元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「崖っぷちの男」

2012-08-10 06:36:26 | 映画の感想(か行)

 (原題:Man on a Ledge)劇中、ニューヨークのホテルの上層階から飛び降り自殺をしようとする男を一目見ようと集まった野次馬たちの穏やかならぬ雰囲気が、作品に緊張感と奥行きを与えている。その中の一人が“人間、追い詰められるとああなるのだ。一部の金持ちばかりが富を独占し、大多数の国民が辛酸を嘗めている。誰だって彼みたいになってしまう可能性はある!”という意味のことを叫ぶ。

 こういう社会批判ネタはクライム・サスペンスである本作においてはモチーフの一つに過ぎないが、これがないとメイン・プロットは成り立たないほど重みがある。映画には世相が反映されるのは当然だし、また社会情勢を捨象してしまうとただの絵空事になる・・・・改めてそのことを認識した次第だ。個人的にはシドニー・ルメット監督の傑作「狼たちの午後」を思い出してしまった。

 ダイヤ強盗の罪を問われて収監された元ニューヨーク市警のニックは、スキを見て刑務所から脱獄する。その後、偽名でホテルにチェックインした彼は、遺書を部屋に残した後に窓の外に踏み出す。くだんの強盗の件は濡れ衣であるらしく、無実を訴えるために自殺という非常手段を選んだらしい。だが、この手の映画がスンナリと自殺劇を演出するはずもなく、この騒ぎの裏で着々ともう一つのプロジェクトが動いている。

 しかし、この“別働隊”の動きは実にぎこちない。強盗に遭った宝石商が所有するビルがそのホテルの近くにあるという見え透いた設定には目をつぶるとしても、いくら自殺未遂騒ぎの渦中にあるとはいえ、近くで爆弾を使用した“強制侵入”なんかをやらかせば、誰だって気付く。

 しかも使用した“機材”は置きっぱなしで指紋もベタベタと残し放題。想定される“不具合”についても行き当たりばったりの対応しか出来ず、これで成功するとしたらマグレに近いだろう。さらには主人公の説得に当たる女刑事の屈託やら、ニックの家族関係に関する言及やら、何かとサブ・プロットが多くてまとまりを欠く結果になったのが残念。もっと脚本を練り上げるべきだった。

 とはいえ、中盤を過ぎる頃になってくるとアクションが重層的に繰り出され、けっこう盛り上がる。特に終盤での主人公のアッと驚く“行動”には度肝を抜かれた。アスガー・レスの演出は際立ったところは無いが、ヘンなケレンに走らずに地道にストーリーを追うところは好感が持てる。

 主演のサム・ワーシントンは今回も大根っぽいのだが、直情型の主人公像にはよく合っていると言える。女刑事に扮するエリザベス・バンクスも、仕事に行き詰まったキャリアウーマンみたいな雰囲気を醸し出していて、なかなか良い。悪役に回ったエド・ハリスの存在感もさすがだ。邦題はイマイチだが(笑)、観ている間は退屈しない活劇編である。
コメント
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