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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「首」

2023-12-15 06:16:11 | 映画の感想(か行)
 北野武は本作の企画立案と脚本の作成に約30年を費やしたというが、だいたい“構想○○年! 製作費○○億円!”という謳い文句を前面に押し出した映画って大したことがないケースが多い。要するに、それしかセールスポイントが無いってことだろう。たけし御大のこの新作も、残念ながらその類いかと思う。基本的に、やってることは「アウトレイジ」シリーズとほぼ同じで、背景が時代劇に変わっただけだ。

 1578年、天下統一を目指していた織田信長の腹心であった荒木村重が謀反を起こして姿を消す。怒った信長は秀吉や光秀ら家臣たちに村重討伐の命を下す。その成功報酬は自身の跡目相続だ。秀吉は弟の秀長や黒田官兵衛らと相談すると共に、元忍者の曽呂利新左衛門に村重の探索を命じる。一方、丹波国篠山に住む農民の難波茂助は、百姓の身分から大名にまでのし上がった秀吉に憧れており、彼の軍勢に勝手に紛れ込む。



 ひょっとして作者は“現代を舞台にしたバイオレンス物ならば制約が大きいが、ほぼ無法地帯である戦国時代に場を移せば好き勝手やれる”とでも思ったのかもしれない。しかし、歴史物に素材を求めるのならば、そこには別の大きな制約が入ってくる。それは“史実”というシロモノだ。もちろん、歴史的事実を無視してフィクションをデッチあげる手法もあり得る。ただそれには、純然たる作り物だという了解が観る者との間に成立しておかなければならない。この点、本作は不十分と言わざるを得ない。

 確かに戦国武将たちは抜け目のない連中ばかりだっただろう。だが、いやしくも天下を狙おうという者が、情け容赦のない冷酷非道一辺倒の価値観しか持っていなかったら、領民も含めた周囲の人間は誰も付いていかないのだ。たとえば本作で描かれる信長は、エキセントリックで見境の無い外道である。けれども彼は戦国武将としては優しさや気遣いをも持ち合わせていたことが分かっている。そんな懐の大きな一面が無ければ、天下布武など望めない。その意味では、この映画の信長像は古い。

 さらには、秀吉も家康も年を取り過ぎている。2人とも信長よりも若いはずなのに、あれではただの老人ではないか。また、曽呂利新左衛門が忍びの者だったというのもウソで、彼の“末路”もデッチ上げだ。まあ、それでも面白ければ許せるのだが、これがちっとも盛り上がらない。全体的に、セリフは現代風だし笑えないコントが挿入されるしで、バランスが悪い。残虐描写と不自然な同性愛ネタが遠慮会釈無く出てくるのもテンションが下がる。

 秀吉を演じるビートたけしをはじめ、西島秀俊、加瀬亮、中村獅童、木村祐一、遠藤憲一、勝村政信、寺島進、桐谷健太、浅野忠信、大森南朋、小林薫、岸部一徳など、キャストはけっこう豪華。しかし、結果として作者の顔の広さを示すだけに留まっているようで愉快になれない。カンヌ国際映画祭ではウケたらしいが、これは単にエキゾチシズムを前面に出したせいなのかと思ってしまった。
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「ゴジラ-1.0」

2023-12-04 06:15:58 | 映画の感想(か行)
 これは面白い。ただし観る前は“今さらゴジラでもないだろう”という思いが強かった。庵野秀明らの手による「シン・ゴジラ」(2016年)が評価を得ていて、ハリウッドでもゴジラ映画が作られている昨今、国内の映画でゴジラをまた登場させるには「シン・ゴジラ」の続編ぐらいしか考えられない。ところが、本作は思わぬ方向からのアプローチが成されていて、しかもそれが上手くいっている。見事な仕事ぶりと言うしかない。

 昭和20年の終戦間近、特攻から逃げ出して小笠原諸島の大戸島の守備隊基地に着陸した敷島浩一。そこで遭遇したものは、大きな恐竜のような生物だった。そのモンスターのために守備隊は敷島と整備兵の橘宗作を除いて全滅。戦争が終わって復員した敷島だったが、実家があった東京の下町は焼け野原になり両親も空襲の犠牲になっていた。



