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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「コンフィデンシャル 国際共助捜査」

2023-10-21 06:05:57 | 映画の感想(か行)
 (英題:CONFIDENTIAL ASSIGNMENT 2:INTERNATIONAL )前作「コンフィデンシャル 共助」(2017年)よりも面白い。とかく続編というものはヴォルテージが落ちるものだが、本作ではパート1とはまた違ったネタが次から次へと繰り出されており、最後まで飽きさせない。各キャラクターも十分に濃く、鑑賞後の満足感は大きい。

 犯罪組織のリーダーであるチャン・ミョンジュンがニューヨークで逮捕され、本国の北朝鮮に引き渡される運びになるが、途中で脱走。行方不明の10億ドルと共に韓国に潜伏し、南北高官会議を狙ってテロを仕掛ける。北朝鮮の捜査当局は刑事リム・チョルリョンを韓国に派遣するが、その相棒になるのが前回チョルリョンと組んでの大暴れで左遷されていたベテラン刑事カン・ジンテだ。加えてアメリカからFBI捜査官のジャックも韓国へやって来て、共にミョンジュンを追う。



 チョルリョンとジンテの掛け合いは前回を踏襲しており新味はないが、ここにジャックが加わることによって、ジンテの嫁と娘そして義妹のミニョンの興味がそっちに行ってしまうという玄妙な展開が楽しめる(笑)。また、捜査官3人のそれぞれの意図がまるで違い、皆それを隠して事に当たるのも面白い。

 ミョンジュンは単純な悪役としては設定されておらず、ある意味本当にあくどいのは別の者であったり、南北融和政策は建前でしかないという割り切りが挿入されるのは秀逸。アクション場面はとてもよく練られており、序盤のカーチェイスから中盤の銃撃戦、そしてクライマックスの格闘シーンと、手を変え品を変え楽しませてくれる。後半の活劇の段取りにおいて前半の伏線が回収されているのも感心する。

 前回に引き続いてメガホンを取ったイ・ソクフンの仕事ぶりは好調で、少々御都合主義的なモチーフが垣間見えるものの、淀みないストーリー運びの中に効果的なギャグを盛り込み、退屈するヒマがない。ヒョンビンとユ・ヘジンのコンビネーションは言うことなし。それにジャック役のダニエル・ヘニーが上手く絡んでくる。

 敵役のチン・ソンギュも存在感たっぷりだが、ミニョンに扮するイム・ユナ(少女時代)がめっぽう良い。品のあるコメディエンヌとして、これからも仕事が途切れることはなさそうだ。本国では前作に引き続いてヒットしているらしいが、三作目も製作してもらいたい。
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「グランツーリスモ」

2023-10-14 06:11:08 | 映画の感想(か行)
 (原題:GRAN TURISMO)一応は楽しめるのだが、「第9地区」(2009年)や「チャッピー」(2015年)で異能ぶりを見せつけたニール・ブロムカンプ監督作品としては、物足りない出来だ。今回は彼自身が脚本に参画していないことが大きいと思われるが、もうちょっと思い切った仕掛けを用意して欲しかった。とはいえ、題材自体は面白いので観て損はない。

 2005年、日産自動車のマーケティング担当責任者ダニー・ムーアは、ソニーが提供するレースゲーム“グランツーリスモ”のヘビーユーザーたちを本物のカーレーサーに育成するGTアカデミーの設立を提案する。その企画は実現し、世界中のこのゲームのトッププレーヤーたちが集められる。元プロサッカー選手を父に持つイギリス青年ヤン・マーデンボローの元にも、その招待状が送られてくる。ヤンは見事最終予選のゲームを突破し、世界で10人しかいないGTアカデミーの候補生の一員となる。厳しい鍛錬の後、ヤンは実戦でも結果を出すようになり、ついにはル・マン24時間レースに挑戦する。



 実話の映画化だが、とかく保守的と言われる日本の大企業、特に日産のような老舗の自動車メーカーがこのような思い切った施策を断行したという事実には驚くばかりだ。映画ではこの企画の立ち上げから運営、加えてヤンをはじめとするアカデミーのメンバーたちの描写を丁寧に追っている。レースの場面の迫力も申し分ない。しかしながら、いまひとつインパクトに欠けるのだ。

