ウィリアムズ、ロレイン・アシュボーンといった他のキャストも手堅い。ウィリアム・ダイヴァーとパトリック・デュヴァルのカメラによる、奥行きのある映像も見逃せない。
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