元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「しあわせのパン」

2012-02-05 06:45:36 | 映画の感想(さ行)

 近頃ハヤリの“癒し系映画”の類だと思って期待していなかったが、最後まであまり気分を害さずに観ることが出来た。これはひとえに映像処理の非凡さゆえであろう。

 デジカムで撮ったと思しき平面的で奥行きのない画調。しかしパステルカラーを主体とした全体的な色付けが絶妙で、単に“絵はがきみたいな人工的なタッチだ”という批判を跳ね返すほどの、独自の美意識が横溢している。登場人物がまるで紙芝居の絵柄みたいに感じることもあるが、これはいささかリアリティに欠ける作劇をカバーする意味で効果的であるとも言える。

 都会から北海道・洞爺湖のほとりの小さな町・月浦に移り住み、宿泊も出来るパンカフェをオープンした夫婦と、そこにやってくる客達との触れ合いを、四季を通じて描く。素性不明の初老の男や、若い郵便配達員、ガラス工房を営む中年女性などが店の常連だが、彼らの描き方に深みがあるわけではない。それどころか、この夫婦がどうしてこの土地に根を下ろしたのか、どういうポリシーを持っているのか、まるで語られていない。

 東京からやってきた傷心のデパートガールや、両親の離婚に悩む女子小学生、思い出の地を再訪した老夫婦などの客達にまつわるエピソードも図式的で、ほとんど心に残らない。ただしこの凡庸極まりない話を、前述のような玄妙な映像処理をバックに流していくと、観ていてまるで肩のこらない“環境ビデオ”みたいな心地良さが醸し出されるのだから、映画というのは面白い。

 加えて、劇中に登場する料理が実に美味しそうで、その意味での満足感もある。ざっくりと切られる出来たてのパンや、甘く匂ってくるようなスープ類を見せつけられるに及び、映画館を出たら何か美味そうなものを食べていこうかという気になってくる(笑)。

 原田知世と北海道出身の大泉洋による夫婦のキャスティングは(少なくとも外見上は)感じが良い。光石研や中村嘉葎雄、渡辺美佐子、あがた森魚、余貴美子、森カンナといった脇の面子も、作品のリズムを乱すような我の強い演技設定は付与されていない。監督の三島有紀子は、登場人物の内面を抉るような濃い演出を好まないようだ。エクステリアの構築のみに専念するような姿勢は、これはひとつの作家性なのかもしれない。

 なお、本作のナレーターは夫婦が飼っている子羊のゾーヴァだと最初は思っていたのだが、実はそうではなく、ラストでその正体が明かされる。まあ、考えてみればありがちな設定なのだが、本作のカラーにふさわしいオチの付け方で、その点は納得した。矢野顕子と忌野清志郎によるエンディグ・テーマも良い。
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