 登場人物たちは元々がゲーマーの寄せ集めなのだから、もっと大胆にヴァーチャルな世界が現実を侵食していくスリルを描くべきだった。せいぜいレース中に運転席がゲームのコックピットとシンクロする場面が挿入される程度で、これでは普通のカーレース映画と変わらない。それにライバルチームの存在感も足りておらず、従ってラストのカタルシスは大きくはならない。N・ブロムカンプの演出は今回は安全運転に徹し、破綻はないが意外性は期待できない。

 それでもダニー・ムーアに扮するオーランド・ブルームやチーフ・エンジニアであるジャック・ソルターを演じるデイヴィッド・ハーバー、ソニー側の担当者である山内一典役の平岳大らは的確に仕事をこなしている。ヤンを演じるアーチー・マデクウィやジェリ・ハリウェル・ホーマー、ジャイモン・フンスー、メイヴ・クルティエ・リリーといった面子も良好だ。なお、このアカデミーは2016年に終了しているが、また装いも新たにどこかのメーカーが手がけて欲しいものである。
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「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」

2023-10-07 06:09:15 | 映画の感想(か行)
 (原題:THE KILLING OF KENNETH CHAMBERLAIN)これはかなりキツい映画だ。正直言えば、食い足りない部分や納得出来ないモチーフもある。しかし、それらを差し引いても、十分に観る価値のある作品であることは確かだ。アメリカ社会が抱える問題の深刻さを炙り出すと共に、無理を通せば道理が引っ込むという、浮世の不条理に頭を抱えてしまう一編である。

 2011年11月19日、ニューヨークの下町のアパートに一人で住む70歳のケネス・チェンバレンは、ある朝誤って医療用通報装置を作動させてしまう。彼は双極性障害を患っており、通報は直ちに担当医療スタッフに繋がる仕掛けになっている。そこから管轄の警察署に連絡が行き、安否確認のため3人の警官がアパートにやってくる。ケネスはドア越しに通報は間違いだと訴えるが、警官たちは信じない。当初は丁寧に対応していた警官たちは、ドアを開けるのを拒むケネスに次第に不信感を募らせ、彼が何か犯罪に関わっているのではないかと疑うようになってくる。



 無実の黒人男性が白人警官に射殺された、実在の事件を映画化したドラマだ。83分の尺だが、これは事の発端からケネスが災難に遭うまでの実際の時間とほぼ一緒である。つまりは映画内の出来事と経過時間とがシンクロするという、いわゆる「真昼の決闘」方式を採用しており、これが臨場感の創出に大いに貢献している。

 警官が到着してからの経緯に関しては、ケネス側にはほとんど落ち度はない。警官が狼藉に及んだ理由は、ケネスがメンタル面でハンデを負っていたこと、そして黒人であったこと以外には考えられない。ケネスが言う通り、いくら“ドアをちょっと開けて確認させてください”と警官が申し出ても、令状の提示も無いのに応じるわけにはいかないのだ。警察が勝手な思い込みにより平気で市民の権利を蹂躙していく様子を見せつけられるに及び、アメリカ社会が抱える人種問題の深刻さを痛感する。

 もっとも、ケネスが親族が近くに住んでいるのに一人暮らしを選択している事情は窺い知れないし、かつて海兵隊員だった彼が現役時代に被ったトラウマに関しても説明不足だ。ただし、それらの瑕疵が気にならないほどデイヴィッド・ミデルの演出には力がある。主役のフランキー・フェイソンは熱演で、見事に不遇な主人公になりきっている。スティーヴ・オコネルにエンリコ・ナターレ、ベン・マーテン、ラロイス・ホーキンズといった他の面子の仕事も万全だ。ラストには関係者の実際の映像と事件の“最終措置”が紹介されるが、これがまたインパクトが大きい。
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「君は行く先を知らない」

2023-10-02 06:08:23 | 映画の感想(か行)
 (英題:HIT THE ROAD)当局側に目を付けられて、新作を撮ることも難しくなったイランの名匠ジャファル・パナヒ。その長男パナー・パナヒの長編監督デビュー作だ。父親の作品とは異なり本編は本国では公開禁止にはならず、国外の映画祭にも出品されている。ただし、その分切れ味が鈍くなり主題の扱い方も隔靴掻痒の感があるのは確かで、改めて国家権力と表現者との相克の深刻さを思わずにはいられない。