 彼は闇市で親を失った大石典子と、彼女が見知らぬ他人から託されたという赤ん坊の明子に出会い、成り行きで一緒に暮らすことになる。数年後、敷島は機雷の撤去作業という職を得て何とか生活も安定してきた矢先、原爆実験により巨大化したくだんのモンスターが東京に上陸。小笠原の伝説で呉爾羅(ゴジラ)と呼ばれるその怪獣に、敷島は再び対峙することになる。

 ゴジラがスクリーンに初めて登場した本多猪四郎監督作品が公開されたのが昭和29年。この映画はそれより前の時代設定なので“-1.0”というタイトルが付いているのだが、その着眼点自体が非凡だ。米軍統治下にある日本を舞台にしており、ソ連との関係性でアメリカが直接手を出すわけにはいかず、自衛隊はまだ存在していない。だから“民間ベース”で対処するしかないという設定には唸ってしまう。そしてそのミッションに参加するのは、敷島をはじめ先の戦争で大いなる屈託を抱えることになった元軍閥の人間が中心。彼らは、真にあの戦争に決着を付けるために捨て身の戦いに挑む。

 そして何より、この映画はリアリティ路線(≒オタク趣味)に振り切ろうとした「シン・ゴジラ」とは別のコンセプトで作られていることが天晴れだ。とにかく、徹底してエンタテインメントの王道を歩もうとしている。しかも、ヘンに若年層に阿ったり楽屋落ちのネタを多用することなく、あらゆる観客層にアピールできるような能動的な姿勢を崩さない。

 もちろん、ゴジラがあえて東京に上陸した理由が説明不足だったり、銀座付近を荒らしてから一度海に戻った事情も分からないなど、細部を突けばアラも出てくる。しかし、それでもトータルとして本作の筋書きは良く出来ており、見せ場は効果的に展開される。各キャラクターも十分“立って”いて、誰もがやっと復興し始めた日本を再び壊滅させてたまるものかという気迫に満ちあふれている。

 演出担当の山崎貴は脚本も手掛けているが、彼は本当に良いシナリオを書くようになった。今後は日本映画の重鎮としての風格も出てきそうだ。ゴジラのデザインは秀逸で、特に放射能を吐く前に身体が光り出すあたりの仕掛けには感心するしない。また、重巡“高雄”や局地戦闘機“震電”が登場するのも感涙ものだ。

 主演の神木隆之介と浜辺美波は朝ドラでコンビを組んだだけあって、息はピッタリ。山田裕貴に吉岡秀隆、青木崇高、安藤サクラ、佐々木蔵之介など、脇のキャストも充実している。佐藤直紀が提供した音楽は申し分ないが、加えて伊福部昭の手によるあのテーマ曲が流れてくると、観る方もテンションが上がる。これは今年度のベストテンに入りそうだ。
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「クレイジークルーズ」

2023-12-01 06:11:35 | 映画の感想(か行)

 2023年11月よりNetflixより配信されたミステリー編。いかにもお手軽な雰囲気の外観だが、中身も限りなくライト級だ。正直言って、決して安くはない入場料を払って映画館で鑑賞したならば大いに不満が出てくると思う。だが、テレビの(ちょっと金の掛かった)2時間ドラマだと思って接すれば、あまり腹も立たない。少なくともヒマ潰しぐらいにはなるだろう。

 豪華クルーズ船MSCべリッシマ号が、42日間のエーゲ海クルーズのため横浜を出航する。バトラーとして働く冲方優の前に、慌ただしく乗り込んできた女性客の盤若千弦が現れる。彼女の話では、お互いの恋人が密会しているのだという。近々結婚を考えていた優はショックを受けるが、そんな折、彼らは船内のプールで殺人事件が起こるのを目撃する。ところが死体は見つからず、優と千弦の他に現場を見ていたはずの幾人かは揃って“何も知らない”とシラを切る。この大事件が闇に葬られることを潔しとしない2人は、独自に調査を開始する。

