元・副会長のCinema Days

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「アイリッシュマン」

2019-12-09 06:25:25 | 映画の感想(あ行)

 (原題:THE IRISHMAN)久々に現れた本格的ギャング映画で、十分な手応えを感じる出来である。まさに“我々が観たかったマーティン・スコセッシ監督作品”そのものだ。しかしながら、Netflixの配信を前提にした一部劇場のみの公開、そして何より3時間半もの長尺といった形態は、今後映画ファンの間で議論を呼ぶことは必至だろう。

 第二次大戦のヨーロッパ戦線から帰還したフランク・シーランは、デトロイトでトラック運転手をしながら、様々な荒仕事を引き受けていた。そんな彼がペンシルバニアのマフィアの顔役であるラッセル・ブファリーノと懇意になり、そのファミリーの依頼で殺し屋稼業に明け暮れる。やがて全米トラック運転組合委員長のジミー・ホッファとも知り合ったフランクは、政界工作の片棒を担ぐまでになる。だが、ホッファがロバート・ケネディ司法長官と対立するようになり、そのスタンドプレイを煙たく思うようになったブファリーノ陣営は、フランクにホッファの始末を持ちかける。

 伝説の殺し屋“ジ・アイリッシュマン”ことフランク・シーランを中心に、60年代から70年代半ばまでのアメリカの裏社会を描く。登場するキャラクターの大半が実在の人物。特にフランクは若い頃とホッファ抹殺に至るプロセス、そして介護施設に入居して死を待つばかりの老年期と、3つの時制をランダムに並べ、それぞれに深い描き込みが成されているので重層的な大河ドラマとしての風格が出てくる。

 ホッファとブファリーノをはじめ、各登場人物は何とか時代の趨勢を自らに引き込もうとするが、所詮はヤクザ者でありアンラッキーな末路を待つばかり。アメリカにはマフィアや政治家をも牛耳る大きな勢力が存在しており、それは当時も今も変わらないという構図は、かなり重いものがある。

 スコセッシの演出は堂々としたもので、全盛時の力量が戻ってきたようだ。主演のロバート・デ・ニーロは、彼のフィルモグラフィの中では確実に上位にランクされる見事なパフォーマンスを見せる。アル・パチーノとジョー・ペシの演技も重量感があり、ボビー・カナヴェイルにレイ・ロマーノ、ハーヴェイ・カイテル、アンナ・パキンといった脇の面子も良い味を出している。そしてロビー・ロバートソンの音楽は素晴らしい。

 ただし、スコセッシがこれだけ腰を落ち着けて長時間の大作を撮り上げたのも、Netflixという媒体があってこその話だろう。劇場上映を最優先にして2時間程度に収めてしまったら、作品のクォリティがどうなっていたか分からない。これからは自在に映画を撮りたい作家は、ネット配信のメディアに流れてしまうという危惧も残る。このあたりの状況を注視したいと思う。
コメント
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