 イランの荒野をテヘランからトルコ国境近くを目指して車で旅する4人家族。ハンドルを握っているのは成人したばかりの長男で、助手席の母親はカーステレオから聞こえてくる古い流行歌を口ずさんでいる。後部座席には脚にギプスをした父親がいて、久々の家族そろってのドライブで興奮してはしゃいでいる小学生の次男をたしなめている。やがて車は目的地近くの村に到着するが、そこには仮面をつけた男が案内役が長男を“旅人”として村に迎え入れる。



 この旅の目的は最後まで具体的には語られない。父親は4カ月もの間、なぜかギプスを装着したままだという。途中で車に乗せる転倒した自転車レースの選手の扱いは思わせぶりだが、何か重要なことが語られるわけでもない。車内には余命わずかなペットの犬もいるのだが、大きなモチーフになってはいない。つまりは本作はそれらしいネタの前フリはあるが、回収されることは無いのだ。

 おそらくこの旅は長男の亡命を目的としていて、国境付近には思いを同じくする人々が集まっているのだろうと思わせる。テヘランの実家が抵当に入っていることや、次男が隠し持ってきた携帯電話が途中で捨てられたことも、それを暗示する。しかし、主題を表に出すことを躊躇している以上、インパクトには欠けるのだ。そのあたりを家族愛の描写でカバーしようとしても、虚しさだけが残る。長男の境遇を詳説しようとすると、それは即当局批判へ繋がる恐れがあり、製作自体が取りやめられる可能性があるのだろう。

 パナー・パナヒの演出はソツが無いとは言えるが、父親ジャファルと比べればやはり見劣りがする。ただし、モハマド・ハッサン・マージュニにパンテア・パナヒハ、ラヤン・サルラク、アミン・シミアルというキャストは申し分ない。イランの大地をとらえた映像は魅力がある。
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「きさらぎ駅」

2023-09-22 06:07:21 | 映画の感想(か行)
 2022年作品。お手軽なホラー編で、別に評価出来るような内容でもないのだが、ちょっと印象に残る部分もあり、観るのは損だと切って捨てるのは忍びない。キャストは健闘しており、少なくとも演技のイロハも知らないようなアイドル風情が出ていないだけでも有り難い。上映時間が82分というのも、ボロが出る前にサッと切り上げる意味では的確だ。

 大学で民俗学を専攻している堤春奈は、ネットの掲示板で目にした「きさらぎ駅」の怪異譚に興味を持ち、卒業論文の題材として取り上げるため投稿者の葉山純子を訪ねる。十数年前、高校教師だった純子は終電の車内で眠り込んでしまい、気が付くと電車は見知らぬ駅に着いていた。他に乗り合わせていたのは純子と同じ学校に通う宮崎明日香と、若い男女3人。そして中年男の計5名だ。



 彼らは人気のない駅およびその周辺のただならぬ雰囲気に恐れをなし、何とか脱出しようとするが次々に怪奇現象が襲ってくる。奇跡的に純子だけは抜け出したが、その間に現実世界では7年の時間が経過していたという。春奈は試しにかつての純子と同じ行程を辿ると、自身も「きさらぎ駅」に到達してしまう。インターネット掲示板「2ちゃんねる」発の都市伝説の映画化だ。

 まず、いくら関心があったとしても後先考えずに異世界に行こうとする春奈の行動は無理がある。登場人物たちが遭遇する怪異にしても、低予算のためかチャチさが否めない。そもそも、全然怖くないのだ。しかしながら、この異空間の造形は興味深い。単に人払いをした田舎町をカメラに緑色(?)のフィルターをかけて撮っているだけだが、この世のものとも思えない雰囲気はよく出ていた。特にトンネルの場面は出色で、よくこんなロケ地を探してきたものだと感心する。

 そして、終盤のオチはけっこう面白い。さらに、エンドクレジット後のエピローグも気が利いている。永江二朗の演出は殊更優れたところはないが、作劇が破綻することなく最後まで見せきっている。春奈に扮する恒松祐里は意外にもこれが初の主演作だが、個性的な外見と演技に対して前向きな姿勢は好印象だ。