 謎解きの興趣は、ほとんど無い。消されたのが年配の金持ちの男で、狙いはまず財産だろうという予想は付くが、その段取りが大して芸が無い。優と千弦の素人探偵ぶりもラブコメ方面に寄り過ぎており、終盤には“意外な真相”とやらが明らかになるのだが、説明不足で辻褄が合っていない。そのままストーリー面では煮え切らないままエンドマークを迎える。

 とはいえ、脚本を担当した坂元裕二の人脈の広さがモノを言っているのかどうか知らないが、キャスティングはけっこう豪華。クソ真面目なバトラーを楽しそうに演じる吉沢亮と、久々に可愛さ全開でファンを喜ばせる宮崎あおいのコンビは、年齢が合わないと思わせて実は好マッチングだ。吉田羊に菊地凛子、永山絢斗、泉澤祐希、蒔田彩珠、岡部たかし、岡山天音、近藤芳正、光石研、長谷川初範、高岡早紀、安田顕などなど、絵に描いたようなグランドホテル形式の配役が披露される。べリッシマ号の佇まいは確かに贅沢であり、ここはNetflix謹製らしいリッチさが味わえる。

 瀧悠輔の演出は別にコメントするほどのものではないが、与えられた仕事はこなしていると思われる。それにしても、先のカンヌ国際映画祭で脚本賞を獲得している坂元裕二が、こういう軽量級のシナリオを手掛けるというのはまあ興味深い。しかしよく考えてみると、是枝裕和の「怪物」も実はライトな話だった。このレベルが彼の持ち味なのかもしれない。
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「極限境界線 救出までの18日間」

2023-11-20 06:09:57 | 映画の感想(か行)
 (英題:THE POINT MEN )万全の出来ではないものの、最後まで緊張感が途切れず鑑賞後の印象は良い。こういう実録系のポリティカル・サスペンスを撮らせると、韓国映画は強さを発揮する。事態を十分に把握すると共に、的確に対処する術を正攻法に描く。もちろん娯楽性を加味するが、時にそれが“やり過ぎ”と思われるケースはあるものの、題材の重さもあって許容出来る。少なくとも、今の日本映画には出来ない芸当だ。

 2007年、アフガニスタンで韓国人の団体23人がタリバンに拉致される事件が起きた。タリバンが出してきた人質釈放の条件は、24時間以内の韓国軍の撤退と収監中の同士の解放だった。現地に派遣された外交官チョン・ジェホはアフガニスタン外務省に協力を要請するものの、色よい返事はもらえない。やむなく彼は当地の事情に詳しい一匹狼の工作員パク・デシクと手を組み、事態の収拾を図ろうとする。



 実話を元にしたシャシンだが、ハッキリ言ってデシクは“架空のキャラキター”だろう。こんな人間は、まあ実在するのかもしれないが、それが国家的な一大事に関与するとは考えにくい。しかも、演じているのがヒョンビンだ。いかにも彼らしいスタンド・プレイや、唐突なアクションシーンが挿入される。それ自体は面白いのだが、実録物としては場違いの感が強い。

 やっぱり本作のメインはチョン・ジェホの活躍ぶりだろう。味方のスタッフは少なく、資金も十分ではない。タリバンにコネを持つアフガニスタンのフィクサーと渡り合う等、先の見えない対処策に徒手空拳で立ち向かう。終盤にはネゴシエーターとしての成長も見せ、無理筋と思われた大胆な駆け引きも厭わない。扮するファン・ジョンミンのパフォーマンスは見上げたもので、追い詰められたエリートがギリギリの勝負に挑む葛藤を上手く引き出していた。イム・スルレの演出は骨太で、最後まで弛緩することなくドラマを引っ張る。ヨルダンでロケされた沙漠の風景も美しい。

 それにしても、この人質になった韓国人のグループはボランティアとして現地に赴いたのではなく、単にキリスト教の布教活動のためだったというのは、劇中のチョン・ジェホたちに限らず観ているこちらも頭を抱えてしまう。ただ事情はどうあれ、政府としては自国民を救出するため最大限の努力を払わなければならない。韓国大統領が主人公たちを激励するシーンがあるのも当然だ。そしてラストの処理は、世界で紛争が続く限り当事国以外も無関係ではいられないことが示され、強い印象を受ける。
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「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」