 本田望結に佐藤江梨子、そして飯田大輔や寺坂頼我、木原瑠生、莉子、瀧七海らあまり名の知られていない若手に至るまで芝居の下手な者は見当たらないのも申し分ない。そして中年男を演じる芹澤興人はケッ作だ。こいつの顔は“素”で怖い。突然出てくるとドキッとする。本作で唯一のホラーなポイントだと思う(笑)。
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「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」

2023-09-11 06:57:20 | 映画の感想(か行)

 (原題:CRIMES OF THE FUTURE )さすがデイヴィッド・クローネンバーグ監督。80歳になってもその“変態ぶり”は衰えを見せず、今回も目を剥くような異世界を現出させている。近年は彼の息子ブランドンが監督デビューしているものの、まだまだ父親の跡を継ぐまでには至っていない関係上、デイヴィッド御大には引き続き頑張ってほしいものだ。

 人工的な環境に適応するため生物学的に人類が“進化”を遂げた近未来。その結果として誰しも“痛み”を感じなくなった世界で、密かに好事家たちの人気を集めていたのが、体内で新たな臓器が次々と生み出されるという特異体質の男ソール・テンサーと、そのパートナーであるカプリースによる“臓器摘出ショー”であった。

 だが、文字通り“人工的な”臓器が市場に出回ることを快く思わない政府は、臓器登録所なるものを設立してソールを監視するようになる。ある日彼の元に、生前プラスチックを食べていたという子供の遺体が持ち込まれる。関係者はそれをショーの“目玉”として解剖の対象にして欲しいらしい。クローネンバーグ自身によるオリジナル脚本の映画化だ。

 出てくる連中はどれもクセが強すぎて感情移入はできない。ストーリーも無手勝流で、分かる者には分かるかもしれないが、一般ピープルはドン引きだろう。事実、2022年の第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で公開された際は、退出者が続出したという。しかし、彼の映画に耐性(順応性)を持つ観客にとっては、作品の持つ雰囲気と特異な意匠を味わうだけで満足できる。

 舞台が未来という割にはスクリーンに映し出されるのはどこかの地方都市の裏通りばかり。まさに場末感が横溢している。ハイライトである臓器摘出場面のエグさは流石で、終盤にはそれに輪をかけたようなグロい仕掛けまである。ソールの身体をフォローするライフフォームと呼ばれるマシンの造形は“信頼のクローネンバーグ印”ともいえる奇態なもので、そのメンテナンス係の女子二人組も立派な変態だ。

 しかし、カプリースに扮するのがレア・セドゥで、臓器登録所のエージェントのティムリンを演じているのがクリステン・スチュワートという、私があまり好きではない女優がキャスティングされているのは個人的にはマイナス(笑)。もっと魅力的な面子を持ってきてくれれば、評価が上がったところだ。それでも主役のヴィゴ・モーテンセンは好調で、肉体崩壊に突き進む異形のキャラクターを演じきっていた。音楽はクローネンバーグ作品の常連であるハワード・ショアで、今回も達者なスコアを提供している。
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「希望のカタマリ」

2023-09-10 06:08:01 | 映画の感想(か行)

 (原題:ALL TOGETHER NOW)2020年8月よりNetflixより配信された青春ドラマ。とびきり上質な作品ではないものの、丁寧に作られていて鑑賞後の印象は悪くない。キャストの健闘も光る。そして何より、前向きで訴求力の高い主題を採用していることが評価できる点で、登場人物たちと同世代の若年層に見せればかなりウケると思う。

 オレゴン州ポートランドに住むアンバー・アップルトンは、高校に通いながらもバイトやボランティアに積極的で、皆から一目置かれていた。時に音楽の才能は非凡なものがあり、優れた芸術学部を擁するペンシルベニア州ピッツバーグのカーネギーメロン大学への進学を目指していた。ところが、実は彼女には住む家が無く、母親と一緒にスクールバスの中で寝泊まりしていたのだ。それでも日々笑顔を忘れないアンバーだが、そんな彼女を次々と不幸が襲う。果ては愛犬のボビーの重病が発覚するに及び、激しく落ち込む様子を友人のタイに悟られてしまう。

 幸薄い生い立ちにもめげず、何事にも積極的に取り組み、明るさで乗り切ろうとしたヒロインが大きな壁にぶつかったとき、どう対処すべきか。程度の差こそあれ、誰でも思い当たるシチュエーションではないだろうか。そう、いくら気丈に振る舞っても、個人が出来ることは限られているのだ。ここで明暗を分けるのが、他者からの助けを受け入れる度量があるかどうかである。頑なだった主人公が“自分は一人ではない”という真実に行き着くプロセス、それが“成長”というものだろう。