2023-11-18 06:20:08 | 映画の感想(か行)
 (原題:KILLERS OF THE FLOWER MOON)いくら何でも長すぎる。3時間半近くも引っ張るような話ではないだろう。もっとも、マーティン・スコセッシ監督が2019年に撮った「アイリッシュマン」も210分というロング・ムービーだったのだが、これは彼が得意なギャング物だけあって、最後までテンションが落ちること無く楽しませてくれた。対して、この新作はスコセッシが今まで手掛けていなかった西部劇。そのためか、勝手が分からず無駄に尺ばかりが伸びてしまったような印象を受ける。

 1920年代のオクラホマ州オーセージは元々先住民オーセージ族の居住地であったが、石油が産出されることが判明してから、オーセージ族は石油鉱業権を保持し高収益を得ていた。しかし、先住民は次々と謎の死を遂げていく。そこに暗躍していたのは利権を狙う白人の実業家連中だった。そんな中、元軍人のアーネスト・バークハートは叔父のウィリアム・ヘイルを頼ってこの地にやってくる。ヘイルはオーセージ族の娘モーリーとアーネストとの縁談をまとめ上げるが、早速モーリーを亡き者にして石油利権を白人側に相続させようとする陰謀が企てられる。



 こういう、あまり知られていない歴史的事実を取り上げたという意義は認めたい。だが、ハッキリ言って“たぶん、そういうことも起きたのだろうな”という想像は、誰にでも出来る。なぜなら、白人側の横暴を描いた西部劇は今までも少なからず存在しているからだ。利権が先住民の方に転がり込んでくる事態になれば、よからぬ白人どもが狼藉に走るのは当然である。

 映画の大半はこういう白人どもの悪巧みが延々と続くのだが、描き方が平板でメリハリが無い。スコセッシ御大の得意技であるギャング同士の抗争劇とは違い、一方的な不祥事を紹介するだけなので盛り上がりは期待できない。主要登場人物のヘイルとアーネスト、そしてモーリーにしても外見だけはそれらしいが中身まで突っ込んで描かれているかというと、かなり不十分だ。

 後半に元テキサス・レンジャーの特別捜査官トム・ホワイトが関与してきてやっと映画が動き出すものの、それならば最初から(後にFBIとして組織される)捜査当局の側から映画を組み立てるべきであった。そうすれば、無駄に上映時間が延びることも無かっただろう。

 レオナルド・ディカプリオとロバート・デ・ニーロの共演が話題らしいが、両者とも本作では機能していない。リリー・グラッドストーンにジェシー・プレモンス、ブレンダン・フレイザー、ジョン・リスゴーといった顔ぶれも印象に残らず。良かったのは、これが遺作となったロビー・ロバートソンの音楽ぐらいだ。それにしても、ラストの“茶番”はいったい何事か。観客をバカにしているとしか思えなかった。
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「科捜研の女 劇場版」

2023-11-10 06:12:26 | 映画の感想(か行)

 2021年作品。テレビ画面での鑑賞だったが、観終わって“これ、本当に劇場で公開したのか?”とマジに思った。断っておくが、私は元ネタになったTVドラマを一度も視聴したことが無い。だから、20年以上にわたって放映されてきたこのドラマのセールスポイントは掴めていないし、そもそも主要キャラクターの人間関係さえ分かっていない。それでも最後まで退屈しないで対峙できたのは確か。しかし、映画版としてこれで良いのかという疑問は残る。

 京都にある洛北医科大学で、教授の石川礼子が屋上から転落死する。続けて、別の大学教員が同じような転落事故で死亡する。どちらも状況から見て自殺と片付けられそうになるが、検視の結果に疑いを持った科捜研の法医研究員である榊マリコたちは、府警捜査一課の土門薫警部補と共に捜査を開始する。どうやら被害者らは、同時期に東京の帝政大学の微生物学教授である加賀野亘の研究室を訪れていたらしい。加賀野は画期的な抗生物質の開発を進めていたが、そのプロセスには不可解な点があった。やがて微生物研究者の不審死が、国外でも発生するようになる。

 登場人物は多く、TV版のファンにはお馴染みであろう設定が展開されるが、適宜テロップを入れる等の“一見さん”に対する配慮は見て取れるし、あまり混乱することは無い。捜査の過程と犯行のトリック、犯人の動機などは一応理詰めに整えられており、大きな突っ込みどころは見当たらない。終盤にはマリコがピンチに陥るシークエンスもあり、飽きさせない工夫はある。だが、全体的に見て本作のグレードはTVのスペシャル拡大版程度なのだ。映画として仕上げるのならば、もっと手を加えて欲しい。

 たとえば、パンデミックが拡大して国家的な脅威に発展したり、犯人が「羊たちの沈黙」のレクター博士ばりの超悪党で神出鬼没な狼藉を繰り返したり、あるいは事件のバックにさらなる大物が控えていて府警の手に負えなくなったり等、いろいろと映画ならではの大仕掛けがあって然るべきだと思うのだが、製作側には(予算面もあり)そういう実行力は無かったのだろうか。それとも、観客はこれで満足するはずだと踏んだのか。どうもこのあたりの事情は承服しかねる。

 兼崎涼介の演出は多分にテレビ的だが無難な仕事ぶり。主演の沢口靖子は頑張っているし、内藤剛志に佐々木蔵之介、若村麻由美、風間トオル、小野武彦、斉藤暁、佐津川愛美、野村宏伸、山本ひかる、宮川一朗太、中村靖日、駒井蓮、そして伊東四朗とキャストは多彩。そして、秋の京都の風景は美しい。しかしながら、劇場用作品としての存在価値は図りかねる。
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「国葬の日」

2023-10-30 06:15:07 | 映画の感想(か行)
 ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」(2020年)と「香川1区」(2021年)で斬新な視点とキレの良い語り口を見せた大島新監督作にしては、いささか薄味な内容だ。もちろん本作は過去の2本とは異なり、明確な題材と切り口を提示しているわけではない。だから印象が散漫になるのも無理はないのだが、そもそも散漫になるようなネタとアプローチを採用したこと自体が不適当だと言える。

 2022年9月27日、同年7月8日に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬が東京の日本武道館で執り行われた。映画は、当日に東京や安倍晋三の選挙区である下関市、銃撃事件が起こった奈良市、そして京都、福島、札幌、広島、長崎、静岡、沖縄の計10拠点で取材を敢行し、国葬や安倍元首相に関する市井の人々の思いを描いている。ただし対象の捉え方がスケッチ風であり、観ていて骨太な求心力を感じることはない。



 国葬についての意見や所感は、当然のことながら人それぞれである。しかし、それらを並べるだけでは映画は成り立たない。これではいけないと思ったのか、福島では原発に関する問題や、沖縄では辺野古への普天間基地移設の一件を取り上げている。広島と長崎については。原爆投下地としての側面を表に出そうとしているの言うまでもない。だが、そうすることによって印象付けられるのは、作者のリベラル的スタンスのみだ。それも、曖昧で決定力には欠ける。

 かといって、安倍元首相という人物像が浮かび上がるという仕掛けも無い。第一、監督は当日はひとつのスポットにしか行けない。あとは別のスタッフに任せるしか無いのだが、そのあたりの事情も関係しているのだろう。救いは上映時間が88分と短いことで、この調子で2時間以上も続けられるとさすがに辛いものがある。

 さて、本来この国葬を映画のモチーフとして採用するのならば、2つの論点を集中的に攻めるべきであった。それはまず、世論調査では国葬に反対する声が多かったこと、そして国葬の開催には法的根拠が存在しないことである。前者は民意の無視というデモクラシーの根幹に関わる重大イシューであるし、後者は法治国家の成立意義にまで影響する一大事なのだ。これらを取り上げれば、主題の掘り下げが大いに進みインパクトが高まったはず。いずれにしろ、製作サイドの視点のパラダイムシフトが望まれるところだ。
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「カレとカノジョの確率」

2023-10-29 06:08:18 | 映画の感想(か行)