 ブレット・ヘイリーの演出は派手さは無いが堅実で、揺れ動くヒロインの内面をうまく掬い上げていると思う。主演のアウリイ・クラヴァーリョは決して美少女タイプではないが(笑)、表情が豊かで好ましい。「モアナと伝説の海」(2016年)の主役の声優としてデビューしたこともあり、歌も上手い。タイ役のレンジー・フェリズもナイスキャラだ。

 ジャスティナ・マシャドにジュディ・レイエス、テイラー・リチャードソンら脇の面子も良いが、テレビドラマ界の大物であるキャロル・バーネットが顔を出しているのは嬉しい。相当な高齢だと思うが、矍鑠としている。また、ロブ・ギヴンズのカメラが捉えた、紅葉が映える秋のポートランドの街並みは本当に美しい。
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「風の又三郎 ガラスのマント」

2023-08-20 06:06:56 | 映画の感想(か行)
 89年作品。誰でも知っている宮澤賢治による童話の、1940年の島耕二監督作、1957年の村山新治監督作に続く実写版では三回目の映画化だ。本作が異彩を放っているのは、原作には存在しないキャラクターを重要な役柄として登場させていること。ひとつ間違えば宮澤賢治の世界そのものを瓦解させてしまうような“暴挙”とも言える試みなのだが、実際観てみると何とこれが成功している。製作陣の果敢なチャレンジには感心するしかない。

 夏も終わりに近付いた頃、東北の山間の村にある小さな分教場に転校してきた高田三郎という少年と、地元の子供たちとの関係性を描くという設定は原作通り。しかし、この映画の中で三郎と最初に接触するのは、病弱な母と二人で暮らす少女かりんである。かりんは原作には出てこない。彼女は三郎のスピリチュアルな側面を強調すると同時に、元ネタでは最後まで正体が分からない三郎を、映画では子供たちの“成長”のメタファーとして機能させるための媒体といえよう。



 見ようによっては、結局は村の子たちだけで結束して三郎を疎外してしまう原作の顛末とは異なるかもしれないが、母親が療養所に入る関係で村から離れるかもしれないかりんの存在もまた、三郎のキャラクターを補完するものと考えれば納得出来る。彼女は片耳が聞こえないという設定も、三郎とペアでの形而上的な佇まいを醸し出す。

 伊藤俊也の演出は闊達だが、何といっても観る者の度肝を抜くのは高間賢治によるカメラワークだ。冒頭のヘリコプターによる空からの撮影をはじめ、ステディ・カムやクレーンを多用した撮影は、まさしく映画全体を“風の目線”から捉えたような浮遊感と躍動感を達成している。東北の夏の、輝かしい美しさの表現も申し分なく、最初から最後までまさに夢見るような映像体験を味わえる。

 バックに流れる富田勲の音楽がまた最高で、特に原作の詩にメロディを付けた主題歌(島耕二監督版でも採用されている)が大胆なアレンジで鳴り響くシークエンスは鳥肌ものだ。早勢美里に小林悠、志賀淳一ら子役は皆達者なパフォーマンスを見せる。樹木希林に岸部一徳、内田朝雄、檀ふみ、すまけい、草刈正雄といった大人のキャストも有効に機能しており、幅広く奨められる良作といえよう。
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「告白、あるいは完璧な弁護」

2023-07-31 06:13:45 | 映画の感想(か行)
 (英題:CONFESSION)なかなか良くできた韓国製サスペンス劇だ。もっとも、本作は2016年製作のオリオル・パウロ監督によるスペイン映画「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」(私は未見)のリメイクなのだが、それでも最後まで飽きずに見せ切るだけのクォリティは確保されている。登場人物を少数に絞り込んで、それぞれ達者な演技者を振り当てていることもポイントが高い。

 大手IT企業の社長であるユ・ミンホの不倫相手キム・セヒがホテルの一室で殺害された。現場は密室で外部の人間が入り込むことが困難であるため、唯一の関係者であるミンホが疑われ逮捕される。保釈された彼は、山奥の別荘で女性弁護士ヤン・シネと公判の打ち合わせをする場を設ける。再検証を進めるうちに、どうやら事件に先立って起こった交通事故が本件に関係しているらしいことが分かってくるが、目撃者が現れたことによって事態は思わぬ方向へと進んでゆく。