 (原題:LOVE AT FIRST SIGHT )2023年9月よりNetflixから配信されているラブストーリー。そんなに褒めあげるような出来ではないのだが、なかなかチャーミングな作品で観て損はしないと思った。語り口のユニークさはもとより、キャラクター設定がよく考えられているのは評価したい。上映時間も91分とコンパクトで、物足りないと感じる前にエンドマークを迎えるのは有難い(笑)。

 ロンドンに住む父親の二度目の結婚式に出席するため、ニューヨークから英国行きの飛行機に搭乗しようとしたハドリー・サリヴァンは、遅刻のため後発の便に乗り込むことになる。その隣の席に座ったのが、空港で偶然知り合ったオリバー・ジョーンズという若い男。2人は良い雰囲気になり降機後にまた会おうと約束するが、運命のいたずらにより連絡が取れなくなる。ジェニファー・E・スミスによる恋愛小説の映画化だ。

 家を出た実母に対する思いと、新しい伴侶を得た父親への複雑な感情に翻弄されるハドリーの描写は悪くないが、オリバーの造形が面白い。彼はサプライズな出来事が大嫌いで、すべてを“確率論”で片付けようとする。そのため、大学院で数学を極めようとしているほどだ。しかも、“ナレーター”役の登場人物が所かまわず現れて“この局面でこういう行動が取られる確率は○○%”みたいな説明をしてくれるのだから苦笑するしかない。

 だが、本当はオリバーも“世の中、予想も出来ないことばかりだ”と内心思っている。彼がロンドンに赴いたのは、難病で余命いくばくもない母親テッサの“生前葬”に出席するためだ。オリバーはテッサの“余命”に関する確率をあれこれ考えるが、人生というのは計算ずくで推し量れるものではない。そんな本当のことに向き合っていく彼の心の動きを追うプロセスは、けっこう納得できる。すれ違いを続けるハドリーとオリバーのアバンチュールを綴るストーリーは予想通りで、何ら新味はない。エンディングも型通りだ。しかし、作品の性格上これで良いと思う。

 ヴァネッサ・キャスウィルの演出は派手さはないものの、ドラマ運びはスムーズである。主演のヘイリー・ルー・リチャードソンとベン・ハーディは初めて見る俳優ながら、共に嫌味の無い好演だ。ジャミーラ・ジャミルにロブ・ディレイニー、サリー・フィリップス、カトリーナ・ナレといった脇の顔ぶれも的確な仕事をしている。そして何より、ルーク・ブライアントのカメラによるクリスマス時期のロンドンの風景は本当に美しく、観光気分が存分に味わえる。
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「ご存知!ふんどし頭巾」

2023-10-27 06:09:21 | 映画の感想(か行)
 97年作品。先日、財津一郎の訃報を聞いて思い出したのがこの映画。彼はお笑い番組やCMでお馴染みの顔だったが、映画俳優としても実績を積んでいた。とはいえ、私は時代的な関係で実際にスクリーン上でお目に掛かった機会は少ない。その中でも本作は(主演ではないのだが)かなり大きなインパクトを感じた一本だ。映画の出来自体も決して悪くはない。

 大手繊維メーカーに勤める帆立沢小鉄は、あまりにお人好しの性格のため、職場でも家庭でも軽く見られている。実は彼の亡き父は怪獣のぬいぐるみ役者で、不安定な生活を送っていた。小鉄は父のヤクザな人生を嫌い、平穏無事な生き方に甘んじていたのだ。ある日、小鉄はパンツマンと名乗る正義の味方と遭遇する。



 チンピラに絡まれた女性を助けるその勇姿に感動した小鉄だが、後日事故で世を去ったパンツマンの思いを受け継ぎ、父の遺品であるふんどしを被って、ふんどし頭巾を名乗り密かに人助けに勤しむことになる。一方、小鉄の勤務先は汚職事件が頻発し、彼も巻き込まれそうになる。小鉄はクビを覚悟でふんどし頭巾に変身し、不正に敢然と立ち向かう。

 企画と原作は秋元康の手によるものなので観る前は若干の危惧はあったのだが(苦笑)、遠藤察男による脚本が及第点に達しており、ドラマ運びに無理がない。主人公がどうして冴えない生活を送っていたのか、それがなぜヒーローとして覚醒したのか、その段取りが上手く紹介されている。敵役がどこかの犯罪組織なんかではなく、勤務先に関係した小悪党どもだというのも身の丈に合った設定だ。

 小松隆志の演出はスムーズで、挿入されているギャグの数々も鮮やかに決まる。財津一郎は悪玉の一人である高級官僚に扮しているのだが、これがもう最高だ。ひたすら強欲でスケベでありながら愛嬌があって憎めない。財津の持ちネタも大々的にフィーチャーされ、お約束ながら笑いを呼び込む。主演の内藤剛志の小市民ぶりも的確だし、坂井真紀に菅野美穂、蛭子能収、石井苗子、岸部一徳、大杉漣、吹越満、寺田農など脇の面子も粒揃い。大立ち回りの末に主人公が選んだ生き方は感慨深く、鑑賞後の印象は良好だ。

 なお、この映画は当時松竹が展開していたプロジェクトであるシネマジャパネスクの一環として作られている。仕掛け人は名物プロデューサーだった奥山和由で、意欲的な作品を少なからず世に出したのだが、興行成績が低調であったことから98年に奥山は失脚。この試みも終焉を迎えた。もしもあのまま継続していたら、もっと数多くの面白い日本映画に出会えたのかもしれない。
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「熊は、いない」

2023-10-23 06:12:06 | 映画の感想(か行)
 (原題:KHERS NIST)社会派サスペンスとしてハードな題材を扱いながら、そこに映画的な仕掛けを巧妙に組み入れてゆく。まさに一流の作家の仕事であり、鑑賞後の満足感はとても大きい。2022年の第79回ヴェネツィア国際映画祭において審査委員特別賞を獲得した、イラン発の野心作だ。似たような構造のアッバス・キアロスタミ監督の傑作「クローズ・アップ」(91年)に匹敵するほどのヴォルテージの高さである。

 監督ジャファル・パナヒは、トルコとの国境近くの小さな村からリモートで映画を撮っている。彼が取り組んでいるのは、偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている若い男女を主人公にしたメロドラマである。彼はパソコンの画面から現場のスタッフとキャストに指示を出して製作を進めていくが、良好とはいえない通信環境および現場との意思疎通の不全により、撮影の進捗状況は芳しくない。そんな中、彼は滞在先で道ならぬ恋に走ったカップルをめぐる騒動に巻き込まれ、難しい対応を迫られる。



 パナヒ監督自身が主人公として出演しているが、これは単に奇を衒ったポーズではない。彼は実際にイラン政府から目を付けられており、街中で堂々と仕事をするわけにはいかないのだ。村での生活は彼にとって一種の“疎開”であるが、閉塞的な抑圧状態はそんな辺境のコミュニティにも及んでいる。パナヒはやがてサスペンス映画の登場人物のような振る舞いを余儀なくされ、頑迷な村のシステムと対峙してゆく。

 一方、彼が作成しているドラマは、実はフィクションではなく本当に亡命を図っている者たちの現在進行形のドキュメンタリーであることが明らかになる。もちろん、この映画自体は実録ものではなくドラマにすぎない。ただし、その中には確実に作者自身の本当の境遇や葛藤が織り込まれている。国外への渡航を図る映画内映画の登場人物たちも、村の掟に逆らったために辛酸を嘗める若い男女も、現在彼の地では本当に起こっていることの象徴であろう。

 この二重三重の作劇の構成はスリリングで、全編目が離せない。ジャファルの息子であるパナー・パナヒは自身の監督デビュー作「君は行く先を知らない」(2021年)で同じくイラン国民の亡命をテーマとして採用しているが、父親に比べるとまだまだである。ジャファル自身をはじめ、ナセル・ハシェミにバヒド・モバセリ、バクティアール・パンジェイといった他のキャスト的確。ジャファルは本作の完成後に当局側に検挙されているが、印象的なラストは、この逆境においても映画を撮り続ける監督の決意を感じた。
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