 主な舞台を雪深い山荘(ここも一種の密室)に限定していることは、各キャラクターに逃げ場を与えないという意味で効果的だ。また、伏線は少なからぬ数が張り巡らされているが、事件の再現パートを違う視点から複数挿入することにより、それらの伏線が一応破綻なく機能していることを立証しているあたりも冷静な判断である。どこぞの三流スリラーのように、行き当たりばったりにプロットをデッチ上げる愚を犯してはいないのだ。

 後半の、二転三転する展開は見ものだが、これがあざとく感じないのは、コーエン兄弟の影響を大きく受けたという監督ユン・ジョンソクの手腕によるものだと思う。ミンホ役のソ・ジソブは本国ではよく知られた俳優だが、私は初めて見た。役柄の広さを感じさせるフレキシブルな演技を披露し、人気の高さも頷ける。シネに扮するキム・ユンジンはさすがの安定感。無理筋とも思える役柄を難なくこなしている。

 セヒを演じるナナは、アイドルグループの一員とは思えないほど手堅い仕事ぶり。特に、髪型一つで悪女と清純派を器用に演じ分けるあたりは感心した。また、事件のカギを握る人物に扮するチェ・グァンイルもイイ味を出している。キム・ソンジンのカメラによる、寒色系の澄んだ映像も印象深い。本国では興行収入ランキング初登場一位を記録。各国の映画祭でも好評を博しているとのこと。韓国映画の一種独特の作劇の強引さが苦手でなければ、観て損のない快作と言える。
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「グッド・ナース」

2023-07-14 06:09:22 | 映画の感想(か行)
 (原題:THE GOOD NURSE)2022年10月よりNetflixより配信。物足りない出来のサスペンス編だと思ったが、後半で実際に起こった事件を元にしていることが分かり、何とも言えない気分で鑑賞を終えた。要するにこれは私が苦手とする“実話なんだから、細かいところはどうでもいいだろ”(謎)というタイプのシャシンであり、評価できる余地はあまり無い。

 ニュージャージー州の総合病院に勤務するシングルマザーの看護師エイミー・ロークレンは、心臓病を患いつつも生活のため激務に耐えていたが、そろそろ心身ともに限界値に達してきた。ある日、同じ病棟にチャーリー・カレンという青年が配属される。彼は優しくて面倒見が良く、すぐにエイミーとも仲良くなる。彼の助けによりエイミーの担当業務はかなり楽になり、おまけにチャーリーは時折彼女の幼い娘2人の相手までしてくれる。しかし、その頃から病院でインスリンの大量投与による患者の突然死が相次ぎ、エイミーはチャーリーがこの一件に関与しているのではないかと疑うようになる。

 2003年に明るみになった、入院患者の相次ぐ不審死を扱ったチャールズ・グレーバーによるノンフィクションの映画化だが、肝心なことは何も描けていない。まず、犯人の動機がハッキリしない。明示することはおろか、暗示さえもしていない。かといって正体不明のモンスターのような扱いもされていない。とにかく中途半端なのだ。

 そして、チャーリーが“訳あり”の人物であることは明らかなのに、一つの職場を辞しても次々と別の病院にポストが用意されているという点もおかしい。病院側の一連の事件に対する及び腰な態度は釈然とせず、本来追及すべき警察や検察は今まで何をやっていたのか全く不明。トビアス・リンホルムの演出は事の真相に迫ろうというスタンスが感じられず、もっぱら“映像派”を気取ったようなエクステリアの造形に終始している。なるほど、まるで北欧映画のような暗く沈んだ画面構成は個性的だとは言えるが、圧迫感ばかりが強調されて観ていて愉快になれない。

 このような有様なので、主役にジェシカ・チャステインとエディ・レッドメインという実力派を配していながら、ドラマとして一向に盛り上がらないのだ。それにしても、先進国で唯一、日本のように全国民をカバーする公的医療保険制度が無いアメリカの状況は(いろいろな意見はあるが)理不尽だと思う。エイミーが苦しんでいたのも、そのためだ。とはいえ、劇中でそれを追求する気配が無いのも本作の不満な点である。
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